タヌ吉くんのメタモルフォシス
黒澤 主計
前編:僕、オオカミじゃなくてタヌキなんですけど!
僕は一体、どうしたらいいだろう。
「では、改めて検証を始めましょうか」
目の前の男が言う。顔中が毛だらけの、人間とは思えない顔の奴が。
僕は背筋に大量の冷や汗が浮く。
遠近感がうまく掴めない。頭がクラクラとしてきそうだった。
どうにか、ごまかさなくっちゃ。
僕が『タヌキ』だっていうこと、絶対に暴かれちゃいけない。
僕の名前は『タヌ吉』だ。
ずっと、憧れていた。
いつの日か人間の街に出て行って、そこで『立身出世』をするんだって。
僕たちタヌキには、変身する力がある。人間に化けることも出来るし、茶釜だったり机や椅子だったりに化けることも可能だ。
「ああ! ポン太先輩」
これまでに何度、憧れの先輩の名前を口にしたことか。
僕たちの住むタヌキの里で、一番の出世を遂げた先輩。完璧な変身技術を駆使して人間社会に溶け込み、『でんしまねえ』や『かーどびじねす』とかの世界で財を成した。
僕は日々練習を続けた。山に捨てられていたフライパンや鍋。そういうものにまずは変身する。
そして僕は、ついに『人間』にも変身できた。
きっかけは、一個の『骨』を見つけたことだった。
崖から落ちて死んだ奴がいたらしく、頭蓋骨が転がっていた。
『
特徴的な、大きな目。吸い込まれそうなその穴を見る中で、僕の心はざわついた。
「よし!」と呟いて、全身に意識を集中する。
ボワン、と音がする。
「うん、完璧だ」
水たまりを覗き込み、写真の顔とそっくりなのが確認できた。
(いいか、タヌ吉。人間ってのは二種類いるんだぞ)
その昔、ポン太先輩から聞かされた言葉だ。
人間は大きく分けて『二種類』が存在し、それらを間違ってしまうと大変な事態を引き起こしてしまうという。
大変なことは分かっている。でも、僕は人間に憧れている。
(よう、タヌキ。今日も俺の落語を聞かせてやるぜ)
ちょくちょく、里にやってきていた人間がいた。
(ではでは、今日もくだらない話を一つ)
僕が今までに出会った、たった一人の人間。
タコ
まだ幼い彼は、僕を観客として『落語』というものを練習していた。
(調べは後回しだ。早速見世物に出せ!)
あいつの話は面白かった。『
人間の体は、やっぱり歩きづらい。
僕たちタヌキは四本足。対する人間は二本足。『骨格』が違っているから、どうしても体への負担が大きい。
そして、遠近感も掴みづらい。人間の目はどうも不便だ。
もう、かれこれ一時間以上、僕は人間の街を歩いている。アスファルト敷きの歩道を踏み、既に何人もの人間とすれ違っている。
もしかしたら、僕の顔にはタヌキ的な要素が出てるんじゃないか。そんな風に心配したけれど、すれ違う人たちの顔を見てどんどん安心できてきた。
今いる場所。東京都の『
ここは山の中なのか、と笑いたくなる。男の人も女の人も、僕なんかよりもずっと『動物的』な感じがした。タヌキ顔とでも言えばいいのか。そういう顔の奴らがゴロゴロいる。
それにしても、腰が痛い。四本足に戻りたい。
「我慢だ」とこっそりと口にする。僕の苦痛が顔に出てしまったのか、すれ違う人たちは僕からすぐに目を背ける。
男らしく。僕は今、人間の男。それを間違わないようにしないと。
そんな風に、道を歩いていた時だった。
「先生! ヒトツタ先生じゃないですか!」
スーツを着た男の人が、僕の顔を見て声を上げる。
顔全体が毛むくじゃらの、獣みたいな顔の男だった。
「え?」と僕は目を見開く。
「先生、探していたんですよ」
僕の腕を引っ張り、男は強引に歩いていこうとする。
「今すぐ、例の問題に決着をつけましょう!」
どうして、こうなったのだろう。
僕は現在、『大学』という場所にいる。
毛むくじゃらの男にタクシーというものに乗せられて、この建物に連れて行かれた。入口のところに『
この場所、何か不穏な気配がする。この建物の入り口には、椅子か何かの残骸が散らばっていた。窓から投げ捨てたようだけれど、誰かが暴れたのか。
「では、無事に五人が集まったわけですが」
毛むくじゃらの男が口を開く。
僕が現在いるのは、『教室』と呼ばれる場所。
部屋はあまり広くない。真ん中に丸いテーブルが置かれていて、それを囲むように七つの椅子が置かれている。
真っ白な床に、真っ白な壁。僕のすぐ真後ろに窓があって、そっと覗き込んだら地面まではかなりの距離があった。
僕がいるのは、この部屋の一番奥。
「まずは、皆さんにこの赤いバンダナを巻いて頂きたい」
毛むくじゃらの男が言い、僕たち一人一人に赤い色の布を配る。他の人たちはそれを受け取るなり、首に巻いたり額に巻いたりし始めた。
「さあ、先生も」と言われ、僕も仕方なく首に布を巻く。
腰が痛い。僕の骨格だと、椅子に座るというのは苦痛でしかない。
知らずに尻尾が出てしまっているんじゃないかって気にもなる。椅子の表面がふわふわして、妙に生暖かくも感じた。
「それでは、改めて」
元の席に戻り、毛むくじゃらの男が話を始める。
「今夜は満月。だからこそ、今日が勝負」
何かの話が始まった。
「ちょうどよく一津田先生も見つかりました。この問題に関しては、やはり一津田先生の話を聞かねば進められない」
何か、怖い感じがする。
「『ミラーズホロウ』や『タブラ』の件などは、既に皆さまも紐解いてこられたことと思います。でも、ここではもっと別のアプローチが必要です」
なんだか次々と、難しそうな単語が出てきた。
「先生は民間伝承の権威。そんな先生ならば、『紛れ込んでいる者』の正体を暴くことができるはず」
僕は何かの、専門家なのか?
