第30話 覆された見通し




「バ……イラン!?」


『どういうことだ……!! なぜこいつがここに来る!? 軍の人たちはまだここに着いていないのか!? そんなバカな!! もう時間はかなり経っているはずなのに……!!』



 雄弥が状況を把握しかねていたその時、隠れるようにして彼の脚にしがみついていたエミィに異変が生じた。


「ぁ……あ……!」


 彼が見下ろしてみると、エミィは紫色の瞳を大きく見開き、小さな身体をがたがたと震わせている。

 突如部屋にやって来たバイランは自身の眼を隠していなかったのだ。そして雄弥がそのことに気づくよりも先に、エミィは奴のそれを見てしまった。


「いやああああああああああぁああぁぁぁッ!!」


 彼女は自身の中のトラウマを抉り出され、押し寄せてきた恐怖の津波に悲鳴を上げる。そしてそれから逃げようとしているのか、筋張った細い身体を弱々しく暴れさせ始めた。


「え、エミィ!」


「いやあッ!! いやあぁッ!!」


 雄弥は必死に落ち着かせようとするが、彼女の意識には何も入らない。瞳孔を開き、涙を流し、痩せこけた顔を歪ませるばかりであった。


 ……が、彼女の叫びは唐突に止んだ。


 ダン、という何かが破裂するようなけたたましい音とともに、エミィの身体が床に倒れたのだ。


「なッ!?」


 雄弥が訳もわからず驚いていると、彼の背後でバイランが口を開いた。


「心配なさるな。ただの麻酔弾ですよ」


 彼は恐る恐る振り返る。

 バイランは右手に小さな銃を握っており、エミィに向いていたその銃口からは細い煙が糸を引くように出ている。雄弥がもう1度倒れているエミィを見ると、彼女の肩に小さな注射器のようなものが刺さっていた。


「もう他の子供たちは寝てしまっている。騒げばそれが妨げられる……」


 彼はそのまま右足を前に出し、部屋の中に歩を進めようとする。


「止まれッ!! そこから動くな……!! 部屋に入るんじゃねぇッ!!」


「これこれ、落ち着きなされ。騒がれると困ると申したばかりでしょうに」


「うるせぇ!! いいから動くなっつってんだ!!」


 雄弥は薄気味悪い笑みを浮かべるバイランを睨みつけたままゆっくりとしゃがみ込み、後ろ手で床に倒れているエミィの胸に触れた。すると彼女の心臓がはっきりと脈打っているのが分かった。どうやら、麻酔弾というのは嘘ではないらしい。

 そしてエミィの無事を確認した次に、彼の中の疑問が沸き上がった。



『こいつ……銃を使ったぞ……! エミィのことを狙って、銃を撃ったぞ……!?』


『なんで狙える!? 盲目であるはずの男が、なぜ弾丸を標的に命中させることができるんだ! ならやはり、こいつが失明しているというのはーー』



「……てめぇ……やっぱり見えてんのか……!?」


「んん? 何のおハナシで?」


「すっとぼけてんじゃねぇッ!! その眼ん玉は見えているのかって聞いてんだよ!!」


「とぼける、とな?」


「昨日……ここでてめぇと初めて会ったとき……! てめぇは俺が今のようにサングラスをしていることを分かっていたかのように喋っていた……! 眼が見えねぇはずのてめぇが、なぜ俺の姿を把握できたのか……そして今、なぜエミィを銃で狙えたのか……! その理由を聞いてんだ! これで何も見えてねぇなんておかしいだろうが!」


 怒鳴りつけられていても、バイランは変わらずにやにやとしているのみ。そのまま彼は雄弥を嘲笑うかのように鼻からひとつ息を吐き、口を開いた。


「……ええ、ええ。そうですとも。確かに私は、貴方の姿が見えていた。もちろん、ユリンさんのこともね。しかし、私が生まれつき失明しているというのは紛れもない事実なのですよ」



『眼が見えない……それなのに俺やユリンの姿が見えていた……!?』



 返ってきたものは解答には程遠く、雄弥の中の疑問の渦は、どんどん激しく、大きくなるばかりであった。


「くそ……ッ! ……だがな、そうやってはぐらかせるのも今のうちだぜ……! もうじきここには軍の人たちが来る! てめぇをひっ捕らえるためにな! そうなったらもう、洗いざらい吐くしかなくなるんだよ!」


「……ほぉ〜う?」


 しかし、バイランは余裕の笑みを微塵も崩さない。それは強がりだとか、虚勢で塗り固めたものでは決してない。自分は絶対に大丈夫だという絶対的な確信に満ちた笑みだった。


 そして次に彼の口から発せられた言葉は、それこそ到底信じ難いものだった。



「ああそういえば……憲征軍けんせいぐんの方々なら、つい先ほどお見えになられましたよ。4、50人でぞろぞろとね。まぁ……すぐに帰ってしまわれたのですがねぇ」



「……は?」



 雄弥はその意味を理解できず絶句し、数秒間思考をてつかせた。

 

「……帰っ……た……!? ……はぁッ!? 帰った!? 帰っただって!?」


「ええ。おかしなものでしたよ。今回の失踪事件の事情聴取のためだけに、あのような大人数でやって来るとは……。たかだか10分程度の、それも私1人に対する事情聴取にですよ? 軍の方々は私の予想に反し、大分暇を持て余しておるようですなぁ……」


