12話

 「うぅ……ここは……はは、懐かしい」

 僕は、周りの景色を見て思わず乾いた笑みを零してしまう。なぜなら、ここは初めて僕がこの学園の裏の顔を知った場所。地下の独房だったからだ。今回は木でできた長椅子ではなく鉄で出来た椅子に身体を拘束されている所だ。

「目が覚めたか。藤堂楽」

 目の前の鉄の扉がゆっくりと開き部屋に真央さんが入ってくる。

「……真央さん。今回は、本当に申し訳ありませんでした!」

 身体は拘束されているため頭を下げることが出来なけど、出来るだけ誠意が伝わるように前に傾ける。

「別に謝る必要はない。この世界で、謝罪は何の意味もなさない。失敗それはイコール死だ」

 真央さんは懐から銃を取り出し眉間に押し当てる。

 分かっていた。守るべき対象であるトワイライト様を危険にさせたんだ。目を覚まして、この場所で体を拘束されている現状を知った時点で、この結末になることは予想は出来ていた。覚悟もしていた。……それでも……怖い。

 真央さんの指が引き金に触れる。僕は怖くて思わず目を瞑る。あぁ……もっと発明……したかったな─……

「ちょっと待った! 大将!」

突如、地下室の扉が勢いよく開く。

「なんだ銀司」

「いやぁレオン寮の寮長ちゃんが目を覚ましたんでその報告を。それと、まだソイツを処分するのは早いんじゃないかという異議申し立てをしにな」

「異議だと?」

「そ。レオン寮の寮長ちゃんが言ったんだ。後夜祭を一緒に回ろうって、よ」

「あんな目にあって良く言えるな」

「どうやら坊主とデートをしたのは憶えてはいるが、襲われたことはよく覚えてないらしい。多分、あまりの恐怖に脳がシャットアウトしたんだろうな」

 あんなに気丈に振る舞っていてもやっぱり怖かったのか……いや、当たり前か。いくらレオン寮の寮長でも、イグリス帝国の皇帝の娘でも、トワイライト様は女子なんだ。怖いに決まってる……それなのに……僕は──……

「それで、だ。大将、確かにコイツのやったことは悪手だったかもしれねぇ。それでも、無駄じゃなかった。げんに、大将の与えた任務はクリアしてる訳だし。ここはもう一度、挽回の機会を与えてみるってのも良いんじゃねぇか」

「チッ」

 真央さんは拳銃を懐に収める。

「藤堂楽」

「は、ハイ!」

「復活祭(イースター)で我が黒鴉寮を一位にしろ。それが出来なければ貴様を殺す」

 吐き捨てるようにそう言うと地下の独房から出ていく。

「あの……ありがとうございます。銀司さん」

「まったく感謝しろよ。俺が朝練の時にお前の隠し事を気づいてなかったら死んでたぜ、坊主」

 やっぱりか。本当に僕は嘘をつくのが苦手だな。

「あの一つ聞いていいですか?」

「何だよ?」

 銀司さんは僕の拘束を解きながら返事をする。

「どうして僕をここまで助けてくれるんですか? 僕が真央さん達の正体を知った時も、今も。どうして僕を?」

「人の好意を邪推んじゃねぇよ」

 銀司さんはそう言い僕の頭を軽く叩く。うっ、たしかに助けてくれた人に対して失礼か。

「すいません」

「まぁ、俺にも利益があってやってるんだけどな」

「結局あるんですか」

「俺も大人だからな。お前みたいに利益勘定無しに動けねぇよ」

 銀司さんは寂しそうに笑う。本当に最近出会う人は皆、寂しそうに笑う人ばかりだ。そういう人を見ると……どうしようもなく、どうにかしたくなっちゃうじゃないか。

「聞かせて下さい。その銀司さんの利益ってなんですか?」

「別にただの自己満だぜ。一つはただたんにガキが死ぬのは見たくねぇってだけだ。そういうのはもう……こりごりなんでな。ま、あともう一つはお前なら大将を救えると思ったからだ」

「真央さんを……救う、ですか?」

「何、言ってるか分からねって顔だな」

「まぁ……はい。だって、真央さん強いじゃないですか」

 僕から見れば真央さんは傲慢で、すぐ僕を殺そうとする嫌な奴だけど、もの凄く強い。大抵の問題は自分で解決出来るぐらい強い。真央さんならきっと自分で自分を救ってしまうと思う。

「強い、か。たしかに大将は強い。でも一人だ。主従関係を結んだり、他人を利用する関係を作ったりするのは上手いが、対等の関係を作るのは下手だ。そういうふうに教育をされてるし。そういう関係しか作れないようなエゲツナイ経験もしてきてる。ただ、一人の奴ってのは大抵どこかで限界が来ちまう。そうなるお前には大将の横に立って欲しいのさ」

「横に……ですか。その前に拳銃で殺されそうですけどね」

「ハハハ、ことあるごとにお前を拳銃で殺そうとするのはお前との距離感が分からねぇからやってんだよ。ようは照れ隠しだな。げんに拳銃を向けられたぶんだけ挽回の機会は与えられてるだろう」

 たしかに銀司さんがいつも僕を庇ってくれてるからと言っても真央さんがそれを全部鵜呑みにする必要はない。

だって銀司さんは番犬で、真央さんはその主人だ。銀司さんがいくら僕を庇おうと、真央さんは何の危険も犯さずに僕を殺すことが出来る。それなのに僕はまだ生きてる……なんていうか……

「真央さんって、もしかして不器用ですか」

「今さら気付いたのかよ。そうだよ、人間関係においてわな。だからよぉ。お前が隣にたって、その不器用な部分を支えてやってくれ」

 支える……か。だったら今のままじゃ駄目だな。

「分かりました。やってみます。ただ、今のままじゃ無理です。なので、力を貸してください」

「具体的にどうするんだ?」

「僕の今作っている発明を手伝ってください。その軍の秘密兵器の知識を教えてください」

「おいおい良いのか? 今朝は誇りがどうのって言ってたじゃねぇか」

「誇りを持っていても真央さんの隣に立てないし、それにトワイライト様は守れないので」

 銀司さんは数秒間、考えたのち

「分かったよ」

 と答えてくれた。と、それはそうと

「それで銀司さん。まだ、拘束解けないんですか?」

 さっきから良い風な話をしてるけどガチャガチャ音が鳴ってて感動が半減なんだけど。

「スマン。けっこうぎっちり結んでてな。素手じゃ無理だわ。坊主、刀で切られるのと銃で撃たれるのどっちが良い?」

「えっ! もしかしてこの鎖をそのどっちかの選択しで壊すつもりじゃないですよね! 辞めて下さいよ! ミスったら真央さんの隣に立つ以前にお陀仏ですよ! 幽霊になって立てって言うんですか!」

「ガタガタ言うな! 男だろ!」

「嫌だ!」

 独房に鎖が千切れる音と、僕の絶叫が響く。

僕……真央さんの隣に立つ前に……生きてるかな?

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