第7話 クロノス研究所突入


『お前、は…排除対象では、ない。だが…目障り、だ』


男はガーベラの放った大量の弾丸を一斉に弾いたが、漏れた弾が身体に命中したはずだ。なのに無事そうなのは一体…


「あらら、怒らせちゃったらしいぜ?」

「弾丸が効かないんじゃどうしようもないぞ…」

「聞いてた通りヤバそうな奴だな。オルトゥス、とか言ってたか…どっちかって言うと、首無し騎士デュラハンの方が似合ってるな?」

「コイツを知ってるのか?」

「ラプラスが言ってたぜ。こいつは世界大戦を終わらせたバケモノだってな」


オルトゥス…やはり只者ではない。


『……お前、からだ』


オルトゥスがガーベラに襲いかかる。空への回避も見切っているようで、黒い炎が生きた魔物のように追尾していた。


「チッ…しつけぇなぁオイ!」


放った弾丸はやはり炎に触れると消えてしまう。一瞬で溶かす程温度が高いのかとも考えたが、だとするとあの距離まで近づかれて無事なはずがない。


「触れた物をエーテルに変換しているのか…?」

「そんなのアリか?」


身体から湧き出ている黒焔。それに触れた弾丸が消え去るのなら、もしあの悍ましい手に触れられたら………考えただけでも恐ろしい。ユナの能力が無ければ今頃…


「…私が彼をここに留めます。あなた達は先に研究所の内部に」

「おいおい嬢ちゃん、そりゃないぜ———」

「行くぞ」


ユナがオルトゥスの動きを止めた。その瞬間にガーベラの隊服を引っ張って距離を取る。ガーベラは困惑しているが、俺に迷いはない。


「おいクロード、お前そんな奴じゃ…」

「いいから行くって言ってるだろ!死にたいのか!」

「なんだよ…まぁいい、分かったよ。じゃあな嬢ちゃん。また会おうぜ」

「……そうですね。また、会いましょう」


別れ際、ユナは俺達に微笑みかけた。それが純粋な笑みなのか、含みを持たせたものなのか…なぜか分からなかった。


———頭の中、二人…そうだ…ずっと引っかかっていた。AIなのだからいろんなデータに引っ張られて言動が安定しないこともあるのだろうと思って見過ごしていたが…


人類を滅ぼそうとしているユナと、俺に執着しているユナは別の存在なのでは…?


…ふと、そんな考えがよぎった。…いや、今はまだ分からない。研究所に隠されている物を見るまでは、何もわからない。


「…そろそろ話してくれてもいいんじゃないのか」

「なんだ、気付いてたのか」

「まったく、バカのフリすんのは疲れるぜ」

「演技の必要があったのか?

