黒の番犬

ゆーにー

プロローグ

「恋をすれば世界は美しく見える」って、どっかの誰かが言っていた気がする。もしかしたら何かの本に書かれていたかもしれない。三十分前の僕もその言葉に賛同していた。好きな人が出来て、その人を一目見るためにだけに朝起きることができた。その人と釣り合う存在になるために勉強も苦手な運動も頑張った。

え、じゃぁ今の僕はそう思わないって。うん、思わない。今の僕の心境は「恋をすれば世界はバイオレンスでデンジャーな物に変わる」だ。

 僕の眼前に銃口を向けて僕が恋をしている影狗奈央(えいこくなお)さんは冷たく僕に言い放つ。

「藤堂(とうどう)楽(らく)。選びなさい。今ここで死ぬか。私の番犬になるか」

 その時、雲が晴れ月光が奈央さんを照らし出す。

それにより、夜闇に覆われていた奈央さんの姿が露わになる。陶磁器を想起させる白い肌に濡羽色(ぬればいろ)の長髪。そして、氷のように冷たい瞳。

──あぁ、美しい──

僕自身、馬鹿だと思うけれど、彼女の姿を見るだけで僕の恋愛感情は激しく燃え上がる。例えそれが、彼女に命を奪われる今、この瞬間だったとしても。

奈央さんは、中々答えが出さないでいる僕に怒りを憶えたのだろう。触れたら折れてしまいそうなほど細い指を拳銃の引き金に強く押し当てる。

──パァン!

 破裂音が夜の学校の中庭に木霊した。

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