18話:~結末。~

 テレビでよく話題にはなっていたが、圭の想像以上に状況は悪いらしい。東京を襲う強大な謎の組織が原因で政府が漸く動き出したと、壊れかけの街頭テレビで速報が流れていた。その戦いにとうとうも巻き込まれたという訳だ。


「っ……!」


 目の前の男曰く、目的はこの世界の存在している叛逆した強化人間らしい。強化人間というのは晴くんたちのことだよな、と偶発的に戦いに巻き込まれた圭は思考する。彼の目の前にいるのは、SG-563だった。


「な、なんでこんなことをするの?」

「再三言ったはずです。この国に存在する隠れた反逆者を始末するための効率化……一掃を行っていると」

「よく分からないけれど、いくらなんでも……。君たちは何をしているか、理解しているのか?」

「僕達のような兵隊はただ組織のめいに従っているだけです」


 SG-563は、今まで度々圭を襲ってきていた組織の強化人間とは格が違う。転がされた勢いで口の中を切って出た血をプッと吐き出すと、SG-563を凄んだ。だが圭が彼を攻撃する気にはならない。自分が傷つくのは良い。しかし、彼を傷つける気は毛頭ない。に酷似しすぎているのだから。


「しかし洞察力といい、戦闘能力といい、貴方は本当に強化人間ではないのですか?」

「違うよ……っ、強化人間の知り合いはいるけど……」

「GK-8とYM-200のことですね」


 そこまで知っているのか。彼の言う軍事組織『スターアロー』の力が計り知れず、若干身震いをする。しかし、ぼんやりとしている余裕を与えてくれるつもりはないらしく、額から流れる血を雑に拭う圭に刀を向けてSG-563は飛び掛かってくる。


「っ……!」


 素早い斬撃を避け損ねた圭は、肩から腕にかけて深い傷を負った。圭でなかったら痛みにのたうち回っていたところだ。そこを顔を歪めるだけで済んだのは、この青年一般人だからだろう。それに痛みにうずくまっている余裕がないのは分かっていた。だって、SG-563はそれに気付いていないが、彼の頭上に大きな瓦礫が崩れ落ちて来ていたからだった。


「星人くん、危ない!」

「え……――」


 襲いくる激痛を我慢して、圭は彼に向かって駆け出した。その命を投げ捨てた行動に、初めて驚愕の表情を見せたSG-563。圭の視線に合わせて背後を振り返った瞬間、ぐいと己の体が圭の中に収まった。ドゴッと人間からしていい音ではない音を立てて、SG-563を庇った圭からは、ふわりとどこか懐かしい香りに包まれ、甘い香りが鼻腔を擽る。次の瞬間、SG-563は目を見開いた。


「あ……」

「大丈夫?星人、くん……」


 どう見たって無傷のSG-563よりも、SG-563の攻撃によって受けた傷も大きな瓦礫によって受けた打撲傷もある、彼の方が大丈夫には見えない。それなのにどうして敵であるはずの僕を心配する……?SG-563は分からないことだらけだった。

 ぱたりと頬に滑り落ちてくる血の匂いに、あるはずのない記憶が混濁してくる。


 違う違う違う違う違う、僕は――


「やっぱり君は星人くんなんだね?」

「違う、違う違う、違う……僕は……」

「大丈夫、大丈夫だよ……星人くん」

「ぼく、は……」


 ――沢山の人を傷つけてしまった。沢山のものを壊してしまった。それでも神様は記憶を取り戻すことをゆるしてくれるというのか。でも今は彼ら以外にも大切なものはある。後戻り出来ない道を共に歩んできたTN-175というを僕は一人にすることは出来ない。


