六天魔王は家臣が大事
乙島 倫
第1話 家臣の大事な茶器を割ってしまう
とある城の大広間で一人の男が立ちつくしていた。その男の前には傾いた棚があり、足元には陶器の欠片が散らばっていた。
ほんの数刻前、棚には陶器の器がぎっしりと詰まっていた。しかし今は空である。棚は僅かな傾きも許容しなかったのである。
それだけではなかった。陶器は床に落ちるとその衝撃ですべて割れて砕けてしまった。陶器はわずかな衝撃も許容しなかったのである。床は板の間であった。
大小様々な破片の前にし、男は呆然としていたがすこしずつ正気を取り戻しつつあった。
男は思った。
棚の上の茶器を割ってしまった。粉々になってしまった。ばれたらまずい。なんで、まずいかって、これは全部、家臣の大事にしていた茶器だからじゃ。
儂がいくらこの家の当主だからって、ここまでしてしまったら家臣も怒るじゃろう。時代は下剋上。家臣に恨まれたら大変なことになる。今まで部下に恨まれた守護が何人も消えていったのじゃ。
実は儂は、世間から厳しい人物みたいに見られているようなのじゃ。でもな、本当は家臣や領民をいつも大事にしているのじゃ。その証拠に領民からは税金はほとんど取らないし、関所も設けない。そこらへんは、駿河のナントカ義元とか岐阜のホニャララ義龍とかとは違う。それに、家臣とはいつももわいわいと楽しみたいと思ってる方なんじゃ。儂は家臣を家族みたいに大事にしておるからじゃ。
最近、遠征続きで大変だから、みんなの大事な茶器を大広間に集めて「朝倉と浅井を滅ぼしたら、また、ここで集まって茶会を開こうな」と言って出陣したんじゃ。でもな、みんなが大事にしていた茶器たちは、いまはこうしてバラバラの状態じゃ。これも、儂が足を引っかけて棚をひっくり返したからじゃ。
そもそも、なんで儂がここでこんなことをしているのか?
今日は家臣を集めて評定を行うことになっていたのじゃが、儂は朝早く起きて準備し、家臣たちが集まる大広間に行って、みんなの茶器を並べて待っておこうと思ったのじゃ。小姓も使わずに当主自ら茶器が並べて待っていたら家臣たちは感動しない?そう思ったからじゃ。
この程度のことで家臣の忠誠と意欲が上がって、合戦とか内政とか領国経営がうまくいくんだったら、当主自らやるしかないでしょ、そう思ったんじゃ。だから、こそこそ用意しておったんじゃ。大誤算の大失敗。これほどの失態は浅井長政が裏切った金ヶ崎の戦いぐらいの大失態じゃ。
そう思っている信長のいる大広間に林秀貞が通りかかった。
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