金色の瞳は憎しみを映す

ぬまのまぬる

第1話 魔石

 薄暗い森の中で銀色のナイフが翻り、悲鳴も聞こえないうちに血飛沫と黒い霧が舞う。


地面に倒れこんだ人影は、傷口から黒い霧を吹き出しながらそのまま動かなくなった。


顎の下まで赤い髪を伸ばした、紫色の右目と金色の左目を持つ男―グリスは死体の胸に刺さったナイフを引き抜くともう突き刺し、横に引き裂く。

そして切り裂かれた体の中から、所々金色に光っている黒っぽい石を見つけ出すと、取り出して服の内側にあるポケットに入れた。

残された死体は、黒い霧に包まれて灰のように崩れ落ちた。


それが人体だったとは分からないくらいに。


◆◇◆


 この「魔石」と呼ばれる石を人体から回収することが、グリスが所属する組織『リスタネーヴ』の主な仕事だった。

魔石はそれを体内に所持する人物に魔力を与えるようになる。


 元々はこの国―ゼフィロニアを支配していた魔術師のアザレア一族が所有していた大きな結晶だったが、ヴァシュア・イベリス率いる革命軍によってばらばらに砕かれ、各地に散らばった。

現在体内に魔石を持っているのは、ヴァシュア・イベリスをはじめとする、魔石の粉末を吸い込んだ人々の子孫らしい。


 『リスタネーヴ』の目的は、ばらばらになった魔石を再びアザレア一族に集め、強い魔力を得て王朝を復活させることだ。

元々彼らは、アザレア王朝に仕えた魔術師の集団だった。


王朝が滅びた後リスタネーヴの生き残りも散り散りになっていたが、グリスを引き取ってくれたアルドワーズが、アザレア王朝に関係していた魔術師の子孫を中心に再組織させた。今は10人ほどが所属しているらしいが、グリスも全員の顔は知らない。


 血でぬるぬるする手のひらを上着で拭きながら、グリスはため息をついた。

12歳でリスタネーヴの一員になってからもうすぐ6年になるが、やはり魔石を人体から取り出す作業は好きになれなかった。

自分の目的はイベリスの血を引く者を一人でも多く殺すこと。

だから、それができる組織に入ったというだけだ。

魔石の回収にも、アザレア王朝の復活にも興味はない。


 ふと、何かが飛んでくる気配がした。咄嗟に横に転がって避けたが、「何か」はグリスの肩をかすめて地面に突き刺さった。草の間に銀色に光る矢が見える。


振り返ると、自分と同年代らしい男が弓を構えて立っていた。

今殺した「イベリス」の仲間だろうか。

だけど、呼応はなかった。

「イベリス」を殺すために、「イベリス」が近くにいれば感じ取れるように、回収した魔石で体を改造したのに。


(イベリス一族じゃないのか……)


 躊躇したせいで、ナイフを取り出すのが遅れた。

放たれた矢が自分の腕に突き刺さるのが視界の端に映った。

痛みとしびれが神経を走る。矢に何か塗られていたのか。


「よくもハルを。絶対に許さない」

押し殺した呪詛の声と共に歩み寄ってくる足音。

痛みが感覚を支配しているせいか、そのガサガサという音はもっと遠くで聞こえているような気がした。


今「空間」を開く魔術を使えば何とか逃げられるかもしれない。

しかし、体がうまく動かなかった。近づいてくる男を見上げるので精一杯だ。


男がいつの間にか手にしていた短剣を振りあげる。


そして。


男の体は、黒い霧に包まれて砕けた。

血飛沫ではなく、灰のようなものが飛び散る。


「相変わらずミスが多いな君は」


しらじらしいほど陽気な声が響く。


 肩につくくらいの金髪をサイドで分けて、細い銀のフレームの眼鏡をかけた男が嘲るような笑みを浮かべて見下ろしていた。


 リスタネーヴの仲間、と言えるのかどうか分からないが、時折協力することもあるキールだ。

おそらく20代半ばほどで、そこまで年の差はないというのにすぐにグリスの事を子ども扱いしてくる。


キールは手を貸すわけでもなく、グリスがよろめきながら立ち上がるのを呆れたように見ていたが、いきなり冷たい声で言った。


「ありがとうは?」

「……ありがとう、ございました」

むかむかするのを抑えてなんとかそう返すと、キールは薄い笑みを浮かべてグリスの肩を押した。

「全く、あれくらい現れた瞬間にすぐ倒せるだろ?弓の腕も普通、魔力もいまいち。そんな奴にやられそうになってどうするわけ」


「……イベリスじゃなかったから」

「はぁ……。そんなにイベリスにこだわるんだ?本当にグリスってこだわりが強いよね」

キールは、元々グリスが「イベリス以外は殺すつもりがない」と公言していることについて良く思ってはいない。

「一応チームなんだから、自分のこだわりより協調性を大切にしてほしいんだけど。まあ、アルドワーズ様がそれでいいって言ってるんだから仕方ないか。あ、石は回収した?出して」


 グリスがポケットに入れていた魔石を手渡すと、キールは見下すような光を目にともしたまま、空中に「空間」を開く呪文を書いた。


 何もなかったはずの場所に、ぼんやりと光る裂け目が生まれる。

「さあ、早く帰ろうグリス」

キールは、裂け目の中に体を滑り込ませた。

上手く動かない体を何とか引きずるように、グリスも後に続く。

2人の姿が「空間」に入ってしまうと、裂け目は閉じられ、空中には何の痕跡もなくなった。

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