皮肉の下にある骨

虎間

第1話 骸骨迷宮


 誰も理解しようとはしなかった。


  12対の肋骨が生み出す胸郭の曲線美を。

  人体を貫く脊椎の力強さを。

  空虚な眼窩を抱える頭蓋骨の儚さを。





 かつては三大迷宮の一つと称され、多くの冒険者たちが命を落としてきた大迷宮、骸骨迷宮スケルトンダンジョン。出現する魔物はその名の通り骸骨歩兵スケルトン骸骨王スケルトンキングが支配する、骸骨まみれの迷宮だった。



 そんな骸骨迷宮スケルトンダンジョンが攻略されてからもう100年以上が経つ。全盛期にはたくさんの冒険者と骸骨歩兵スケルトンで溢れていたらしいが、今はもう誰もいない、忘れられた迷宮だ。



 俺は今、その廃ダンジョンの雇われ管理人をしている。

 もはや骸骨歩兵スケルトンの死体しかないただ広いだけの洞窟を定期的に巡回する。


 万が一まだ生きている骸骨歩兵スケルトンがいれば、迷宮管理局へと通報して頼りになる冒険者サマを派遣してもらい、骸骨歩兵スケルトンを倒していただく。ただそれだけの簡単な仕事だ。


 給料は安いが、俺のようなやつにとっては、あまり人間とは関わらずにいられ、骨とも触れ合える、いい仕事だ。天職と言っていい。





俺は今日もダンジョンの巡回へと出かけた。骸骨歩兵スケルトンが今更現れるなんてことはまずありえないので、気楽なものだ。魔法の地図を持ち、しかしそれを見ずに、いつもとは違うルートを当てずっぽうで歩く。今日はなんとなく、そういう気分だった。



 ダンジョンの中は暗い洞窟になっている。

 魔法で生み出した火の玉で足元を照らしながら進んでいく。



 洞窟内には骸骨歩兵スケルトンの死体が散乱しており、足場は悪い。死体と言っても元々骸骨なので、腐ったりしてるわけではなく、ただ白骨が無造作に散らばっているだけだ。



 足先が骨に触れる度に、カランコロンと小気味よい音を立てて転がっていく。地面に転がる骨たちを蹴飛ばしたくはないが、大量に落ちている骨々を拾い集めるのは困難だった。



 そんな誰も顧みない骨たちの上を歩きながら、ダンジョンの奥へと進んでいった。



 浮遊する火の玉の照らす先に、崩れ落ちた壁が映し出された。

 洞窟が完全に崩落しており、この先は行き止まりになっている。地図で現在地を確認すると、かつての迷宮攻略時代に崩落してそのままの場所らしかった。いつもは地図を見ながら歩いているので、危ないと思い近づかなかった場所だ。



 1度も来たことはなかったが、崩落以外の異変はなく、骸骨歩兵スケルトンもいないようだった。

 引き返そうとして踵を返したとき、視界の端になにか違和感を覚えた。ふと興味を抱き、近寄ってみる。

 バラバラの白骨の上に転がっていたそれは、人間の手の骨だった。いくつもの細くしなやかな骨が精緻に組み合わさって、手の形を作り上げている。



 これがダンジョンの外だったとすれば、なにか事件の気配を感じようものだが、ここは骸骨迷宮スケルトンダンジョンだ。おびただしい白骨の上に手の骨があったところで、何も珍しくはない。



 それでも何か違和感を拭えきれず、その手を拾い上げる。とてもきれいな、白い骨の手だった。



 違和感の正体が、わかった。



 骸骨歩兵スケルトンの身体が骨だけでできていることは言うまでもない。人間と違って筋肉のない骨の身体を動かしているのは、骸骨歩兵スケルトン自身の魔力である。骸骨歩兵スケルトンが殺されることでその魔力は失われ、ただのバラバラの白骨に変わってしまう。



 そして、人間の「手」というものは複数の骨が組み合わさって形作られるものである。死んだ骸骨歩兵スケルトンの「手」はバラバラになって原型を留めることはない。



 つまり。この「手」が「手」の形を留めているということは、この「手」の持ち主スケルトンはまだ生きている、ということだ。



 戻ろう。もしも今骸骨歩兵スケルトンに遭遇すれば、丸腰で魔法の下手な俺では勝ち目が薄い。とっとと管理局に通報して退治してもらおう。

 崩落した洞窟を背にして、もと来た道を戻ろうとしたその時。



「――――ケテ」



 声が、聞こえた。背後から。100年以上昔に崩落した壁の奥から。



   ◯



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