第五話 〝骨抜き〟の麗人、〝骨砕き〟の豪傑と出会うの事

 そこから先は、一方的な蹂躙、の一言であった。

 一人の大男に群がる、無数の賊徒。


 だが、蹂躙されるのは一人の方――

 即ち、たった一人の大男が、数え切れぬ悪漢を一方的に倒しているのだ。


 しかも楊と同じく、で。


 腕を振り上げれば風を薙ぐ怪音、振り下ろせば地を轟かせる破砕音。

 その武威ぶいを天すらも恐れているのか、地上の惨々たる光景を隠すかのように、分厚い雲が月光を遮る。


 息切れ一つせず賊徒達を棒切れのように弾き飛ばす豪腕の大男に、それを見つめていた楊がごくりと唾を呑む。


(強い……これほどの猛者、かつて出会ったことがありません。しかも、倒された賊徒の、この有様……)


『くっ、確かに受け止めたはずなのに……腕が砕かれてございます……!♥』

『防御など意味もなさぬ豪腕、おのれ……おのれ、と嘆き申さば♥』

『せ、せめて……此方こちらの御麗人に、骨抜きにされとうございました……ガクッ♥』


(……武術の切れ味も然ることながら、あの異様なまでの膂力りょりょく怪力乱神かいりきらんしんとは、正にこのこと。私のような技で〝骨を抜く〟ではなく、力にて〝骨を砕く〟とは……私よりも、強い……?)


〝骨抜き〟の絶技を会得し、中華の大地に飛び出してから、初めて出会った強者――それが今まさに、数多に群れを成していた賊徒を、蹴散らし終えて。


 初めから何もなかったかの如き静けさの中、大男は楊へ向けて一歩を踏み出した。


「………さて」


「…………!」


 無造作に歩み寄る大男に、楊は思わず警戒を強める。それも当然、寺院を旅立ってから今日まで、行く先々で賊徒に襲われ悪党と遭遇し、〝乱世、かくありき〟と実感させられてきたのである。


 そして今、対峙する大男とて――楊は、思わず身構えた、のだが。


「―――御麗人、今の中華は乱世、斯様かような一人旅など危険にござる。今後は控えられるよう。至らぬ口出し、御免。では、これにて失礼」


「! ……えっ……あ、あの……それだけ、ですか? 美貌が何たらとのたまって襲い掛かってきたり、何をか奪わんとしたり、とか……」


「ム。……どうやら御苦労の多いご様子、確かにその風貌を思えば、仕方なき事やもしれぬが……されど心配めさるな。未熟とはいえ拙者も、武を究めんと求むる者。欲に流され邪道に逸れるなど、あり申さぬ。……否、そもそも」


 その時、天に立ち込めていた暗雲が、ふわりと晴れて。

 精悍なる顔を月光に照らしながら――見惚れるような偉丈夫が、堂々と言った。



「今が乱世とはいえ、他者から奪い益と成すような性悪せいあくすものにあらず。武の如何など関係なく、人として当然の道理でござる」


「――――――!!」



 偉丈夫の、明朗たる言葉を聞いて。

 楊は、ずしゃ、と両膝をその場に突いて――両手を合わせる礼を取りつつ、感極まった声を発した。



「ようやく……ようやく、出会えました……ようやく、貴方のような……!」


「フ……何を大げさな……」



 何やら照れ臭そうにする偉丈夫へと。

 楊は、その大きく円らな眼から、大粒の涙を流し――恭しく述べる。



「普通の……御人に……!!」


「よもや馬鹿にされておる?」



 偉丈夫は不如意ふにょいそうだが、これまでの楊が出会ってきた賊徒らの事を思えば、この反応も無理からぬこと。むしろ最大限の賛辞と言えよう。


 果たして、旅に出てからようやく、運命の如き邂逅を交わし。

 楊は凛と響く美声で、精悍なる偉丈夫へと懇願した。


「武人殿! 人の心すら乱れし今の世に、貴方のような御仁と出会えたのは、まさに僥倖! どうかこの先、ご同道は叶いませぬか!?」


「ム? ウーム、しかし拙者は修行中の身で……いや確かに、のような御麗人を野に放っておくのも、いささか心苦しいか……だが、拙者のような無骨者が一緒でよろしいのか? それこそ、信用なさるのは不用心とも……」


「ご心配なく、私も武を修むる者なれば、武人殿に邪心なきことは、先ほどの戦ぶりを見れば理解できます! そも、私とて〝骨抜き〟の技を習得せし者、いざとなれば自分の身は守れます! ですからどうか、武人殿!」


「ハハハ、それは怖い、が頼もしい。〝骨抜き〟とは、そういえばたこの如きになった賊徒がいたような。ならば御身を自ら守るため、修められた技術か……ウム、それほどの苦難を思えば、何やら感極まり、涙腺が緩くなり申す。……さてしかし、旅の連れが武人殿呼ばわりでは、いささか居心地が悪い」


 何となく楊の性別に誤解というか、すれ違いがあるようにも思えるが。

 さて、運命の如くに出会いを果たした二人の内。


〝骨砕き〟の豪傑が、楊へと名乗る。



「拙者の名は、李――〝李承宏〟と申す。御麗人殿、どれほどの付き合いとなるかは定かでないが、拙者で良ければ旅のともとなりましょう」


「李承宏……李殿! ありがとうございます! 私は――」



 この乱世において、清き心を持つ武人にして、旅の連れとなる偉丈夫へと。

 楊もまた、返礼の如くに名乗るのは―――

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