束の間の休息①

 雨は夜間ずっと降り続けたあと、日が昇る頃にはすっかり上がり、澄んだ青空が顔を出していた。もっともベルナデットは軍議のあとに湯浴みをし、そのまま疲れ果てて眠ってしまっていたので、雨が降っていることには全く気が付かなかった。

 休養日ということもあってか、砦内の空気もどこか明るい。すると、エリーナが朝食時の混雑した食堂に、大荷物を抱えた兵士数人を引き連れて現れると、どこからか持ってきた木箱に上って皆の注目を集めた。

「何なんだ? 一体・・・」

 ベルナデットの正面に座っているジョセフィーヌが、怪訝そうな声を出した。

「皆様! 今日は疲れを癒やすための休養日・・・ですので、今着ているそのお召し物、全て! 強制的に洗濯させていただきます!」

 エリーナの発表に、食堂は当然ざわついた。

「皆様、突然のことで戸惑っておられるでしょうが、私たちはちゃんと殿下の許可をいただいていますよ! 何なら殿下のお召し物も先んじて洗わせて貰っています! 皆様に拒否権はありません!」

 エリーナは高らかに宣言した。

「まあ、リシャール兄様、エリーナの追い剥ぎに遭ったのね・・・。昔良くエリーナに着替えを急かされたことを思い出しちゃった」

 シャルリーヌの言葉を聞いたベルナデットは、エリーナの物怖じしない性格に少し感心してしまう。そうでなければ王族の侍従は務まらないのかも知れない、と苦笑した。

「というわけで、今から皆様の服を洗濯する間、代わりの服を用意いたしましたので配りますよ!」

 エリーナがそう言うと、衣服が入った籠を持った兵士たちが、有無を言わさず配り始めた」

「もしサイズが合わなければ、洗濯室の方で交換できますからね!」

 エリーナは木箱の上から呼び掛けた。その間に、ベルナデットたちが座って居るテーブルに兵士がやって来る。

「シャルリーヌ様とジョセフィーヌ様にはこれを」

 女の兵士が二人を指名して、札が付いた服を手渡していた。二人は礼を言って受け取る。

「わざわざ私たちの服は別に用意してくれたようだが、何だか申し訳ないな」

 ジョセフィーヌは渡された服を見つめながらそう言った。

「でも“皆と同じで良い”って言ったらエリーナきっと怒り出すわよ。フィー姉様、ここは素直に受け取っておきましょう」

 エリーナのことをよく心得ているシャルリーヌは、ジョセフィーヌにエリーナの意思に従うように言う。ジョセフィーヌは頷いた。そうしている内に、ベルナデットとニアの元にも兵士が来て、服を渡していった。

「それにしてもエリーナさん・・・もしかしてグリシアからこの量の服を調達してきたってことよね。・・・とんでもない人だわ・・・」

 ニアは渡された服と周囲を交互に見ながら、感心半分、驚き半分で言った。

「エリーナって、本当に昔から気付かないうちに根回ししていることが多くてびっくりするのよね。本人も言ってるけど、伊達に三十年以上侍女をやってないのよ」

 シャルリーヌもまた、素直にエリーナに感心していた。――こうして、突然着替えを渡され洗濯を強要されたベルナデットたちは、呆然としたまま朝食を終えて、着替えに向かったのであった。


                 ■


 ベルナデットは自室で、渡された服に着替える。白いブラウスに枯れ葉色のパンツ―まるでジャンヌが着ていた服のようで内心驚いた。袖を通してみると、少しだぶつくものの問題はないのでこのまま着ることにした。着替えた服はパリッとしており、おろしたての心地の良い香りがした。あとは元々着ていた服を畳み、洗濯をしているという砦の裏側にある広場まで持って行くだけである。

服を畳んでいる途中、ベルナデットは詰襟のブラウスをじっと見つめる。この服はジャンヌが買ってくれた物であり、今となってはジャンヌの形見の一つとなってしまった。村が襲撃に遭った日のことは、今でもはっきりと脳裏に浮かんでくる。喉がひゅっと一瞬苦しくなったが、この服をくれたときのジャンヌの笑顔を思い出し、何とか胸の苦しみを抑えた。あれから何度も戦いがあり、服も随分と汚れてしまった。――これからも大事に着ていくために、しっかり洗濯しよう、と畳む作業を再開した。



 畳んでまとめた洗濯物を、砦の裏側にまで持って行くと、石畳の上で大勢の女性兵士を中心に、騒々しい洗濯の大会が始まっていた。そこにはエリーナとニアの姿もあった。

「あら、ベルナデット様がいらっしゃったわね」

 エリーナがベルナデットの来訪に気が付いた。ニアも泡だらけの手を振った。

「私に様付けはいいですよ、ただの村人で、今は・・・一人の兵士です」

 ベルナデットは様付けをこそばゆく思い、エリーナにそう言った。

「まあ、聖剣に選ばれた方にそんな・・・ですが、シャルリーヌ様もニアさんも気軽に呼んでいらっしゃるのなら・・・私も“ベルさん”とお呼びしますね」

「はい、そっちの方が嬉しいです」

 ベルナデットは笑顔で答えると、周囲を見回す。皆それぞれ大きな桶で洗濯板を浸かって服を洗っている。村で見慣れた光景にほっとした。

「ベルさん、洗濯物はその木箱の中に入れておいて下さいね」

 エリーナは洗濯物を洗う手を止めずに言った。

「あ、いえ、自分の分は自分で洗おうと思って桶を探していたんです」

「ええっ!? 聖剣使い様にそんなことは・・・」

「今はただの村娘です。洗濯はいつもやっていて・・・久しぶりに洗いたいんです」

「・・・・・・そうですね、それで心が安らぐのなら・・・井戸の側に桶と板、それに石けんがあるので自由に使って下さい」

「分かりました、ありがとうございます」

 エリーナに礼を言うと、ベルナデットは井戸へ向かった。

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