光る貝殻と虹色の真珠

hekisei

第1話 光る貝殻

 タケルがその貝殻を見つけたのは、小学校の夏休みの終わりが近づいたある午後だった。

 波打ち際でひとりぼんやりと波を眺めていると、光る何かが砂の中でキラリと輝いたのだ。

 タケルは興味を引かれ、それを掘り出してみた。


 手に取ったのは小さな貝殻。

 普通の貝殻より少し薄く、透明な膜が張り付いているような不思議な手触りがある。

 そして、波が寄せるたびに淡い青白い光を放っているのだ。


「こんな貝、見たことないな……」


 そう呟きながら、タケルは思わずそれを耳に当てた。

 その瞬間、静かな波音に混じって、どこか懐かしい歌声が響いてきたのだ。

 女性の声のようだったが、人のものとは思えないほど透き通っていて、まるで海そのものが歌っているようだった。


「……誰かが歌っているのか?」


 タケルは耳を澄ませ、歌声がどこから来るのか探そうとした。

 しかし、ただの波音にしか思えなかった。

 けれども、歌声は確かに聞こえる。

 そして、それがタケルを引き寄せるように、強く優しく響き続けた。


 気がつけば、タケルは貝殻を握りしめながら、ゆっくりと波打ち際へ歩いていた。

 冷たい波が足に触れても、彼は立ち止まらなかった。

 胸の奥に「行かなければならない」という奇妙な感覚が広がっていった。


 足首まで、膝まで、そして腰まで波に浸かった頃には、タケルの周囲は青白い光に包まれていた。

 光は貝殻から溢れ出し、波に溶けるように広がっていく。

 次の瞬間、足元の砂が崩れるように消え、タケルの体はふわりと水に浮いた。


「えっ!?」


 驚いて声を出したが、口から出た音は泡に変わり、すぐに消える。

 そして彼は気づいた。

 自分は今、水の中にいるのだと。

 だが不思議と息苦しくはなかった。

 周囲を見回すと、濃い青の中に淡い光が漂い、目の前には無数の魚たちが群れをなして泳いでいる。


 タケルは夢を見ているのかと思った。

 しかし、水の冷たさや、魚たちの動きの美しさはあまりにも現実的だ。

 彼が呆然としていると、どこからか声が聞こえてきた。


「ようこそ、海の底へ」


 タケルが振り返ると、そこには一人の少女がいた。

 いや、少女ではない。

 彼女の上半身は確かに人間の姿をしているが、腰から下は青緑色の尾びれになっている。

 大きな瞳と、長い銀色の髪が波に揺れていた。


「僕……夢を見てるの?」


 タケルは思わず口を開いたが、驚くことにその声は泡になることなく伝わった。


 少女は優しく笑うと「これは夢じゃないわ。本当に海の底にいるの。私はセリア。この海で生きる人魚よ」と言った。


 タケルは信じられない思いでセリアを見つめた。

 だが彼女の存在感は、どう見ても現実そのものだった。


「君が僕をここに連れてきたの?」


 タケルが尋ねると、セリアは小さく首を振った。


「いいえ。でも、あなたをここに導いたのは間違いなくその貝殻よ。ねえ、お願いがあるの。助けてくれないかしら?」

「助けるって……」


 タケルは戸惑いながら聞き返した。


「この海に危機が迫っているの」


 セリアの顔に影が差し、彼女の目がどこか悲しげに揺れた。


「私たちの世界を救うために、あなたの力が必要なの」


 タケルは思わず貝殻を握り直した。

 歌声が再び聞こえるような気がする。


「僕に……できるのかな?」


 そう呟くタケルの心には、不安と興奮が入り混じっていた。


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