初陣ーレザール砦の戦いー④
レザール砦には敵味方問わず負傷した者たちが続々と運ばれる。帝国兵は傷の処置を施したあと、捕虜として牢に入れて色々と尋問するのだ、とベルナデットはニアに教えられた。既に日は沈み、砦のあちこちに明かりが灯される。ベルナデットは邪魔にならない場所に、木箱の上に座って休んでいた。これも聖剣の力なのか、戦いを終えて一周回って逆に元気になったのか、あまり疲れを感じていない。取り敢えず、肩当とマントを外して少し身軽になる。自分も何か手伝った方が良いだろうか、と思い始めたそのとき、
「ベルナデット!!」
リシャールが笑顔で駆け寄って来た。ベルナデットも立ち上がる。
「無事で良かった…傍にいて守ると言ったのに、結局一人で戦わせてしまったな…すまない」
「ううん。リシャールは軍を引っ張っていく立場なんだから仕方ないよ。それよりも、勝てて良かった…」
「ああ、今回の勝利はベルナデットの手柄も同然だ」
「私の? どうして?」
「帝国軍は屍兵に重きを置いているようでな。不死の兵士がいれば押し通れると考えていたのだろう。だが、聖剣の力で屍兵が倒せると分かった以上、奴らの切り札は一つ無くなったということだ」
「なるほど…でもあれは私じゃなくて、聖剣のお陰なの。聖剣の力で、私は戦うことが出来たから」
「どういうことだ?」
ベルナデットはそこで、聖剣が上手く戦えるように、自分の身体を動かしたことを説明した。
「聖剣にはそんな力まであったのか…! でも、それなら戦いの経験が全くなくても大丈夫ということだな。だが、今回の戦いでベルナデットと聖剣のことも相手に知れ渡っただろう。今後はベルナデットを狙いに来るかもしれない…。よし、次回以降の戦いでは、ベルナデットに護衛を必ず付けよう」
「お、大袈裟だよ…」
「いいや。奴らにとって屍兵が要であったように、こちらはベルナデットが要なんだ。聖剣の力があるとはいえ、それも万能ではないはずだ。護衛は必ず付ける」
リシャールの言葉を受けて、ベルナデットはやっと“聖剣の使い手に選ばれる”ことは重大な責任が伴うという実感が湧いて来た。鎧寄りも重いものが全身にのしかかって来るような気持ちになった。それが表情に出ていたのか、リシャールは心配そうな表情になる。
「すまない、追い詰めるようなことを言ってしまったな。もし不安なことがあれば気にせず気軽に話して欲しい。オレにでも、ニアやガストン、オリヴィエにでもな」
「うん、ありがとう。私は大丈夫」
「そうか…それなら良いんだが…」
「殿下! 少々よろしいですか?」
リシャールを呼ぶガストの声が聞こえて来た。リシャールは改めてベルナデットに労いの言葉を掛けたあと、ガストンの元へ行った。残されたベルナデットはまた疲れを感じ、木箱にもう一度座って何とか落ち着こうと目を閉じた。
■
少し落ち着いたところで、ベルナデットは今度こそ何か手伝おうと砦内を歩いてみることにする。すると、
「ベルちゃん! ちょうど良いところに! そろそろ食事の時間だから呼びに来たのよ-」
ニアが正面からやって来ると、そう教えてくれた。今日は軽めの朝食しか摂っていないことに気付き、ベルナデットは空腹を覚えた。
「私もお腹が空いて来た頃だったので、助かります」
「そうよね、ベルちゃんは初めて鎧を着て動いた上に、戦ったんだから当然よね。じゃあ、食堂まで一緒に行きましょうか」
「はい!」
ベルナデットはニアと共に食堂へ向かった。
「わあ…!」
ベルナデットは食堂に足を踏み入れた瞬間、思わず小さく歓声を上げてしまった。――橙色の明かりに満ちた食堂は、美味しい香りが漂い、テーブルに着いて一心不乱に食べる者、仲間と歓談する者など、各々食事を楽しんでいた。皆ボロボロで、汚れが付いていたり軽い怪我をしていたりしたが、それよりも食べることに夢中になっているようである。
「もう香りから既に美味しそう! 早く貰いに行きましょう!」
「そうですね!」
ベルナデットはニアと共にいそいそと給仕されている場所へ向かった。木のトレイに野菜のスープ、パン、塩漬けの肉とジュールアップル、澄んだ水が入ったカップが載せられる。特にスープの香りがベルナデットの食欲をそそった。
空いている席にニアと向かい合うようにベルナデットは座る。いつものように心の中で神々に感謝をしたあとに、スープを一口に運んだ。
「…おいしい…!」
ベルナデットは感想が口から漏れ出てしまった。スープの温かさが全身に染み渡る。――思い返せば村から脱出して、この砦に辿り着くまでにまともな食事が摂れていなかった。ゆっくり食べるべきなのだろうが、食事を次から次へと運ぶ手が止まらない。周りの兵士たちが夢中になっている理由が分かった。
「砦の食糧や日用品にはまだ余裕がありそうね」
食事を食べ終わった頃に、ニアが口を開いた。
「あとどれくらい余裕があるんでしょうか?」
「耳に入れたところだと、あと5日ほどらしいわよ」
「5日…」
まだ猶予はあるものの、かといって悠長に構えてはいられない日数である。
「ここから私たちは帝国へ反撃を開始しつつ、各地を解放して兵士たちに必要な軍備を増やしていく必要があるわ。具体的な動きはこれから1時間後に行われる軍議で話し合われるでしょうね。そうそう、ベルちゃんにも参加して欲しいって殿下に言付けられたんだった!」
「私も軍議? に参加するんですか?」
「ええ。これからはベルちゃんの動きが鍵になるからねえ」
ニアにもそう言われ、ベルナデットはまた緊張してしまう。だが、すぐに後ろ向きに考えるのを辞めようと肝に銘じる。自分がしっかりしなければ、後を託してくれたジャンヌにも申し訳ないのだ。それに、自分には頼れる仲間がいることも思い出した。
「分かりました。文字はあまり読めませんけど、皆さんの話を聞いていれば何とかなりますよね?」
ベルナデットの言葉を聞いたニアははっとした表情になる。
「そうか、ベルちゃんは文字の読み書きが出来ないのね。その配慮は忘れていたわ…」
「あ…いえ、気にしないで下さい! あっ、でも私、自分の名前だけは何とか読み書き出来るようになったんですよ!」
「まあ、凄いじゃない! どうやって習ったの?」
「ジャンヌさんが教えてくれたんです」
「…えっ!?」
驚くニアに、ベルナデットはジャンヌに怪我の手当てをした礼として、文字の読み書きを教わっていたことを説明した。
「す、凄いことをさらっと言われたわね…そうか、でも、文字の読み書きが出来るように頑張っていたのね。偉いわ! …ねえ、ジャンヌ様の後を継ぐ、っていう大それたことは言えないけれど、私がベルちゃんの先生役になっても良いかしら?」
「えっ!? 良いんですか?」
「ええ、勿論よ。これから戦いが増えて勉強する時間は中々取れないかもしれないけれど、本を読みたいっていうベルちゃんの夢は応援したいもの!」
「それじゃあ、お言葉に甘えて…よろしくお願いします!」
「ふふ、こちらこそ」
思わぬところで文字の教師に出会えたことに、ベルナデットは心の中で感謝した。
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