第22話 救世主現る

もうどうしようもないことを、この後輩は気づいているだろうか。俺はもう、打てる手がない。話を引き延ばし、助けを待ったが、驚くほど廊下は静かだ。


「さあ、先生でも呼びに行きましょうかね。先輩、さようなら」


くそ、本当にこれで終わりなのか? これ以上の逆転は……。


「待ちなさい」


「か、会長……?」


教室の出入口に立っていたのは、生徒会長の奥出だった。


「三年生の教室に、なぜあなたがいるのかしら」


「そ、それは……」


「それに、貝塚拓斗。またピンチに陥っているようね」


奥出、俺はお前をずっと待っていた……!


「どうして会長が……」


「あなた、手に持っているものを渡しなさい」


「は、はい……」


後輩は素直に怪文書を手渡した。


「これをどうしようとしていたのかしら」


「別に、私は……」


「言い訳はなしよ。甘やかしていた私が悪かったようね、いい加減認めなさい」


俺は見ていることしかできなかった。奥出は珍しく、本気で怒っているようだ。


「会長だって迷惑していたんじゃないんですか。この先輩に」


「いいえ、私は好きで関わっていたの。あなたは私の気持ちを踏みにじるつもりなのかしら」


「ち、違います! 私は会長のために……!」


なかなか後輩は引き下がらない。俺もいい加減イライラしてきた。口を挟もうとした、その時。


「そこまでにしなさい!」


「ひっ……!」


「どれだけ恥を晒せば気が済むのかしら。私は今、あなたのせいで迷惑を被っているのよ。貝塚拓斗を助けなければならないという迷惑をね」


どうやら俺を助けることは手間らしい。いやあ、本当にすまない。


「私が……迷惑を……?」


「ええ、その通り。こうなると、『生徒会』には置いておけないわね」


「い、いや、それだけは……」


これは驚きの展開になってきた。後輩は『生徒会』ではなくなる、ということか。


「私はあなたを信頼していた、今まで目をつむってきたこともあったわ。でも、あなたは『生徒会』にいるとダメになりそうね」


「そんなことは……!」


「私の大切な人を見下す後輩は、私の隣には要らないわ」


後輩の顔はあからさまに青ざめていた。そりゃそうだ、ずっと守ってもらえると思っていたんだもんな。


「私は、会長のことが、大切で……」


「それは私も同じよ。でもね、私とあなたは特別な関係にはなれない。あなたは私の後輩で、私はあなたの先輩でしかないのだから」


「会長……私の好きだった会長は……?」


膝から崩れ落ちた後輩を見ながら、俺は複雑な気持ちになっていた。こんなことになるなら、誰かが傷つく結果になるなら、俺が悪役のままで良かったんじゃないか?


