第37話 乾坤一擲
私がお母さんの病室に入った時、お母さんは口にチューブを入れられており、意識も無い様に見えた。突然部屋に飛び込んできた私に医師も看護師たちも大層驚いた様だが、そりゃそうだ。その時、私はパンツ一丁だったのだから……。
「君、その恰好はどうしたんだい!? いや、それはともかくお姉さんは? お母さん……血圧も下がって来ちゃっていて、あと数時間が峠なんだ。とにかくそばにいてあげなさい」医師は動揺しながらも今の状況を正しく伝えてくれた。
くそっ、間に合うのか。でも……もう迷わない。邪念は捨てろ! ただただお母さんの体内の毒素を取り払う事だけに集中しろ!!
幸い、周りの人達も私にどう対処していいのか分からずフリーズしているので、遠慮なく詠唱に入らさせて貰った。
「清らかなる水と風の精霊の
みるみるうちに私の身体全体が強い光を帯び、その光の固まりが球体を成して部屋中に広がって行く。そしてそれはお母さんの全身も包みこんだ。
その後……いや実際には一分程だろうか。強い光で視界を奪われた部屋の中の人達が、視力を回復してざわめきだした。
「何なんだ。今の光は……」医師も看護師も呆然としている。そして全てのマナと精神力を燃やしつくした私は、その場にバッタリと倒れこんだ。
◇◇◇
……気が付いたらベッドの上だった。あの後、多分ぶっ倒れたんだよな私。ここは病院の中か? ゆっくり回りを見渡すと、姉のみのりちゃんと目があった。
「あっ、お姉ちゃん」
「お姉ちゃんじゃない! あんた一体何してんのよ。病院の中、散々引っ掻き回して迷惑かけて……挙句の果てに、またてんかん起こして気絶とか。心配する私の身にもなりなさいよね!」どうやら私は二時間ほどぶっ倒れていた様だ。
「ごめん……それで、お母さんはっ!?」
「うん。大丈夫よ。峠は越えたってさっき先生が……」
「ああっ、よかった! 本当に良かった……」マナが足りるのか不安だったけど、とりあえず今回の危機は乗り越えられたんだ。そう思ったら何か熱いものがこみ上げてきて、私の両の眼からポロポロと涙があふれだした。
「泣くな。でも看護師さんから聞いたよ。あんたがお母さんの病室にパンツ一丁で飛び込んで来て、変な呪文を唱えたらいきなり部屋中が明るくなったって。その後、お母さんの血圧も呼吸もだんだん安定したんだってさ。あんた……何か魔法でも使ったの?」
「いやいやそんな訳ないでしょ。倒れたのは、多分てんかんの発作。あっ、それでミュウさんと若葉ちゃんは?」
「こんな時間だし、もう帰って貰ったわよ。まったく……若葉ちゃんだけならともかく、ミュウまでいっしょに霊安室で3Pとか、訳わかんないわよ。まあ、あんたがてんかん起こしそうになったんで、ケアしてたって事で、あそこにいた看護師さんにはなんとか納得してもらったけどね」
はは……あの二人にはちゃんと謝ってお礼を言わないとな。
「だけどあきひろ。後日、ちゃんと三人とも尋問するから、覚悟しておきなさい!」
はてさて困ったな。みのりちゃんかなり怒ってるよな。でも後悔はしていない。お母さんの為に何でもするって決めてたんだから。
◇◇◇
次の日曜日の午後、姉のみのりちゃんは、ミュウちゃんと若葉ちゃんを我が家に呼びだした。要件は当然、この間の霊安室での3P事件の尋問となる。お母さんはその後、お陰様で容態も安定しており、予定通り抗がん剤療法を進めている様で安心したのだが、我が家の居間に、私とミュウちゃん、若葉ちゃんの三人が正座させられている。
「あき君……言い逃れは出来ないわよ。あの時私も、あき君が二人のショーツに手を突っ込んでるの、しっかり目撃したから。何か言い残す事はない?」
「えっ、お姉ちゃん。それっていきなり死刑宣告?」
「そうよ。どんな理由があろうとも、私を差し置いて他の女の子と淫行に及んだ時点で断罪でしょ? だいたい、お母さんがまさにピンチって時に、わざわざ病院の霊安室でエッチとか……一体どういうつもりなのよ!」
みのりちゃんが詰め寄るが何とも答えようがない。私がそんな調子なので、ミュウちゃんと若葉ちゃんもお互いに顔を見合わせながら、押し黙ったままだ。
「あのねあき君。黙秘権とかは認めないからね……まったくもう。ねえミュウ。あんたはどうなの。何か申し開きはないのかな?」
