初陣―レザール砦の戦いー②

  街道をしばらく歩き、一旦街道の脇で休憩を入れる。ここまで来るとやっと少しだけベルナデットも鎧の重さに慣れてきていた。

「はい、どうぞ」

 ニアは木で出来た水筒を、座り込んでいるベルナデットに差し出した。

「ありがとうございます。この水はどこから?」

 水筒を受け取りながらベルナデットはニアに尋ねた。

「水魔法を応用して、水筒に入るように水を溜めたの」

「そんなことも出来るんですね!? 凄いなあ…」

 ベルナデットは水筒をあおる。村で飲んでいた水よりも美味しいことに驚いた。

「おいしいです! ニアさんがいなかったら、お水も飲めなかったかもしれませんね…」

「ふふん、そうでしょう? これでも宮廷魔術師だからね!」

 ニアは自慢気に言い切った。

「宮廷魔術師って、やっぱり中々なれないものなんですか?」

「それはそうよ! だって国で一番の魔術師にならないといけないんだもの。…宮廷魔術師っていうのは、ほぼ貴族の家から選出されているの。貴族の家系の中でも優秀な魔術師を宮廷魔術師に推薦して、一応試験をして宮廷魔術師に、っていうコースよ。もちろん、実力者揃いであることは確か。でもね、貴族の出身っていうことがもはや前提となっていてね…」

 ニアはそこで遠い目をした。ベルナデットはそんなニアの様子が気になる。

「ニアさんは…貴族の方じゃないんですか?」

「ええ。私は王都の商家の娘でね。魔法よりも商いの方を教えられたぐらいよ。…でも私は魔法の勉強の方が楽しくて好きだったの。それで“どうせ魔術師になるんだったら、国で一番の魔術師になろう”って決めて、反対する両親をずっと説得し続けて、なんとか試験に合格して宮廷魔術師になれたわ」

 ニアの話を聞いたあと、ベルナデットは自然と拍手をしていた。ニアは笑顔になる。

「凄いです! 自分でしっかり目標を決めて、それを成し遂げちゃうなんて!」

「ありがとう。…でもやっぱり貴族出身でないってことから、一部の先輩や同僚たちからは冷たい目で見られてて、地味な嫌がらせも何度か受けたわ。…でもその度に仲良くしてくれる同僚たちが支えになってくれて…。昨日名前が出たアルベールも仲の良い同僚の一人なの。無事でいてくれると良いんだけど…」

「そう、ですね…」

 ニアの物悲しげな様子に、ベルナデットは何も言えなくなってしまった。すると、ニアの表情が一変し、目を閉じる。一体何事かと、ベルナデットは固唾を呑んだ。――しばらくして、ニアは目を開き、立ち上がった。

「どうしたんですか?」

「今、念話が頭の中に入って来たの。…殿下!」

 ニアは慌ててリシャールの方に駆け出した。ベルナデットもそれについて行く。

「ただ今、レザール砦から念話が来ました」

「何だと!? それで、どんな内容だった!?」

「現在帝国軍に包囲され、砦に籠城していると…! その包囲網の中に、屍兵らしき姿もあるとのこと!」

「分かった、直ちに向かおう。…ベルナデット、大丈夫か?」

「はい!」

 リシャールに問われたベルナデットは、緊張しながらもなんとか返事をした。一行は、すぐに街道に戻り、砦へと急いだ。


                   ■


「何なんだ、あの化け物たちは!」

 騎士の一人が忌々しそうに吐き捨てた。一方、別の騎士は投石用の窓からレザール砦の外を見る。帝国の金の竜と、赤と黒の軍旗がたなびき、兵士たちの中にふらふらと足下が覚束ない者がいた。その兵士が特に厄介であり、倒しても倒しても立ち上がってくる。最初は拮抗していたが、徐々にリュヴェレット王国側が、屍兵の再生力によって押されていき、籠城する形となってしまった。

「今、外部の味方と連絡が取れた!」

 士気が下がりつつある騎士や魔術師たちの重い空気を吹き飛ばすように、一人の騎士の男が皆にそう告げた。――その男は少し長い、青みの強い紺色の髪を後ろで結んだ、紫色の瞳の、まだ少し幼さを残した顔立ちをしていた。男の名はラウル・レオミュール。帝国侵攻前からこの砦の騎士や魔術師――総じて兵士たちの頭であった。兵士たちは皆、顔を上げてラウルを見た。

「しかも、来て下さるのはリシャール王子殿下だ!」

 ラウルが朗報を口にした瞬間、兵士たちは歓声を上げた。だが、その中に一人、まだ不安そうな表情の騎士がいることにラウル気が付き、その騎士の前まで行く。

「どうした、援軍が来るのに浮かない顔だな」

「あ! いえ、その…武芸にも優れた殿下がいらっしゃるのは大変心強いのですが…あの倒してもすぐに蘇る兵士たちは何とかなるのでしょうか?」

 騎士の言葉に、ラウルは口角を上げた。

「安心しろ、殿下はあの不死の兵士…通称・屍兵への対抗策もあるとのことだ! 殿下と味方が到着次第、こちらも再び動く。皆、諦めるな!」

 ラウルの檄に、再びその場は歓声に満ちたのであった。

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