「…………」


 でも、今は――今だけで良い。彼の温もりに浸らせてくれ。


 強化人間のちからで、圭の上にのし掛かる瓦礫を除けると、急に力が抜けたように星人SG-563にへたり込んでくる圭の体を受け止めて抱きしめるように抱え込む。


「……花人くんは」

「ちゃんと無事だよ。避難所に晴くんと雫くんが送り届けてくれてる」


 YM-200とGK-8のことか。あの二人に任せておいたら安心だ。今までの調査のお陰ですとんと心に安心感が落ちてくる。あの子花人は大切な弟なんだ。無事でいてくれないと困る。

 ほっと力を抜く星人の背中に手を回すと、彼の手も圭の背中に回って遠慮がちに服を掴んでくるから、圭はふふふと声を漏らしてしまう。


「望月さん!……と、SG-563……っスか?これはどういう状況です……?」

「この子、星人くん。俺の恋人だよ」

「まさかとは思ってたけど……、ほんとにそうなんスね」

「え!知ってたの!?」

「まあ、あんだけ毎日毎日会ってたら……そりゃあ」

「見られていたのか……恥ずかしいなあ、あはは」

「あはは、て……、今現在はどうあれ、敵だったんスよ……」


 顔を赤くする圭にツッコミを入れ、ため息を吐く。SG-563基い、星人の表情は圭の体に隠れていて見えはしないものの、今の彼に殺意などない。圭の強靭な体にへばりついた星人を横目に「まあ、望月さんだし大丈夫か」と星人のことを任せることにした。

 そして物語は一件落着か、と誰もが気を抜いていた時だった。何かしらの気配を感じ取った星人は、圭から離れて懇願するように恐る恐るを見上げる。


「…………TN-175」


 焦燥感あふれる声で言った星人の声にハッとさせられ、彼が視線でさし示した方角を見た頃には、黒い影は空を泳ぐ。


「SG-563」


 勢いを殺さないまま、雫に振って降りてきた刃を避けると、雫たちの背後から酷く鋭く冷たい声が降ってくる。普段は柔らかく名前を呼んでくれていたはずの声が、今は氷の刃のように冷たい。びくりと体を震わせた星人は、恐る恐るTN-175の方を桃色の目を向ける。彼の表情には傷つけられた子どものような絶望があり、ずくんと心が痛む。


「何しているの?そいつらは敵。危ないからこっちにおいで」

「TN-175……この方々は……」

「星人くん」

「ボクのSG-563はそんな名前じゃない!適当言わないで」

「TN-175……」


 困ったような表情。人形のよう彼には似つかわしくない表情。


 いやだ。


 TN-175は焦る。


「SG-563。キミもボクを一人にするの?」

「っ……」


 ほろりと零れたTN-175の本音。強化人間らしくない人間の子どものような表情に、星人の心はちくりと痛んだ。

 組織の命とはいえ、少なくともこの事態はTN-175とSG-563が引き起こした事態だ。本当ならば圭との再会を喜ぶべきではないのかもしれない。しかし、今の彼には圭を殺してまで、TN-175のところへ戻る勇気など持ち合わせていなかった。SG-563は望んで強化人間になったのではない。元々はか弱い一般市民だったからだ。だから、圭の傍から離れることが出来なかった。


「……分かった。キミのことたぶらかした奴らがいなくなれば、キミは戻ってくるよね?」

「……TN-175」

「SG-563のこと返してもらうから」

「っ、望月さんのこと連れて逃げてください、SG-563!」


 駄々を捏ねる子どものような雰囲気は一瞬で消え去り、ピリリとした殺意を感じ取った晴は、体力の限界が近付いた圭を逃すために咄嗟にそう叫ぶ。

 我を忘れたTN-175の狙いは一目瞭然。SG-563を圭だ。ボロボロになった彼にとどめを刺そうと、飛んで行くTN-175の邪魔はするが、怒りで何が何なのか分からなくなった強化人間の力は雫と晴の力を合わせた力に匹敵するほど強いのだ。それはきっと、彼にとって大切な人――SG-563を取り返したいという気持ちがそう暴走させているのだろう。


