復元戦艦やまと

広瀬妟子

プロローグ

 今から八十年前、一つの戦争があった。


 太平洋の広い海を挟んで、二つの国がぶつかり合った争いの中で、一隻のふねが沈んだ。その艦は東の海を我が物にせんとしていた国が、あらゆる敵を打ち砕くために造り上げたものだった。


 しかし、その国は時代が変わりつつあることを十分に理解していなかった。その艦は長い死闘の果てに、南の海の中に散っていった。


 それから長い時が流れ、海の戦い方は大きく変わった。長大な巨砲と重厚な装甲は廃れ、高性能な誘導兵器と電子兵装の運用能力が求められた。


 その様な現実的な軍艦が主流となった現代でも、その艦はかつての海戦の主役たることを望まれた浪漫の象徴として、多くの人々に愛された。


 その名を、戦艦大和という。


・・・


 目覚まし時計のアラームが響く中、竹達大輔たけたつ だいすけはバネが跳ねる様に上半身を起こし、ベッドから起きる。ベッドから出て着替え、彼は自室から出て通路を駆け始めた。


「おはようございます、竹達一尉」


「おはようございます」


 通路を走る中、竹達は向かい側より来てすれ違う同僚たちと声を交わす。そうして通路を抜けて急勾配の階段を上がり、目前の分厚い扉を抜けて外に出る。


 朝日が薄暗さの残る空を照らし始める中、彼は塗料で覆われた甲板を走り、全身で潮風を浴びる。そして彼は、天高く聳え立つ構造物を見上げつつ、前へ前へと走る。


 するとその先で、起倒式の柵に手を掛け、長い髪をたなびかせながら大海原を眺める少女を見かけた。竹達は彼女へ声を掛ける。


「少佐、おはようございます」


「…あら、タケタツ大尉。おはようございます」


 頭上に赤い円環を浮かべ、赤みがかった白い長髪をポニーテールにまとめているのが印象的な少女は顔を向け、挨拶を返す。竹達はそこでランニングを止め、話しかける。


「…大分、慣れて来ましたか?」


「ええ、お陰様で。私と致しましては、このままずっと、平和にこの海を往く事が出来ればいいと思います」


「…それは、本官も同様です。恥ずかしながら、本官は海に出たいがために自衛隊に入った、変わり者なのです。国を守りたいからではなく、ただ単純に、この海を渡るためだけに、船乗りを目指したのです」


「…羨ましい限りですね。何の深い目的もなく、ただ海を往くことだけを求める…この私には到底出来ない事ですから」


 少女はそう呟きながら、再び海の方角へ目を向ける。竹達はそんな彼女の姿を見つめつつ、なだらかな坂に向けて再び走り出した。


 海上自衛隊大型護衛艦「やまと」。それが今彼らのいる艦の名前であった。

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