副将軍は、鈍すぎる女将軍を落としたい

矢古宇朔也

エピソード1

「悔しいだろ! 南部の山賊討伐は私が派遣されることになったぞ!」

 

 広大な屋敷の一角、豪奢な一室にて、麦酒片手に言い放った彼女はエルレノーレ・イングリット・フォイアーバッハ。


 特注した男性ものの純白のドレスシャツと闇色のズボンに身を包み、ほとんど白に近い金髪は短く切られ、襟足の一掴みを背まで伸ばしている。

 目は青みがかった灰色。

 長身なこともあり真顔の時は怜悧な印象を受けるが、話をすると人懐こくてとても愛らしい。


 弧を描いた艶やかな唇に、笑顔で細まった目。

 彼女とは主従であるが、幼馴染や戦友と言っても過言ではない。


 由緒正しき皇室の血筋にして皇帝の双子の妹。そしてこの帝国の大公であり将軍でもある。


「閣下はまさかそれを伝えるために俺をここに呼んだんですか?」

 

 エルレノーレの腹心で副将軍でもある、ロイ・エルンスト・ボルツマン小公爵は呆れて香辛料たっぷりの串焼き肉を口に運ぶ。


 どうせ無理を言って酒場風の食事を作らせたのだろう。

 付け合わせはキャベツの酢漬けやきゅうりのピクルスだ。もう一皿は茹でた芋にたっぷり添えられたマスタード。


 来客があるのに庶民風の食事を出さざるを得なかった料理長の泣き顔がロイには簡単に予想できた。


「そうだ。お前は留守番だ。かわいそうにな」

「そうでしょうね。副将軍は陛下のお側に控えておりませんと有事の際に対処できません」


 彼女が強いのは知っているが、さすがに自分抜きで遠征に行かれるとなると心配すぎる。


 ロイは冷静を装って麦酒に手を伸ばした。


 それだけではない。軍はやはり男性が多い。貴族の子弟も多数在籍している。

 自分の知らないところで、彼女が言い寄られていたら困りものだ。


 近頃有力貴族の間で専ら話題になることは、皇帝のお世継ぎの話だ。だが、エルレノーレの姉、現皇帝アーデルハイトには配偶者はおろか、婚約者すらいない。


 現在、皇位継承第一位はエルレノーレだ。国内の名門貴族の男子たちが彼女を狙って秋波を送る様をよく目にすることが多く、最近は気が気でないのである。


(いやまさか屋敷に呼ばれて、こんな色気のない話をすることになるとは……)


 ロイは少々期待していたのだ。


 フォイアーバッハ姉妹に仕えるために生きてきたと言っても過言でない。今までは戦時であったし、主従ということもありこの想いは頑なに封印してきた。

 だが、今やエルレノーレは将軍、自分は副将軍。


 もう少し、前に進んでもいいのではないだろうか。

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