「え……あ、ごっ、ごめんなさい、TN-175……!」

「SG-563!」


 晴の指示通り、軽々と圭を抱えて逃げて行く星人を睨み、隙あらば彼に取り返そうと圭に向かってナイフを投げるが、晴が取り逃がした分は雫が上手くいなしてくれる。


「ちょっと、邪魔なんだけど!」

「っぐあ!」

「夜空!」


 咄嗟に出したのが機械の腕で助かった。しかし圭に向かっていったナイフが突き刺さって、バチバチと悲鳴を上げる。どうにかしてTN-175にとって邪魔な存在を壊してしまおうと、晴から雫へ次から次へと誰彼構わずナイフを投げて晴と雫から離れようとしてくるから、もう神経が限界だ。

 自然と涙が出てくるほどに痛む機械の腕をかなぐり捨てて、追撃しようとしてくるTN-175へ一気に距離を詰め、思い切り蹴飛ばした。あばらに入ったキックが致命傷になったのか、勢いよく吹き飛んで壁に衝突したTN-175は、そこから動かなくなってしまった。


「夜空、座っていろ。俺がとどめを……」

「待つっス。仮にもSG-563の大切な人っスよ、殺すのはやめておきましょう」

「む、しかし……」

「俺なら大丈夫っスから」


 壊れた機械の腕を拾い上げると、正反対へと方向へと飛んでいってしまってから、大人しいTN-175の様子を見るために「いてて……」とぼやきながら立ち上がる。


「おーい、大丈夫っスか」

「…………」

「おーい?」

「……やっぱり、SG-563もボクから離れていくんだ。なんだか、心のどこかで分かってた」


 ぱたりと彼の頬を伝ったのは、紛れもない涙だ。まさか、血も涙もないと言われている組織の人間から涙が溢れるなどと思っても見なかった。晴も雫も動揺する。


 ぽつりと呟くように語り始めた彼の話を聞けば、彼は弟を人質に取られて組織に入隊した。そして、このミッションが終われば、弟を返してもらうと約束をしたようだ。まだ心が幼いまま強化人間として育ってしまったTN-175にとって、いつも傍にいたSG-563という存在は、まるで兄のような安心する存在だったのだろう。


「りくを……SG-563を返してよぉ……」


 だからこんなにも子どものように泣きじゃくって、弟やSG-563の存在を求めるのだろう。


「お前……」

「だから、GK-8――お前を殺して、りくを取り戻すんだ。組織のいうことを聞いていたら、りくも帰ってくる。そして、SG-563を取り戻す……!」

「冷静になってくれ、TN-175」


 よたよたと痺れる体を起こして、ナイフを向けるTN-175に向かって声を上げたのは、意外にも雫の方だった。雫を睨む鋭いゴールドに怯むことなく、TN-175に詰め寄った雫はじっと彼を見下ろす。


「何。ボクはいつだって冷静だよ」

「はっきりと言う。組織はそんな口約束を守らない」

「あの、そんなはっきり……」

「嘘。ボクはそれだけを信じてここまで」

「守るような組織であれば、俺は叛逆なんてしていない」


 そうはっきりと告げると、TN-175も思い当たるところがあったのか、じっと黙り込んでしまう。そして「じゃあ……どうすればいいの」と、幼い涙が一滴、二滴と落ちていく。


「……夜空。どうすればいい」

「アンタ、泣かしといてそれはないんじゃないっスか?でもまあ、俺たちと一緒に来たらいいんじゃないスか?協力するから一緒に取り返そう」

「ただの口約束じゃない?」

「当たり前っスよ。アンタに嘘吐いたら怖い奴もいるしね」


 圭を避難所まで送り届けたのか、そっと遠くからこちらの様子を伺っている星人の恐ろしい表情にやれやれと首を振って、泣きながら何度も頷くTN-175の頭を撫でたのだった。

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