第17話 悪魔の果実


「フハハハハハハハハハッ‼ どうですか、セレス様! これならば私とバディを組んでくれますよね!」


 薄暗い部屋に響き渡る、不快な笑い声。声の主であるクリス・コザックへ、私は冷たい視線を向ける。


「はぁ……一体、どんな思考回路をしていたら、そのような考えになるんですか」

「攫われた貴方様を我がコザック伯爵家が華麗に救出! このような筋書きを用意すれば、貴方様のお父上のお眼鏡に適うでしょう?」

「まだ諦めていなかったのですか? そこまでして、公爵家との繋がりが欲しいとは」

「当然でしょう! この国で公爵家と関わりがある時点で、その貴族は勝ち組なのですから!」


 興奮したかのような口調でまくし立てるクリスは、じりじりと私の方へと近づいて来る。


 今、私が拘束されているのは四方八方が石壁で出来た部屋であり、窓は一切なく、光源は壁にかけられた魔力灯のみ。私の四肢には魔法の発動を阻害する縄が巻かれており、一切の抵抗が許されない状態だった。


 クリスの目には醜い欲望の色が映っていた。彼と初めて社交界で出会った時から向けられていた―――情欲の色。


「へ、へへへっ……せ、せっかくだし、ちょ、ちょっとだけなら、いいですよね?」


 年月を重ねる度に濃くなっていた情欲を抑えきれず、私との距離を詰めようとするクリス。


「おいおい、坊ちゃん。それは流石に不味いと思うぜ?」


 すると、クリスの背後にあった扉から黒いフードを深くかぶった男が中に入り、彼の行動を制止する。


「何故だ? 今、どのような行為に及ぼうとも、ここには父上と私、そしてお前達以外にはいないのだから問題はなかろう?」

「いやさ、筋書きは自力で逃げ出した公爵家令嬢がクリムゾンオーガと遭遇。苦戦していたところをコザック伯爵家が華麗に救出し学園に戻る、だろう? 救出にかこつけて強姦された、なんて言われたら困ると思うぜ」

「た、確かにそうだな……」

「それによ―――」


 そう言いながら、フードの男は私の方へ視線を向ける。


「―――そこのお嬢様、もう縄をほどいているぜ?」

「ッ!」

「な、何っ⁉」


 男の言葉に、私は目を見開く。


「この縄は魔法の発動を封じはするが、魔力を防ぐことは出来ない。その特性に気づいた、このお嬢さまは縄の一部に魔力を纏わせ、気づかれないようにその部分を砕いて、縄をほどいていたんだよ」


 完璧な説明に、私は思わず唇を噛む。


「ほら、このお嬢さま、付与魔法が得意なんだろ? あれは厳密には魔法ではなく、どちらかというと技術だからな。この縄が封じれるのは『魔方陣の構築』だけ。いや~危なかったな、坊ちゃん。俺が来なかったら、今頃、氷漬けにされていたぜ」

「ヒッ……⁉」


 一瞬で氷漬けにされる姿を想像したのか、情けない声を上げながら私から距離を取るクリス。


 男はクリスを一瞥すると、私の方へと視線を向ける。


「てことで、出ていいよ~無事、脱出できると良いね~」

「……」


 私は内心、この男の異常さに危険を感じていた。私が魔力を展開したのを探知できたということは、この男はかなり腕の立つ魔法士なのだろう。


 しかし、この男は多くの魔法士、それこそ国内外問わず、優秀な魔法士と出会ってきた私がこれまで一度も出会ったことのないのだ。


 つまり、この男の正体は―――


「―――貴方は禁忌魔法士、ですね?」

「おぉ~流石は公爵家の令嬢だな! 俺達のことを知っているとはな!」

「……知らないはずがないでしょう」



『禁忌魔法士』


 大陸に広く伝わる一般の魔法とは違い、その危険性から様々な形で制限、もしくは封印されている『禁忌魔法』を扱う魔法士の総称。『禁忌魔法』の使用は禁止されており、仮に使用した場合は重罪が科される決まりとなっている。

