リュヴェレット王国の戦士たち④

 廃神殿の中はシンプルに祭壇と柱、石壁だけがある空間であり、全てどこかしら欠けたり崩れていたりした。床に最低限の蝋燭の明かりだけが置いてあり、足下が多少見えやすい状態になっていた。

「ここは…何の神を祀っていたんだ?」

 リシャールは祭壇を見ながら、誰にともなく尋ねてみた。

「これは…信仰が廃れて長そうですね…ということは、創世神の“アリ=オ=ヘレンネス”の祭壇ではないでしょうか? 大陸の中でも我が国は特にジャンヌ様の活躍もあって、三女神への信仰心の方が特に厚いので」

 ニアがリシャールの質問にそう答えた。祭壇にある神像は、顔も姿も殆ど分からない。――信仰を失うと、こんなにも朽ちて忘れられていくのか、とベルナデットは悲しくなってしまった。

「それでは、皆が見てきたことやこれからのことを話そう」

 リシャールは皆に呼びかけ、各々蝋燭を囲むように床に座った。

「三人はヴァリサントから撤退したと行っていたな。ヴァリサントはどのような状況だったんだ?」

 リシャールが話の口火を切った。すると、三人の顔付きは険しいものになる。

「ヴァリサントでの戦いは…ほぼ帝国側の一方的な蹂躙でした。奴らは“瘴気”を纏ってヴァリサントにやって来たのです」

「瘴気だと?」

 ガストンの口から出た単語を、リシャールは思わず繰り返した。

「はい、ヴァリサントはあっという間に瘴気に覆われ…騎士も住人も次々と体調を崩し、その場から動けなくなりました。我々はニアの結界魔法で瘴気を少ししか吸わずに済みましたが…。ですが、奴らは瘴気よりももっと悍しいものを引き連れていました。…死体のまま動く兵士です」

 ガストンは苦虫を噛み潰したような表情になった。

「死体のまま?…まさか…前に本で読んだことがある。死霊魔術の一種で、死体に別の魂を入れ、それを意のままに操る禁術だと」

 リシャールが死霊魔術について話すと、ニアが頷いた。

「恐らく、帝国も死霊魔術を…それも大規模のものを使用してヴァリサントを襲撃したんです。転送魔法といい、帝国にはかなりの手練れの魔術師がいることは確かです。そして私たちは、この死体の兵士を屍の兵士…“屍兵しへい”と名付けました。屍兵を造り出すためには、“冥府の門”という、冥界から死体に入れる魂を呼び出す必要があるのですが…その祭壇には大量の人間の血と骨を用意する必要があるのです…」

「まさか、その祭壇の犠牲者になった人が多くいるということか!?」

 リシャールは驚きの声を上げ、ニアは黙って首肯した。帝国はこの国に侵攻する前から、多くの人々を殺してきた――その事実にベルナデットも身震いした。

「…帝国はかなり狂っているようだな」

「はい…それに加えて、恐らく瘴気も冥府の門から発生しています。屍兵も、既に死んでいる者を動かしているので、死という概念がなく、何度倒そうとしてもすぐにまた蘇ってしまうのです」

 ニアの言葉にリシャールは額に手を当てた。

「それならば、何も成す術もなく撤退するのも致し方ない…。住民の安否も気になるな。…ガストン、大丈夫か?」

「はっ、大丈夫です。お心遣い感謝いたします」

 リシャールはガストンに尋ねると、ガストンは先程と変わらぬ調子で答えた。どうしてガストンだけに? とベルナデットが思っていることをリシャールは表情から読み取る。

「ヴァリサントはガストンの家の領地なんだ。ガストンの先祖は三十年戦争で活躍した“七名将”と呼ばれる騎士の一人なんだ。ルエル家はその活躍の褒賞として与えられた領地がヴァリサントだ」

「そうなんだ…確かに、自分の家なら不安で、心配ですよね…」

「お気遣いありがとうございます。ですが、ベルナデット殿も故郷を失われてお辛い立場のはず。とにかく今は各地の民が無事であることを祈りつつ、今後どう動くのかを考えていきましょう」