「は!? ……ちょ……っと待て……。事情聴取……だと……!? 何を言ってんだてめぇは……!?」


 言っていることの意味がまるで分からない。


 彼はちゃんと説明した。この男が、バイランが、今回の事件の真犯人であろうということを。それを示すために、地下の隠し通路を直接見せもした。

 あの兵士たちは全員それに納得し、ここにバイランを捕らえに来ると言ってくれた。事情聴取なんてものを今更やらせるためではないのだ。


『ど、どうなってやがる……!! いったいなにが……!?』


 その時、彼の脳内につい先程のエミィの言葉が蘇る。



 ーー『げんもう』の魔術……。

 


「ま、ま……さか……! てめぇ、魔術で記憶を……!?」


「……なんだ。教えてやろうか? ん?」


 狼狽うろたえる雄弥にバイランが声をかける。その話し方にこれまでのような品性は無い。男は、少しずつ本性を露わにしているのだ。


「……なに……!?」


「答えを教えてやろうかと言っているのだ。気になっておるのであろう? 私がその兵士たちやガキめらの記憶をどうやって消した、あるいは改竄かいざんしたのか、ということを……」


「改竄だと……!?」


「なぁに……私の経歴について貴様らが調べたことは何ひとつ間違ってはおらん。確かに私は、生まれつきの魔力の素養はかなり低い。本来であれば大掛かりな術を使えるような力は持っておらんよ。本来であれば……な」


 それを聞いた雄弥は再び、エミィの話を思い出す。


「貰った……ってのか……!? 『神』とやらから……!」


「ほう、そこまで聞いたのか。その通りだ」


「『神』ってのはなんだ……なんのことだ……!? てめぇ本気で頭トんでやがるぞ……!」


「くっく……悪いが、これ以上は話せんな」


「なら……なぜこの子だけが、エミィだけが、自分の親のことや事件当時の記憶を保持したままなんだ!! なんでてめぇはこの子の記憶だけを消していないんだ……!!」


「消していないのではない、のだ」


「消せない……!?」


「他人の心に半永久的に干渉する魔術は、術者本人よりも大きな魔力を秘めている相手に対しては効果が極端に薄れる、もしくは全く効かなくなるのだ。そのエミィは、この私のものよりも遥かに巨大な魔力を体内に宿しておる。何度も催眠や記憶消去を試みたが、全く通用せんのだ」


 そう言いながら、バイランは忌々しそうに白髪頭をばりばりと掻いた。


「この……子が……?」


 雄弥は自身の背後で倒れている少女を見下ろす。

 少し触れただけで壊れてしまいそうなほどに華奢な身体をした、小さな小さな女の子。それは『力』という言葉とはあまりにもかけ離れている。


「そして貴様も同様だ、ユウヤ・ナモセ」


「……あ?」


「貴様にも昨日会った時に何度も術をかけたが、効果が発揮されないどころか貴様は自分に術がかけられたことすらも気がついていない。貴様の魔力は異常だ。大きいだとかそういう次元では語れんほどにな。まったく忌々しい話だ……」



『俺にも術を……!?  いつのまに! ……いや、だがそうか。ということはおそらく、ユリンにもかけていたな。昨日ユリンが、こいつのおかしな発言にまったく気がついていなかったのはそういうことか……!』


『多分こいつは今日兵士たちにしたように、昨日の段階で俺とユリンの記憶も改変するつもりだったんだろう』

 

 『だが、俺1人にだけ術の効果が無かった。2人の記憶が食い違ってしまっては不自然だし、下手をすればそれによって軍にも目をつけられてしまうかもしれない。だから自分の失言に関することをユリンの記憶から消すだけに留めたんだ』



「! ……いやちょっと待て。だったらなぜてめぇはこの子を……エミィちゃんを生かしている……!? 術が効かないこの子の存在は、てめぇにとっては邪魔でしかないはずだ! いつどこで誰に、自分のやったことをバラされるか分からねぇのによ……!」


「言ったであろう? そのガキは稀少な力を宿している。今はまだ幼きゆえ扱いこなすことは不可能だろうが、そう遠くない将来、莫大な能力を発揮することは間違いない。が野望の実現のためには、その力を失うのは惜しいと思っただけだ」


……だと? てめぇ仲間がいるのか!? 野望とはなんだ! 子供たちを集めているのもその一環か!?」


「さぁ……どうかな?」


 バイランは終始にやにやと笑うばかりである。



 そこまで話をしたところで、雄弥の中にさらなる疑問が浮上した。


 なぜエミィは、誰にも助けを求めていないのか。

 事情聴取やらなんやらで、兵士にバイランのことを話す機会はいくらでもあったはず。

 それにいくら親を失ったといっても、最初からこの孤児院にいたわけじゃない。事件発覚からしばらくは軍の保護下にあったはずだ。そこならバイランの目はなく、自分の証言を聞いた兵士たちの記憶が消される心配もない。なぜその場で事件のことを話さなかったんだ。


 ……その時、三度みたび

 雄弥は、エミィの言っていたことを思い出した。



 ーーいなかったの? が。


 ーーお父さんも、食べられたのに。



 彼はその瞬間、気づいてしまった。そしてその恐ろしく残酷な事実に、強烈な吐き気をもよおした。

 考えたくもない。信じたくはない。だが、そうとするしか繋がりが見えない。


 雄弥は身体を小刻みに震わせながら、再びバイランを睨みつけた。



「……て、めぇ……。この子の親父を……どうした……?」



 それを聞かれたバイランは少しの間真顔になったが、やがて、これまで以上に口角を吊り上げた醜悪な笑みを見せつけた。




「……地下に降りてみるか? もしかしたら食べ残しが転がっているかもしれんぞ」


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