死霊魔術師の名
各々が再会を果たし、夕食と休憩を取ったあと、リシャールの呼びかけで情報や状況の整理を行うための軍議を行うこととなった。軍議の間もかなり人数が増え、人で詰まっている。そんな中、ベルナデットは地図が広げられた円卓に席を用意して貰った。やはり自分がここにいるのは場違いという気持ちが今もあるが、それよりも軍議に集中しよう、と自分に言い聞かせるのであった。両隣はジョセフィーヌとガストンである。
「皆、戦いのあとで疲れているのにすまない。早めに現状を共有しておこうと思ってな」
兵士たちが揃ったところで、リシャールが話を始めた。
「まずは、シャルリーヌに続いて従姉のジョセフィーヌとも無事再会出来たこと、ローランを始めとする兵士の皆の助力のお陰だ、礼を言う。そして、ローランがこの度、王国騎士団団長の任に就くことになった。ローラン、皆に挨拶を」
「はっ」
リシャールに指名されたローランは、椅子から立ち上がる。
「この度、王子殿下直々に王国騎士団の団長の任を拝命した、元王国騎士団副団長のローランです。不束者ですが、よろしくお願いします」
ローランはそこで頭を下げる。皆は拍手をした。
「・・・では、次の話を進めよう。帝国の奇襲から約5日が経過した。大陸各国にも帝国が侵略したことが判明し、我が国もほぼ全土が占領された状態から少し前進した。王国南部は少しずつ取り戻せている。我が軍はこの調子で更に他の地域の解放を進めていきたい。その為にはもっと情報が必要である。そこで先程捕虜にした帝国兵を尋問し、いくつかの情報を得た。オリヴィエ、報告を」
「はい。冥府の門及び屍兵を造り出した者の正体を掴むことが出来ました」
オリヴィエの言葉に、その場はざわついた。
「・・・そのものは帝国の現皇帝グラディスⅡ世の愛妾にして死霊魔術師・ミゼリア。この女は殆ど表には出ないようですが、帝国のあちらこちらで噂になっているようです。皇帝の愛妾となるまでの経歴などは一切不明であり、そもそも“死霊魔術師”という存在は過去の歴史から現在においても稀な存在なため、帝国にも該当するのはそのミゼリアしかいないようです」
「そんな悍ましい存在が大勢いても困るのだがな・・・」
ベルナデットの隣にいたジョセフィーヌは、ぽつりと呟いた。
「・・・帝国軍の兵士から得られた情報は、これだけです」
オリヴィエはそこで一旦報告を終えた。
「だが、これでようやく具体的な、倒すべき敵の一人の情報を掴めた。今の我々には大きな一歩と言えるだろう。次に、ラウル、レザール砦の方は大丈夫なのか?」
「はい、合流が早いに超したことはない、と砦内で話し合い、完全に動ける者だけを連れて馳せ参じました。砦の守備も大丈夫です」
「よし、砦を二つも押さえれば、足場を少しは固められるだろう」
ラウルの報告を聞いたリシャールは、そこで一旦息をついた。
「王族であと合流出来ていないのはセルジュだけだな。私とローランも帝国の目をかいくぐりつつ方々へ行ったが・・・セルジュの情報は掴めずじまいだった。そちらも何も掴んではいないのだな?」
次に発言をしたのはジョセフィーヌであった。
「ああ、残念ながら。当時は王国全土が混乱していたから無理もないが・・・。そうだ、情報を得る上で少しローランたちとも話したのだが、味方がいる範囲が広がり、念話が出来る人間も限られているということで、この砦にいる“伝書ガラス”をこれからは連絡手段として使っていこうと思っている。もちろん、念話も併せて活用していきたい」
リシャールの話に出て来た“伝書ガラス”は、ベルナデットも何回か見たことがあった。“タビガラス”というカラスの一種の、長く飛行できる能力とずば抜けた記憶力を利用して、カラスに伝書を括り付けて飛ばす、という連絡手段である。
「伝書ガラスがいれば、情報収集も効率的になるだろう。・・・次に、我々の直近の目標についての確認だ。“冥府の門の破壊”、“セルジュとの合流”、これらは引き続き情報を集める他ない。そして現状最大とも言える奪還目標を、今ここで皆の意見を聴いて決めたいと思う」
リシャールはそこで皆の顔を見回した。
「南部以外の要衝と考えると・・・ペルコワーズかヴァリサントでしょうか」
ローランが都市の名を挙げた。“ペルコワーズ”という単語に、ベルナデットは内心反応してしまう。
「そうだな、他にも街や村はあるが、この砦から近い場所を考えるとその二つが候補になるだろう。ニア、ペルコワーズにいるアルベールに念話で連絡は取れるか?」
「いえ、レザール砦に着いて以降も何度も念話を試みましたが、一切通じませんでした。アルベール自身が念話も出来ない状況にあるのかどうかは不明です。それ故、ペルコワーズが現在どうなっているのかも分からないままです」
「・・・そうか」
ニアの報告を聞いたリシャールの声はやや沈んでいた。自分を逃がしてくれた従者のことはやはり心配なのだろう、とベルナデットはリシャールの心情を
「ペルコワーズ、ヴァリサント共に現状は不明であり、これから情報を集めていくしかないのは同じだな。些細なことでも意見を出してくれると助かる」
リシャールは気を取り直し、再度皆に尋ねた。
「では、僭越ながら私が意見を」
そう切り出したのはローランであった。
「私としては、優先的に奪還するのであれば、やはりヴァリサントだと思います。当然ペルコワーズも重要ではありますが・・・街の立地や規模を考えると、ヴァリサントが良いかと。ヴァリサントを解放したあとはそこを王国軍の拠点とし、兵士を増やして他の町や村を解放する足がかりとするのです」
「確かにヴァリサントは“城塞都市”・・・王国軍の拠点としてはもってこいだが・・・ガストンはどう思う?」
リシャールはガストンにも意見を求めた。
「私もヴァリサントを拠点とすることに異議はありません。むしろヴァリサントの民も解放を待ち望んでいるはずです」
「分かった。ペルコワーズとヴァリサント・・・他の候補地がなければ、俺としてもこの二つはどちらも当然解放するとして、先に押さえるのならばヴァリサントであると思う。・・・他に案はあるだろうか?」
リシャールは改めて訊いてみるが、特に発言する者は出てこない。
「では、直近の最大の目標はヴァリサントの奪還と王国軍の拠点構築だな。異議がある者は手を挙げてくれ」
リシャールが確認すると、誰も手を挙げなかった。
「それでは、ヴァリサントの奪還を最大の目標とし、冥府の門の破壊と情報収集に加え、味方との合流を並行して進めていくこととしよう」
「はい!」
皆は各々返事をし、リシャールは頷いた。
「それでは最後に・・・最近は移動と戦い続きで皆疲れているだろう。次に進むことも大事だが、同じくらい休むことも大事であると俺は思っている。なので、明日一日は休養の日に
リシャールの頼みに皆は再び返事をする。そこで軍議は一旦終了した。
◇
――ヴァレリア宮殿の一室、ミゼリアのために特別に誂えた紫と黒に統一された寝室で、ミゼリア自身は眠りの前の一杯を堪能していた。銀の杯を傾け、あおったワインが喉を通り過ぎたとき、ミゼリアは自分の名を口にする兵士の声を確かに聞いた。
「おやおや・・・お仕置きが必要なコがいるようだねえ」
ミゼリアはくつくつと笑うと、また杯を傾けた。
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