「そう、ですね……」

 逆にガストンに気遣われてしまった、とベルナデットは申し訳なく思いつつ、ガストンの意見に賛成した。

「これから各地でバラバラになった味方を集めることは必須であるとして、問題は屍兵と瘴気、そして冥府の門だ。これに打つ手はあるのか?」

 リシャールの問いかけに対して、誰もすぐに答えられない。

「結界魔法を展開し瘴気を防ぐ方法はありますが、まず魔術師の人数が圧倒的に足りません。それに、屍兵に関しては全く有効な手立てが見つかりませんし…」

 ニアが魔術師視点での現状を語った。

「せめて瘴気だけでも浄化できればいいのですが…」

 オリヴィエも続いて発言した。“浄化”という単語でベルナデットはあることを思い出す。

「そういえば…セラディアーナ様は『この聖剣には浄化の力がある』と言っていたんです。もしかしたら、瘴気を浄化できて、屍兵にも対抗出来るかもしれません…!」

 ベルナデットの発言に、皆は目を大きく見開く。

「聖剣の力…確かに先程聞いたときに、そんな力があることを私も今思い出しました。ですが、それが有効な手段だとすれば、ベルナデット殿の負担が大きくなりませんか?」

 オリヴィエの言葉に、ベルナデットとリシャール以外の人間は頷いた。

「でも、聖剣があれば屍兵も瘴気も何とか出来るんですよね? 確かに私は皆さんのように戦えませんし、足手まといかもしれません…。でも、私が今、このときに聖剣の使い手に選ばれたのは、この苦しい状況を解決するためだと思うんです。私…精一杯頑張ります!」

 ベルナデットは皆に向かって宣言した。すると、隣に座っていたリシャールは頷く。

「ベルナデットの口から戦う意志を聞けてよかった。だが、戦いに不慣れなベルナデットの負担が大きいのも確かだ。だから、ここに来る途中にも言った通り、俺がベルナデットを護ってみせる。お前達も、すぐにベルナデットを援護できるようにしてくれ」

「はっ!!」

 リシャールの頼みとも命令とも取れる言葉に、三人は応えた。

「また色々とご迷惑をお掛けするかもしれませんが…よろしくお願いします」

 ベルナデットも改めて三人に世話になることを頼んだ。

「屍兵や瘴気もそうですが、それらを生み出す冥府の門も聖剣で閉ざすことが出来るかもしれません。ベルちゃんも大忙しね」

「急に馴れ馴れしくなったな…」

 ニアの“ベルちゃん”呼びに、オリヴィエは苦笑する。

「だって、とってもいじらしくて可愛いんだもの。つい甘やかしたくなっちゃうのよねえ…ってごめんなさい。やっぱり馴れ馴れしかったかしら?」

「いえ! 友達や村の人たちからも“ベル”と呼ばれていましたし、王子様と違って私はただの村人なのでもっと気易く話してください!」

 ベルナデットがそう言うと、ニアも嬉しそうに笑い「良かった!」と話した。



「次は味方集めの方だな。何か味方に関する情報は掴んでいるか?」

 リシャールは次の議題に話を移した。

「申し訳ありません、我々も撤退するのに精一杯で…何も分からぬ状態です…」

 ガストンがすまなそうに言った。

「私も念話を試みましたが…最初の一回以外は誰とも繋がれませんでした」

「アルベールとも無理だったか?」

「はい…残念ながら」

「そうか…」

 リシャールの口から出た“アルベール”という人物は、以前一度だけリシャールと出会ったときに一緒にいた男性だろうか、とベルナデットは思い出す。記憶に引きずられるかのようにペルコワーズにいるトワネッタの安否も気になって来た。今は皆不安なのだ、と無理矢理トワネッタのことは、今は忘れることにした。

「今一番ここから近い場所で味方がいると考えられるのは…レザール砦でしょうか」

「実は俺もそう考えていて、街道を南に歩いていたんだ。その途中でお前達に出会えたという訳だ」

「左様でしたか。では、手近な目標は…」

「ああ、レザール砦だな」

 オリヴィエとリシャールは次の目的地を擦り合わせる。

「皆もそれで良いか?」

 リシャールが尋ねると、皆了承の返事をした。



 情報の確認と当面の目標が固まったところで、今夜は休むことになった。蝋燭の減り具合で一人ずつ見張りをすることになり、あとは雑魚寝をすることにした。最初はガストンが見張りを務めることになり、見張りと餌やりも申し出たので、ベルナデットはニア達が持っていた布で気持ちだけの枕を作り、眠ることにした。最初は慣れない場所で眠れるだろうか、とベルナデットは懸念していたが、色々あった疲れがどっと押し寄せたのか、目を瞑ってから数分足らずに眠ってしまった。


