二十歳の魔法

小林岳斗

第1話

 大学二年生の私、横山よこやまえんは、今月で二十歳はたちになる。偶然にも明後日の二十歳の集い当日に誕生日を迎えるのだ。

 私は、数年前に施行された民法改正により十八歳の時点で成人ではあるものの、「二十歳から大人」という従来のイメージが自分の中で浸透してしまっているせいか、形式だけのようで実感が湧かなかった。

 だが、これでいよいよ「大人になる」という現実を突き付けられる。

 比較的に明るくてマイペースな私は、大人の階段へ登ることを心待ちにする側だと思っていた。

 かえって、子どもっぽい性格が故に、時期が近づくにつれ寂しさや不安が募るとは想像もしなかった。

 童顔で背も低く落ち着きもないから年齢より下に見られやすい私を「大人」と呼ぶことに違和感がある。それに、楽しんだり騒いだりできる時間が多忙な日々に押しつぶされる気がして、途端に青春が終わってしまいそうで嫌なんだ。


「ああああぁぁ〜! 大人になりたくないぃ〜!」

「いや、一応大人じゃん」


 しばらく静かだった空間で突如発狂する私に動じることなくツッコむのは、小学校からの幼馴染で親友の朝岡あさおか夏希なつき。こんな自由な私への対応に慣れているほどには長い付き合いで、三連休に暇を持て余していた私達は、一緒に私の部屋のコタツに潜り机に突っ伏している。


「それ、もう聞き飽きた。十八からの大人はやっぱり実感が湧かないんだよ」

「でも、実際に二十歳になってみても大して変化はなかったよ? お酒の好みを知ったぐらい」


 夏希は、去年の八月で既に二十代の仲間入りを果たしている。余談だけど、よりによって季節で夏が一番嫌いらしいので名前の由来について触れるとちょっと怒られる。


「いいな〜 私も早くお酒飲んでみたい」

「どっちなの」

「大人になるメリットなんてそれしかないよ!」

「二十歳を経験中の私が大したことないって言うんだから信じればいいのに。まあ、一番の要因が"アレ"だから気持ちは分かるけど」


 そう。色々な理由があるものの、何よりも大きいのは……


「よう、開けるぞー?」

「出た。一番の要因」


 返事を待たずして部屋のドアを開け、一人の男が姿を現した。

 夏希同様に既に二十歳で、アイドルを真似たようなハネをつけた茶髪のチャラい風貌。でも、意外とそこが好きだったりする。後で来ることは聞いていたが、心の準備をしていなかったので胸がドキッとした。

 私が子どものままでいたい一番の要因は、彼、杉野すぎの幸起こうきかもしれない。


「何何? 一番の要因って?」

「いや別に? 成人初心者のうちらの未来の話をしていただけだよ」


 事情を理解している夏希が本人に知られないように誤魔化してくれる。


「へ〜 でも、縁は将来どうこう以前に大人になることを拒んでいなかったか?」

「拒んでいるよ! 本当は二十歳の集いだって行きたくないんだから」


「相変わらずだな」と幸起が頭をわしゃわしゃと撫でてくる。


「だから子ども扱いしないでって!」

「どっちだよ」


 幸起は、夏希と同じく小学校からの幼馴染であり、私が数年前から恋心を抱いている相手だ。

 向こうは私の好意に気づいていないし、おそらく片想い。だったら、子どものまま、しばらくは気持ちを伝えずに安定の掛け合いを続けていたいと現状に甘えているのだ。

 私達三人は、家族全体で長年の付き合いなので、日常的にお互いの家を行き来するぐらいには打ち解けた関係ではある。ここ数年は私の家に集まる頻度が高いかもしれないけど。でも、決してそれが恋愛に繋がるわけではない。


「ね〜夏希! 将来、私を今の年齢で止める薬でも作って!」


 甘えついでにコタツから抜け出して夏希に縋り付くと、幸起と違ってやさしく撫でてくれる。


「夏希は、お母さんと同じ薬学の道へ進むのか?」

「そうだね。やっぱり科学の実験している時が一番楽しいわ」

「私との時間も忘れないでよ〜」

「縁の為にとっておきの薬を作るから待ってなさい?」

「本気なのかよ」


 私達は、普段と変わらない幼馴染同士の会話で呑気に盛り上がっていた。数時間後、あんな珍事件が起きてしまうことなど知らずに。

 すると、隣の夏希が鞄を持って立ち上がり、思い出したようにこう言った。


「あっ、そうそう。実は美味しそうな紅茶を持って来たんだけど、ちょっとキッチンを借りてもいい?」

「どうぞー って、数時間も経って今更?」


 夏希は私の疑問に答えることなく部屋を後にした。

 二人残されて急に静まるも、しばらくして、幸起が私と向かい合うようにコタツに足を入れると話し掛けてきた。


「縁、受け入れたくないだろうけど明後日で二十歳じゃん? 本当に将来の設計とか考えていないの?」

「余計なお世話だなぁー 三連休なんだし何も考えずゴロゴロしようよ」

「お前なぁ」


 そう言いつつ、私もいつまでも呑気ではいられないとは思っていた。

 大人になりたくない私は、今、これといった夢や目標を持っていない。とりあえず、流れに従うように大学の単位を取得していっているだけ。彼が心配する気持ちも分からなくはない。