「貝塚拓斗、いえ、拓斗くん。あなたは何も思わなくていいのよ」


「本当にこれでいいのか? 俺より大切な後輩だから、今まで守ってきたんじゃないのか?」


「そうね。でももういいの。今一番守るべきなのは、あなただと気づいたから」


奥出は初めて、俺に柔らかな笑顔を見せてくれた。




奥出は後輩を連れて生徒会室へと行ってしまった。奥出と入れ替わるように、友人が教室に入ってきた。


「やあ、拓斗。修羅場だったようだね」


「見てたのか?」


「聞いていただけさ。容易に想像は出来るけどね」


そんなタイミングよく来るなんて、怪しいな。


「お前まさか、奥出と一緒だったのか」


「そうだね。さっきまで楽しいゲームをしていたんだけど、生徒会長は君のことが気になると言って、出て行ってしまったのさ」


「俺が大変な時に、呑気な奴め」


まあ、知らなかったんだから仕方ないか。後輩が三年生の教室に乗り込んでいるなんて、予想できないもんな。


「君は、僕が来ることを望んでいたんだろう?」


「いいいいや? そそそそんなこともないぞ」


「本当に素直じゃないね」


素直にはなれない。男がそう易々と助けなんて求めてられるか。俺にだってプライドはある。


「感づいてたなら、なんで助けに来ないんだよ」


「言ったじゃないか。この状況をどうにかできるのは僕じゃないって。あの後輩に言葉を届けるためには、この事件の当事者でなければならなかったんだ」


「でも、俺じゃダメだったぞ?」


約一時間は話し込んでいたと思うが、あの後輩は一切表情を変えず、俺を陥れることしか考えていなかった。


「そりゃあ、君では力不足だよ。少なくとも彼女が考える序列の上位にいなければ、その考えを覆すことができないのだから」


「じゃあ、尚更俺じゃ無理じゃないか」


「まあ、そういうことになるね」


俺の頑張りは何だったんだ。奥出が助けに来なければ、俺はまたあの地獄を見なければならなかったのか? そんなのあんまりだろ。


「あの後輩、これからどうなるんだろうな」


「それは、生徒会長が決めることさ」


「でも、俺みたいに孤独になるんじゃないのか?」


俺は確かに、この辛い現実から抜け出したいと思っていた。でもそれは、誰かにこの気持ちを味合わせたいということではない。


「君は孤独ではなかっただろう?」


「そうだけど、彼女は違う」


「大丈夫さ。生徒会長がそんな残酷なことすると思うかい?」


奥出は優しい奴だ。きっと大切な、大切だった後輩に酷い仕打ちはしないだろうと、俺も思っている。




生徒会室では、心に穴が開いた後輩と生徒会長の奥出が話をしていた。


「この書類にサインをしてちょうだい。それであなたは『生徒会』ではなくなるわ」


「残りたい、というのはわがままでしょうか」


「私がそんなことを許すと思っているの? 未だに被害者でいられると、勘違いしているみたいね」


奥出はまだ怒りが収まっていなかった。拓斗と別れ、教室から生徒会室に向かう最中も、この結果が悔しくて仕方がなかったのだ。


「もうこんなことはしないと約束します、だからまだ……」


「諦めの悪い子ね。あなた、他にも勘違いしているでしょう?」


「他にも、とはどういうことでしょうか」


後輩は思い込みが激しく、『役に立てる』者が『生徒会』に入れると、これは所詮、たった一度の過ちだったのだと、甘く見ている。


「優秀だからあなたを選んだのではないのよ。頭の良さなんて最初から関係ない、極端に言うならば、貝塚拓斗でもよかったということ」


「では、私はなぜ……」


「あなたが、楽しくなさそうだったから」


これは単純な話で、元気のない生徒を喜ばせたいという、奥出のエゴに過ぎなかった。


「たった、それだけのことで……」


「案の定あなたは変わったわ。でも、それは他人を陥れることで自分の地位を保つ、絶対にやってはいけない方向に変わってしまった」


「私の、過ちは……」


後輩の本当の過ちは、人の気持ちを考えず、自分の保身に走ったこと。恩情と恋愛感情を混同してしまったこと。


「あなたは『生徒会』にいないほうが、きっと自分らしく過ごしていけるわ。私だけじゃなくて、他の同級生を頼ることをしなさい」


「ごめんなさい、私はなんてことを……」


「泣くことはないのよ。確かにあなたは悪いけれど、止められなかった私にも責任があるのだから」


堅苦しい言葉遣いは消え、表情は緩み、大粒の涙を流す後輩。うつむいたまま、奥出の顔を見ることができない。


「サインします……ペンを借りてもいいですか?」


「もちろんよ。はい、どうぞ」


「ありがとうございます……」


後輩はすらすらと書類にサインをし、軽くお辞儀をした後、生徒会室から出ていこうとした。


「ちょっと待ちなさい」


「えっと……まだ何か……」


「この事件について、先生には私と一緒に説明しに行きましょう」


また泣き顔になる後輩の頭を、奥出は優しく撫でた。

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