コンビニエンス・ホスピタル
ゴロク
第1話 医療革新の現在地
肝臓の移植手術がはじまる。街角のコンビニで ─────
コンビニエンス・ストア。当初は、食品や飲料・生活必需品を扱う店舗で、営業時間は一六時間程度。シンプルに言うと、長時間営業するスーパーのようなものだった。次第に、営業時間を延長し二十四時間へ。その後は扱う商品やサービスを拡幅していき、書籍や日用雑貨・ゲームの販売、運送業や銀行との提携、店内での食事も可能に。
さらには、社会が求める利便性に応えるべく、タクシー会社との提携や医薬品の取り扱いなど、提携業種の分野を多様化させていく。国民の生活利便を支える、なくてはならない商業施設へと変貌していくのである。
そして、AIと医療ロボットの発展を背景に、病院もコンビニとひとつになった。
いつしか、そこは「コンビニエス・ホスピタル」と呼ばれるようになっていた。
コンビニエンス・ホスピタルで勤務する医者の村田は、休憩室でお昼を食べながら雑誌を読んでいた。時間は十二時半をまわったところ。そろそろ、午後シフトのコンビニバイトのスタッフがやってくる頃合いだった。
「おつかれさまです」
休憩室の扉を開けて、出勤してきたのは、本日の午後シフトである藤井だった。
「おつかれさん」
「今日の病院側は、先生なんですね」
二人が話しているのは、一階にあるコンビニ・バックヤード兼休憩スペース。二階にある病院の医者も、一階の休憩スペースで休みを取るのが日常だ。自然と医者と店員の距離が近くなり、もはや、同じ会社の社員のような雰囲気さえある。
「藤井君、午後シフトってことは、学校休みかい?」
藤井はバイトをしながら、AI医療技師免許取得を目指す勤勉な医学生だった。実家が医院でもなく、跡を継げるわけでもない。もちろん、医療業界にコネもない。貧しくはないが、裕福でもない。親御さんの負担を軽くするためにも、生活費を稼ぎながら、勉強に励む努力家だ。少しそそっかしくお調子者ではあるが、その親しみやすさは、年上に好かれる藤井の愛嬌でもあった。
「ホントは休みだったんですけど、急遽代打で。ちょうど一限だけだったし」
「藤井君、そういえば、今月末、テストがあるって言ってなかったけ?」
「ええ、ありますよ。だから、家で勉強したかったんですけど、代わりもいなくて」
「家でやるより、ここでやったほうが、金にもなるし、いいんじゃないか」
「それはそうなんですけどね・・・・」
今やコンビニでは、レジ精算をはじめとする多くの業務をロボットが担当している。スタッフは、休憩室にあるモニターで店内をチェックし、なにかあれば店に出て対応するぐらい。モニターチェックしながら、勉強をしようと思えば、簡単にできるのだ。
「でも、ここだと、集中力が散漫になるし・・・」
「そんなまじめに、モニターチェックしなくてもいいじゃん」
その時、休憩室の奥にある業務用冷蔵庫が『ブォン』と唸った。
「あれです。モニターチェックより、あの音が気になって。うるさくないですか?」
「確かにね。夜勤の時なんて、ドキッとするね」
休憩室に鎮座する業務用冷蔵庫。コンビニで扱う生鮮食品がストックされており、家庭用冷蔵庫にはない独特の重低音を響かせる。
「それに陳列の業務もありますし」
医術などの専門性の高い分野での技術革新は、機材の進化はさることながら、省スペース化も実現していた。だからこそ、街角にあるコンビニの規模でも、そして、先進医療を医者が一人でも提供できるようになったのだ。
しかし、コンビニ業界までには革新の波が届いていない、というのが技術革新の現在地点である。たとえば、狭い通路でロボットが陳列作業できるほど、ロボットのコンパクト化は実現できていないのだ。結局、冷蔵庫に詰められた生鮮食品類等の陳列作業は、人間の手で作業するほかない。と言っても、陳列は午後に二度する程度なのだが。
「そのうち、陳列もロボットがしてくれるようになるさ」
「いいなぁ、病院は全部ロボットで・・・」
医療現場を知らない学生が、医療現場を、楽とイメージするのも無理はない。
病院では、患者を全身スキャンポッドへ案内したら、あとは、ほぼロボット任せだ。全身スキャンで患者の状態を解析し、麻酔や手術はAI手術ロボットが進める。医者は別室から確認し、マイクを通して、開始時に患者に説明するだけだ。
一見すれば、肉体的には楽な仕事だろう。しかし、ロボットに不具合があるなど、万一の際は、人間が対応しなければならない。それゆえ、医療の知識はもちろん、手術の技術に加え、ロボット制御の知識も必要になる。学生が考える以上に、高いスキルを必要とされるのだ。
そしてなにより、常にエマージェンシーに対応できるような精神的な強さを求められる職業である。まだ、現実よりも憧れが強い学生には、未知の世界と言わざるを得ない。
「そうは言ってもね、緊急時には人間が執刀しなきゃいけない。だから、技術や知識は結構必要だよ。救命医がなることも多いし、俺もそのひとりだけど」
「へぇ、先生、救命だったんですね」
「ああ。ここに来る前はね」
「僕が医者になる頃には、トラブルも対応するロボットができればいいのな」
「そしたら、医者は必要なくなるから、藤井君は医者になれないよ」
「それもそうか・・・」
村田は時計をチラリと見た。そろそろ昼休みが終わる。
「先生。今日、午後診療の日でしたっけ?」
「いや、今日は違うよ。その代わり、手術がある」
「何の手術ですか」
「人工肝臓の移植。けど、たいした手術じゃない」
「へぇ」
もはや、医学生が驚かないほど、移植手術は手軽で身近なものになった。その背景には、医療革新のなかでも、最も大きな成果のひとつといえる、人工臓器の生成があったからだ。
「あの・・・前から聞きたかったんですけど、人工肝臓って美味しいんですか」
飲み屋で聞かれるようなゴシップを、藤井は村田に真面目な顔で質問した。
人工肝臓は、人間の皮膚組織を元に生成された後、移植可能サイズになるまで、豚の体内で育成されている。その情報がどこかで捻じ曲がり、食べられるというゴシップとなった。ひどいことに、そのゴシップからも話は派生。不要になった人工臓器は、臓器製造企業がスーパーなどに横流しをしており、すでに一般市場に出回っているという陰謀論めいたものさえある。
「食ったことないよ。食いたいとも思わないね」
「でも、ほぼ豚だし、いけるんじゃないかって、僕は考えちゃいますよ」
「馬鹿なこと考えてないで、まじめに医学を勉強しろ」
そんな他愛もない話は続いた。
そして、お互いに勤務の時間を迎え、椅子から立ち上がった。
「さて、手術の準備をしてくるわ」
「どうせ、手術を見てる間の、暇つぶしの準備でしょ」
藤井の言葉に笑いながら、村田は二階へ向かった。
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