 幸起は幾分真剣な表情になって私に聞く。


「本当に何も思いつかないのか?」

「うーん……」

「未来のこと。何でもいいんだぞ? 例えば……結婚、とか」

「結婚!!?」

「例えば! だぞ!」

「紅茶お待たせー……何事??」


 よりにもよって幸起の口から「結婚」というワードが飛び出て声を大にすると、ちょうど紅茶を乗せたトレーを手に戻って来た夏希がきょとんとする。

 いつも以上に騒がしくなったので、あったかい紅茶で心身を落ち着かせた。


「ちょっと苦味があるけど美味しいね」

「そう? よかった」




 驚異的な事件は、夜明け前に起こった。

 午前五時五十分頃、全身が急激に熱くなると同時に体を収縮させられるような気持ち悪い感覚を抱いて目が覚めると、ベッドを降りてテーブルを目指して歩く。体が怖いぐらいにふわふわ軽くてよろけそうになりながらも辿り着くとリモコンを手に取り、自室を点灯する。

 その時、私は、あまりに異常な自分の姿に数十秒間ほどフリーズした。


「…………は?」


 私は、ベビーサイズの身体にぶかぶかの桃色パジャマを被っていた。景色も数時間前と違って随分と部屋が広く感じる。ミニチュアな手をグーパーと動かしてみると驚くほどに柔らかい。

 いや、サイズも何も、私…………本当に赤ちゃんになっている。

 まだ夢の中なのかな。願いを込めていっそ頬をグーで殴ってみることにした。


「いたぃ……」


 力を入れすぎて、現実を突き付けられたことでパニックして、なんか泣けてきた。赤ん坊だから威力が低いだけじゃなく痛みにも弱いんだ。

 どう考えても有り得ない状況に混乱して、再び呆然とする。

 僅かに落ち着きを取り戻して夜明け前にも構わず親より先に夏希を呼び出したのは、数分が経過してからだった。


「わぁ! 本当に縁の面影たっぷりの赤ちゃんだ……!」


 事情を聞いて駆け付けた夏希は、ベッドに座る私を見るなり大きく開けた口に手を当ててリアクションする。心なしか嬉しそう。

 さすがは夏希。横山家から信頼されているだけあって、午前六時十分頃の訪問でもスムーズに通してもらえたらしい。それにしては、なぜ子どもの緊急事態に両親は現れないのだろう。


「ねぇ助けて夏希! 私、世にも珍しい病気に罹っちゃったのかな?? 怖いよぉ!!」


 慌てふためく赤ん坊の両肩に手を置くと夏希はさも冷静に言った。


「落ち着いて、縁。とりあえず、お着替えしよっか? バンザイできる?」

「受け入れるの早すぎない!? あと幼児扱いしないで!」


 しかし、自分では混乱して何も決められなさそうなので夏希に委ねることにした。赤ちゃんの私が一人で出来ることなどほぼ皆無だろうし。

 用意周到な夏希は家から持参したベビー用品を広げると、ベッドの上に乗って私の着替えを進めていく。


「ううぅ……どうして、こんな目に……」


 仰向けの状態で薄赤色のベビー服を被せられながら嘆く情けない私。

 二十歳直前で時が止まってほしいだけで、私は、何も幼児化したいとは微塵も思っていない。それなのに、こんなの「願いを叶えてやったよ」と皮肉を言わんばかりの神様の悪戯だ。

 それに、いざ式に出席できないと思うと悔しくて、他にも二十歳になることへのメリットがあったのだと知る。私が着たいのは赤ちゃん服じゃなくて赤の振袖だよ!

 よりにもよって、二十歳の、式の前日にこんな目に遭うなんて……。

 ゆるゆるのズボンを脱がしながら夏希が言う。


「子どものままでいたい、という願望は叶ったのかもね?」

「さっきから冷静なのが他人事すぎて腹立つんだけど」

「こんなにお喋りな赤ん坊、生まれて初めて見たわ。絶対売れる」


 夏希の何気ない一言でこれまでと変わらない言語を発していることに今更気づくと、思わず勢いよく上体を起こす。


「うわっ! ほんとだ!! なんで普段通りに喋っているの私!? てゆーか、無断で金銭目的に利用しないでよ!?」

「赤ちゃんになってもうるさいなぁ。オムツに履き替えるからじっとしてて」

「わ……最悪……」


 夏希が手にする雲型のモコモコした布地が視界に入り、反射的にそっぽを向く。分かってはいたけど私のプライドが許してくれない。

 向き直り、一か八か交渉してみる。


「ねえ、体は思うように動かないけど、トイレだけは普通にしたくて……どうにかならないかな……?」

「ごめん! それは諦めて!」

「ええ!?」


 パン、と顔の前で両手を合わせて謝る夏希。即答だった。

 夏希は私に折れてもらおうとまじまじと見つめながら、


「これも縁と私の仲ってことで、我慢して?」

「まあ、この際、そんなこと気にしている場合でもないか……。夏希が相手なら……」

「ありがとう縁! 愛してる!」

「…………」


 着替え途中のベビーガールに愛を伝える女子大生。奇妙で受け入れたくない状況に何も言葉が出なかった。

 まあ、赤ちゃんだから言語を発せなくて当然なんだけど。

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