「念には念をってね。状況をややこしくするわけにはいかなかったからな。それで…あの嬢ちゃんがオラクルの親玉ってわけかい」


…気付いていたならもっとテキパキ動いてほしいものだ。


「…今のところはな」

「って言うと?」

「いや…なんでもない。つまらない憶測だ」

「…抱え込みすぎんなよ」

「俺がそんな奴に見えるか?」


ガーベラが歩く速度を落として、俺の顔をじっと見つめた。いつになく真剣な眼差しだ。


「見えるよ。すんげー見える。っていうかずっとそうだった。いっつも一人で抱えてさ、そんで解決したんだか、してないんだかわかんねぇまま別のモン抱えてさ」

「今はそんな話をしてる場合じゃない。…まぁ…そうだな、抱えきれなくなったらお前に少し分けてやる」


この世は誰かが背負わなきゃいけないものが多すぎる。ユナだって——方法が過激とは言え、世界の未来を背負っているんだ。


「…行くぞ。もうすぐそこだ」


ガーベラは納得したんだかしてないんだか分からないが、とりあえず今は…いまいち気乗りしないお宝探しをするしかない。


クロノス研究所———エーテルを専門的な研究対象にした初めての研究所。かつて俺はここで能力者としての素養を研き、その真理を解き明かすための研究材料となった。


昔の記憶はあまり無いが、それでも今のここは黒焦げばかりで、かつての面影はあまりない。かろうじて入口だと分かった。


「おっと、連絡すんの忘れてた。ちょっと待ってろよ——こちらガーベラ。エーデルワイスを奪還した。現在研究所に入ったところだ。次の指示を待つ」


すると、ガーベラの無線機越しによく知った声が聞こえてくる。


『…了解。現在私も内部に侵入している。4階404号室前にて待機中。……クロード、そこにいるんだな?色々言いたいことはあるが…おかえり』


最後の言葉はラプラスらしからぬ優しい声色だった。


「俺の無線機越しにイチャつこうとすんのはやめてくれねぇかなぁ」

「はぁ…歳の差を考えろ。そんな気があるわけないだろ」

「ん?アイツって今何歳なんだ?」

「…そういえば知らないな。俺の記憶が正しければ、7年前からずっと変わってない気がするが…って、んなこと言ってる場合じゃないだろ…」


仲間と一緒にいるからか、いつになく安心しきってしまっている。…命の危機は無かったとはいえ、ずっと敵に囲まれていたのだから無理はないか…


「んじゃ合流しに行くか。4階だったよな…」

「エレベーターは壊れてるぞ。あの時も使えなかったからな。大人しく階段を使うんだな」

「いんや?普通に動きそうだぞこれ。記憶違いじゃないか?」

「……そうか、すまないな。昔のことで忘れていたのかもしれん」

「気にすんなって。ほら、乗るぞ」


ガーベラがボタンを押すと、なんの問題もなくエレベーターが降りてきた。特に損傷も見られないし、異音がするわけでもない。


「…交戦を避けられるなら別にいいか…」


4階のボタンを押した。扉は問題なく閉まり、降りてきた時と同じように何のアクシデントも起こらずに登っていく。


扉が開き、4階に出た。事故の発生地点から離れていたからか、目立った損傷は見られない。一階部分とは随分と異なるようだ。


「ああ、なんか懐かしい…気がするな」


記憶は曖昧だが、なんとなく来たことがある場所だというのはわかる。問題は…先程までの景色とはかなり雰囲気が異なっている点だ。


「んーと…404号室…こっちか。へぇ、この階は割と綺麗なんだな」

「そうだな…事故の発生地点から離れてたのかもな」


なんだろう、この妙な胸騒ぎは…まるで事故など発生していなかったかのような綺麗さだ。なんなら人がいてもおかしくない。…人?そうだ、ラプラスはどこだ…


「彼女が見当たらないな…ガーベラ、ラプラスに連絡してくれ」

「おっと、そうだな。もしもしラプラス?404号室の前に来たぞ。鍵がかかってて入れないんだが…今どこにいるんだ?」


無線機からはさっきまでとは違い、ややノイズ混じりの音質の悪い声が聞こえてくる。


『君達の姿は見えないが…本当に到着したのか?今一度部屋を確認してくれ』

「んん…?いや、404だよ。『404号室 管理担当者ラプラス』って書いてある」

『事故で確認できない程には損壊しているはずだが…』

「いいや?普通に綺麗な状態で残ってるぜ?なんならここに住んだっていいくらいだ」


ラプラスはどこにもいない。連絡はできているのに、その場にいないのだ。こんな時に冗談を言うような性格ではないのは百も承知だが…それでも彼女はこの場にいないのだ。


「…ダンジョンの時空間異常か」


確かに彼女と俺達は同じ『場所』にいる。しかし、違う『時間』にいるのだ。状態を見るに、俺達は過去にいて、彼女は現在にいるのだろう。


『そのようだな。…だがある意味これはチャンスと捉えるべきだろう。今の時間軸では消失したデータがそちらに残っているかもしれない』


…なるほど、ユナが何も残っていないはずのこの研究所に行こうとしていたのは、この現象を知っていたからなのか…


「分かった。隈なく探してみる。…そういうことだ。この部屋以外にも探す価値ができた。ここからは分担しよう」

「了解、そんじゃあこの部屋はどうする?」

「ガーベラ、お前に任せるよ。…俺はもう少し、昔のこの研究所を歩き回ってみたい。俺にとって家みたいなものだからな」


もしかしたら何かを思い出せるかもしれない。そう考えると居ても立っても居られない。


「そうか。気を付けろよ?ダンジョン化してる以上、昔の状態だとしてもモンスターはいるかもしれねぇ」

「そこらの魔物にやられてたまるか。お前も気をつけろよ」


そう言って俺はガーベラと別れることにした。…心臓の鼓動が速くなるのを感じる。今まで状況は逆風気味だったが、ここに来てようやく希望が持てた。ここで有用な物を手に入れて、ガーベラ達に託す…俺の最後の任務になるだろう。その後は…彼女の支配を受け入れるしかない。コインが表か裏か、ここで決まるのだ…



————————————————————


Profile:Unknown


コードネーム:『オルトゥス』

性別:男(仮定)

年齢:不明

所属:不明

出身:不明

その他情報:不明

備考:謎に包まれた不気味な黒衣の剣士。肉体の限界が近いのか、喋り方や動作に苦痛を感じている様子が見られる。一方で戦闘能力は非常に高く、恐ろしい程の反応速度を見せ、あらゆる動作に対して最適な行動を返す。何らかの能力もしくは装備により銃弾等を無効化するため、物理的な討伐は困難。能力や環境等を駆使した足止めが有効。


経歴:観測上、初めにその姿が確認されたのは第三次世界大戦の時だ。数ヶ月に渡り凄惨な戦いが繰り広げられたが、オルトゥスが姿を現してから7日間で全ての戦地で戦いが終わった。それからもオルトゥスと思われる人物による暗躍は続いたが、明確にオルトゥスと断定できる事件は次の第四次世界大戦、国家消滅戦争の時であった。


この戦争は厳密には二つの戦いに分かれているが、現代では混同して一つの戦争だったと認識されることが多い。オルトゥスによる介入は前半となる第四次世界大戦の時であり、国家消滅戦争時にはその姿は確認されなかった。


オルトゥスが何を目的としているのかは不明だが、共通しているのは大きな戦いの最中に姿を現すということくらいだ。

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