***


 ――昼間の穏やかな時間、ベルナデットは自分が、今となっては懐かしい場所に立っていることに気付いた。故郷のシェース村である。雲一つなくよく晴れた空の下、村の様子はいつもと変わらない。ただ、酷く静かなのである。人の声も、羊や鶏などの動物の声も、風と葉擦れの音すらも聞こえない。

 ベルナデットはまず、自分の家に行ってみる。ここには両親が亡くなってから一人で暮らしてきたので、誰もいないことは分かっていた。棚の食器や食料、家具の位置も以前と寸分と変わらない。かえって不気味さを感じつつ、隣の羊飼いの夫婦の家へ行ってみることにする。家の裏手の小屋と広場にも、羊は一匹もいない。ベルナデットは表に回って入り口のドアをノックする。

「おじさん? おばさん?」

 少し声を張って呼び掛けてみたが、全く返事がなかった。家の鍵は開いていたので、思い切ってドアを開けた。中に家具などはあるが、人だけがいない。羊飼いの夫婦の家を出て、隣の、そのまた隣の家も見てみるが、誰一人としていない。いよいよ気味の悪さが極まって、ベルナデットは堪らず駆け出した。

 がむしゃらに走って辿り着いたのは、村の広場である。当然そこにも誰もいないと思っていた。しかしそこで、広場の中央が突然光り出し、ベルナデットは眩しさに目を瞑る。銀色の輝きが収まり目を開けると、そこにいたのは一人の少女―女神・セラディアーナであった。

「どうして女神様がここに…?」

『ほんのちょっとした気まぐれよ。…あなたの夢は、寂しいのね』

「夢…? そうか、これ、夢なんだ…」

 ベルナデットはようやくこれが夢であると自覚し、何もない村にもほっとした。

『せっかくまた会えたのだから、私に訊きたいことが色々あるのでは?』

 セラディアーナは無表情のまま、淡々とそう言ってきた。そう言われると、ベルナデットも急に聞きたいことが沢山頭の中に出てくる。色々とあるが、今一番訊きたいことを選んだ。

「あの…これから私は戦いに出なければいけないんです。でも、戦ったこともないのに皆さんの前で無理に『戦う』って言い切っちゃって…でも、本当はとっても怖いんです。どうすれば良いですか…?」

 ベルナデットは縋るように尋ねると、セラディアーナはじっとベルナデットの目を見つめ、一旦間を置いてから口を開く。

『あなたは間違いなく聖剣に選ばれた人間。聖剣の力を信じて、身も心も聖剣に委ねれば大丈夫。…武運を祈るわ』

 セラディアーナはそう答えたあとに、光の粒子となって消えた。

「待って! まだ訊きたいことが…」

 ベルナデットはセラディアーナを呼び止めようとしたが、一足遅かった。――


***


「ベルナデット殿、交代の時間ですよ」

 オリヴィエの声で、ベルナデットは目が覚めた。ゆっくりと身体を起こして目だけを動かして周囲を見ると、まだ夜は続いていた。

「よく眠れましたか?」

「あ、はい。お陰様で…」

「それならば良かった。蝋燭に印が付いているので、そこまで溶けたら今度はニアを起こして下さい。入り口にいて、外の様子を見ているだけで大丈夫です。何かあれば、誰でも良いから起こして下さいね。あと、寒いので温かい格好をすると良いですよ」

「分かりました。お疲れ様でした」

 オリヴィエは小さく優しい声色で説明してくれた。ベルナデットは聖剣を持って立ち上がり、入り口にある階段に座った。後ろを振り返ると、寝る準備を始めたオリヴィエと、寝息を立てている仲間たちがいる。――この人たちも、これから出会う人たちも、この聖剣で護っていけるのだろうか――ベルナデットはそんなことを考えつつ、また外の様子に目を向ける。夜はまだ明けそうになかった。



                          ―第二部 第一章 終―

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