(タヌ吉。色々と勉強はしておけ。人間の世界には『専門用語』という奴がある。それがわからないと、『人間じゃない』って気づかれる危険がある)
とりあえず、早く状況を割り出さないと。
ポン太先輩にも言われた通り、このままだと僕がタヌキだって気づかれる。
まずは、さっきのおかしな単語。
「『ミラーズボロウ』。それと、『タブラ』ね。あれは、すごかったね。なんというか、とても『人間的』だった」
こう言っておけば、とりあえず人間っぽく見えるだろうか。
「はい、あれは人間ならではのものです」
良かった。とりあえず肯定された。
「先生のおっしゃるとおり、私たちは今、『人間であること』を賭けて戦っているのです」
でも、続く言葉が理解不能だった。
「だからこそ、私たちはこの『頭巾』を巻くことで、決意を固めています」
毛むくじゃらの言葉に反応し、他の三人も首や額の『赤い布』に手をやる。
意味がわからない。
「そうだね、頭巾」僕も首元に手をやる。
これ、頭巾だったんだ。
「既に、この大学の中で二人も犠牲者が出た。まず間違いなく、近くに『奴』が潜んでいる。私たちは『犠牲者』になりうる。でも同時に『狩人』にもなりえる」
なんだろう。話がどんどん怪しくなっていく。
でも、心に引っかかるものがあった。
みんなの姿を見る。三人が首に巻き、一人が額に巻いている。
赤い布。赤い色の頭巾。
そして、最初に毛むくじゃらは言った。
『今日は満月の日だ』と。
他にも『犠牲者』や『狩人』なんて単語も口にした。
もしかしたら、これは。
じわじわと、体の中に熱が籠ってくる。タヌキである僕でも、この話は知っている。
(よう、今日は少し趣向を変えるぜ)
いつも落語を聞かせてくれたタコ蔵。あいつがある日、『その話』をしてくれた。
(むかしむかし、あるところに、小さい女の子がいてな)
あの時の話は、はっきりと覚えている。『そいつ』は僕たちにとっても怖いものだから。
今ここで、彼らが話をしているもの。『何』を問題としているのか。
なんとなくだけど、答えが見えたような気がした。
「オオカミ?」
僕がポツリと呟くと、全員が深く頷いた。
「その通りですよ、先生」
毛むくじゃらが溜め息をつき、机の上で両手を組む。
「だから、この五人なんです。かつて、私たちは七人だった。しかし一人が犠牲になり、その後にまた一人が『奴』の手にかかった」
四人が一斉に僕を見る。
「あの時、この建物の中にいたのはこの五人だけだった。最後にこの部屋に残っていた彼女が何者かに襲われた。その後も同じく、この部屋の中で事件が起こった」
ゴクリと、僕は息を飲む。
「つまり、私たちの中の誰かが『オオカミ』に違いないんです」
毛むくじゃらの男が、はっきりと答えを言う。
「伝承にある『
まさか、と僕は目を見開く。
(タヌ吉、人間たちの流行りってものを教えてやるよ)
前に、ポン太先輩から聞いたことがある。
変なルールのある遊び。誰かに『オオカミ』の役をやらせ、それが誰かを当てるもの。
『人狼ゲーム』
それと同じことを、この人たちはやっている。
「では、見つけ出しましょう。私たちの中には、『人に化けている獣』がいる」
たしかに、ここにいますけど。
「見つけ出し、この場で必ず退治する。忌まわしき『オオカミ』を」
嘘だろう、と思いたかった。
僕は、なんという場所に迷い込んだんだ。
ゲームなんかじゃなく、本当にオオカミが人間に化けている。それを皆で探している。
この場合、僕はどうなってしまうんだろう。
オオカミじゃなくて、タヌキなんですけど。
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