 にもかかわらず、近年、大陸全土で『禁忌魔法士』は少しずつではあるが増加していた。



 その最たる理由が―――


「―――貴方は『悪魔の果実ルスト』の一員ですね?」

「ご明察! 流石に名乗ることは出来ないが、俺は正真正銘、『悪魔の果実』の一員だぜ!」



『悪魔の果実』


 現在、大陸全土で急速に勢力を拡大させているテロリスト集団。その多くが『禁忌魔法士』であり、並の魔法士では適わないと言われている。

 高い隠密性を有しているのか、各国が力を入れて捜索しているにもかかわらず、これまでは重要な情報は掴めていなかったが、その情報源とも言える構成員、それもかなり内情に明るそうな男が今、私の前に立っていた。



 しかし……


「……一先ず、この場で貴方が攻撃してくるようなことはないと思っていいのね?」


 今の私は、この男と戦うつもりはない。戦ったとしても呆気なく負けてしまうだろう。それに目の前の男も、私と戦うつもりはないのだろう。


「もちろんだ。今回、俺に与えられた任務はレオザード王国を調査してくることで、これは単なる暇つぶしだ」

「そう、なら、よかったわ。貴方とは戦いたくなかったから」


 話している間にクリスが部屋からいなくなっていたが、おそらくクリムゾンオーガの様子を確認しに戻ったのだろう。


「俺もお嬢様を早めに殺すつもりはなかったからな、戦わない選択をしてくれて嬉しいぜ」


 私は男の言葉に何も返さず、部屋を出ようとする。


「あぁ、そうそう。この部屋、というか建物は魔法に強い特殊な金属で作られているから、天井を壊して脱出とかは出来ないぜ」

「つまり、正規のルートでしか脱出できないと言うことね?」

「正解~それで、その道中にだが―――」

「―――クリムゾンオーガがいる、ってことね?」


 男の真横で一度、立ち止まった私が顔を見ずに、声だけで男に確認する。


「その通り~」


 心の底から嬉しそうに話す男に内心、戸惑いながら、私は軽く息をつく。


「ねぇ、一つだけ、聞いてもいいかしら?」

「おっ、何々? ここまで賢い子にあったのは久しぶりだからな、ちょっとくらいなら組織についても教えてやるぜ。あっ、でも名前やアジトの場所は教えれないからな!」

「知れるなんて思っていないわよ……私が聞きたいのは一つだけ―――『悪魔の果実』の目的は何?」

「……」


 私の問いかけに男は一瞬だけ沈黙するも、すぐに笑い声をあげると「大したことじゃねぇよ」と前置きしながら、その目的を告げる。



「―――魔法のない世界の創造。それが俺達、『悪魔の果実』が掲げる唯一の目的だ」

「ッ!」



 男の吐いた言葉に、私は驚きを隠せなかった。魔法のない世界。そんなものを創れるのか脳内で考え、『禁忌魔法』ならば可能なのかもしれない、と結論付ける。


「……そう。中々に壮大な目的ね」

「そうか?」

「えぇ。同時に―――はた迷惑な目的だとも感じたわ」


 その言葉に大笑いする男。余程、面白かったのかお腹を抱えて笑い出した。


「いや~はた迷惑か……いい言葉を選ぶな~」

「怒ったりはしないのね。自分達の目的を馬鹿にされたようなものだと言うのに」

「俺はそんなことで怒らないぜ。組織にいるのは、俺の願望を叶えてくれる奴にいつか出会うためだからな」

「貴方の願望については教えてくれないの?」

「どうせ、いつかは尻尾を掴まれるんだから、教えるのはその時でも遅くはないだろ?」

「……そうね」


 これ以上話しても、有益な情報は手に入らないと察した私は最後に一言。


「なら―――いつか、私が貴方達を倒してみせるから、束の間の享楽を楽しんでいるといいわ」

「……楽しみしてるぜ、貴族の令嬢様よ」


 満足そうに笑った男を一瞥し、私は長い通路を駆け抜けるのだった。




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