一 最強魔王ネロンパトラ

一 最強魔王ネロンパトラ①


 異世界に転生して一週間が過ぎた。

 好き好んで転生したわけではない。

 敵国のディオン王国の王と第一王子は捕らえ、すでに処刑した。首都を逃れ標高五千メートル級の山岳地帯に逃れ、ゲリラ戦を展開する第二王子さえ始末すれば千年の長きに及んだ魔族と人間の抗争も終結できるはずだった。

 余が先頭に立って第二王子掃討作戦を開始した。辺境山岳地帯のゲリラ拠点を個別撃破して作戦も順調に推移した。余に油断があったのは否定できない。

 だがまさか味方に裏切られて窮地に陥るとは夢にも思わなかった。ただ余は最強魔王ネロンパトラ・モーゼフ。モーゼフ魔王国の絶対君主にして最強の魔力の使い手。ただでは死なぬ。死ぬ直前に転生魔法を発動し、異世界に転生した。どんな形でも命さえあれば、裏切り者に復讐する機会はあるだろう。

 問題は異世界に魔族が存在せず、人間に転生するしかなかったこと。人間に転生したといっても、転生前に持っていた魔力はそのまま引き継がれている。余の人間嫌いさえ表に出さず封じられればよいが、あまり自信はない。


 「きゃははは!」

 教室では授業中以外いつでも誰かが甲高い声で笑っている。耳障りなことこの上ない。魔王時代、私のそばで声を出して笑う者などいなかった。不敬な行為だからだ。

 いつか思い知らせてやろうと思っているが、この世界では余はまだ絶対権力者になっていないから我慢している。この世界の軍隊がどれほどの強さか調査中だ。取るに足らぬと分かれば政権を簒奪し、余がふたたび絶対君主として君臨するつもりだ。やつらに思い知らせるのはそのあとでも遅くないだろう。

 「森さん」

 いつの間にか午後の授業が始まって教壇に立つ教師に余の名を呼ばれていた。教師は冴えない中年男性。ところで転生後の余の名は森音露。転生前の名となんとなく似ている。

 「何だ?」

 「何だとは何だ? 敬語が使えないのか?」

 「敬語? 使われることはあっても、使ったことはない」

 「独裁者みたいなことを言うな!」

 長年独裁者だったが、それが何か?

 「ちょうどいい。政治の話をしよう。森さん、政治に必要なものは何だと思う?」

 「恐怖だな」

 「恐怖?」

 「そう。為政者に逆らうと自分や家族が殺されると知れば、逆らう者がいなくなる。どんな政策を立案してもスピーディーに執行できるようになる」

 「それは正しい政治だろうか?」

 「正しい」

 「なぜ正しいと言えるんだ?」

 「余が正しいと言えばすべて正しい」

 「いや、間違いだ。政治に必要なものは人権思想に基づいた民主主義だ」

 「人権? 民主主義? 教師よ、為政者となった経験は?」

 「もちろんない」

 「なんだ。机上の空論か」

 生徒たちはなぜか静まり返り、教師は馬鹿にするなと怒り出した。覚えておこう。余がこの世界を支配したら、真っ先におまえから人権を奪い奴隷にしてやる!


 魔王時代、余はゴージャス女王という別名も持っていた。戦争で奪った敵国の財産を湯水のように注ぎ込み、自分自身を飾り立てていたからだ。

 女だからと舐められるわけにはいかない。強さでも美しさでも、余は王国のトップとして君臨しなければならないのだ。

 数年前、虎の子の肝臓から抽出したエキスに強力なアンチエイジング効果があるという噂が王国に流れてきた。

 余が虎の子を高値で買い取ると宣言すると、多くのハンターが虎狩りのために森に入り、百人以上のハンターが命を落とした。

 転生前の余の美貌は多くのハンターと虎の子の命と引き換えに手に入れたものともいえる。転生前の余は五十歳で絶命したが、転生後は十七歳の女子高生。アンチエイジングを気にしなくてよいというのは小さからぬメリットだ。

 転生後の余の顔は転生前の余の妙齢だった頃によく似ている。魔王時代の髪型はゴージャスなロング巻き髪だったが、この体に転生したとき、髪型までほとんど同じだったから驚いた。転生とは異世界にいるもう一人の自分の肉体を借りるものという理論通りの結果と言えよう。

 では、余が転生した肉体にもともと宿っていた魂はどうなったのか? 残念ながら消えてしまった。転生とは転生してくる魂ともともとあった魂の激闘。転生してくる魂が勝てば転生が叶い、もともとあった魂が勝てば転生を阻むことができる。

 もともとこの肉体にあった魂にとって不幸だったのは突然降ってきた魂が最強の大魔王である余であったことだ。もともとあった魂は雑誌の読者モデルに応募して採用されるなど、それなりにキラキラした人生を送っていたようだ。余はこの肉体を粗末にせぬのは当然として、余が転生する以前とは比較にならぬ栄華をこの肉体に享受させるつもりだ。もともとあった魂がどこに消えたかは知らぬが、どこかに隠れているなら見ていればいい。


 魔王時代は人間との戦争に明け暮れた。味方の魔族であっても余の怒りに触れれば容赦なく斬り捨てた。転生後の異世界は平和すぎる。余は血に飢えていた。

 「森、ちょっと顔貸しな」

 放課後すぐ、クラスの女子生徒四人に声をかけられた。友達になってというニュアンスではない。余をボコボコにしたくてたまらない。四人の顔にそう書いてあった。

 どこに連れて行くのか知らないが、おとなしくついていった。かなり物足りないが、最初に血祭りに上げるのはこいつらにしようと決めて。

 「なんでニヤニヤしてるんだよ」

 火責めにしようか水責めにしようか迷っていたなどと余計なことは答えない。まあ両方にしよう。

 校外に出て五分ほど歩くと、空き地があった。どうやら血祭りの舞台はここらしい。

 「ここで余に危害を加えるつもりか」

 「何が〈余〉だ? 王様か、おまえは?」

 魔王だから王様には違いなかろう。

 「余に危害を加えたい理由は?」

 「は? しらばっくれるんじゃねえよ! おまえ、あたしの彼氏に色目を使っただろう? 人のものに手を出しやがって。恥ずかしい動画撮ってバラまいてやるよ」

 当然身に覚えはない。余が転生してくる前のもとの魂の仕業だろうか。それともただの濡れ衣か。余としてはどちらでもいい。この者たちを血祭りに上げられれば。

 それにしても、人のものに手を出すって、この世のすべては余のものなのに何を言っているのだろう?

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