「あー、いやー。私もたまたまあそこを通りかかって、たまたまあきひろ君に出会って、たまたまムラムラ欲情しちゃっただけというか……」
「アホなのミュウ。私がそんな言い分、信じる訳ないでしょ」
「ああ、じれったい! あき君。もうはっきり、お姉さんに全部バラしたほうがよくない?」若葉ちゃんがしびれを切らしてイライラしながら大声を出した。
「いや若葉ちゃん、それは今このタイミングじゃ……」
「じゃあ、いつ話すのよ! お母さんが危機を乗り越えられたのは、私達が手伝ってあき君が頑張ったお陰じゃない? それをこんな尋問みたいな事されてさ」
「ちょっと、若葉ちゃん。あなた何言ってんの?」みのりちゃんが怪訝そうな顔で若葉ちゃんを凝視した。
あーあ。言っちゃった……だが、本来なら私が、みのりちゃんにちゃんと説明しないとならないところなのだとは思う。だけど……。
「ねえ若葉ちゃん。あなた達が手伝ってあき君がお母さんを助けたって……あっ、もしかして本当に魔法なの!? あき君が病室に飛び込んだら部屋中光に包まれたってやつ」
「そうよお姉さん。あき君は魔法が使えるのよ!! だから私とミュウおばさんは、その材料になるマナを造る為に、あき君とエッチな事をしていたの!」
「はあぁっ??????」みのりちゃんが狐にでもつままれた様な顔をしている。
「あー、あきひろ君。こりゃもう、全部みのりに話すしかないかもよ……」
ミュウちゃんもそう言って私の顔を見た。
…………
「つ、つまり。あき君は、実は魔法が使える異世界の賢者さんの転生した姿で、その魔法の元になるマナってやつは、あなた方とエッチな事をすると湧いてくるという事なの? それを使って、この間はお母さんの体内の毒素を浄化した……と?」
みのりちゃんはまだ信じられないという顔をしているが、そりゃ当たり前だ。
「あー、お姉さん。正確に言うと、私達二人って事ではなくて、何等かの縁戚関係にある女性とラブラブするとマナが沸くらしいです」
あー、若葉ちゃん。話がややこしくなるからその辺はまだ話さない方が……。
「はあぁ? なんじゃそれ。じゃあミュウも若葉ちゃんも、あきひろと何等かの縁戚があるって事? そんなの荒唐無稽も甚だしいわよ。あなた達、あきひろに何か騙されて、体のいいセクハラされてるんじゃないの?」
「いやー、みのり。それがそうでもなくて……細かい説明は省くけど、去年亡くなった私のひいおばあちゃんが実は、異世界ではあきひろ君のお姉さんだったみたいで……だから魂の血縁?」ミュウちゃんがそう説明した。
「…………それじゃ若葉ちゃんは?」みのりちゃんがかなりイラついている。
「私は今のところ証拠はないわ。でも、DNA鑑定して、あき君と直接の血縁が無い事は分かっているから、ミュウおばさんみたいなご先祖様繋がりって感じなのかも知れない」
「DNA鑑定? な、な……何よそれーーーーーーっ!?」
あまりに話が見えなくて、みのりちゃんがオーバーヒートした様なので、とりあえず一旦休憩とし、皆で三時のおやつにした。
ミュウちゃんが買って来てくれたどら焼きを食べながらお茶をしていたら、ちょっとは落ち着いて来た様で、みのりちゃんがボソッと言った。
「それで……二人は本当に魔法を信じてるの?」
「もちろん! だって私、あき君とスカイツリーより高いところを空中散歩したんだよ! あの時私、ちょっとチビっちゃってたんだけど、あき君が気にせず、ずーっとスカートの中に手を入れてくれてて……」
若葉ちゃんがいきなりトンデモ発言をした。
「わーっ、若葉ちゃん。ストップ、ストップ!!」
「私はあんまりはっきり見せて貰ってないけど。ほら、昔、私も里中家にくっついてプール言った事あるでしょ。その時、みのりがウォータースライダーで溺れて、突然ものすごい泡が出てさ。後で確認したらあれ、やっぱりあきひろ君の魔法だったんだよ」ミュウちゃんも自分の体験を語る。
「あー、あの時……あき君。それじゃあの時は、あき君が助けてくれたの?」
「それは……うん。そう」何かはっきり答えるのが気まずい。
「そっか……」みのりちゃんは何か考え込んだ様に押し黙った。
そしてまたどら焼きを二口三口、口に運んでからお茶をグイっと飲み干し、ふうっと大きなため息をついてから言った。
「それじゃ、あき君。そのマナって奴。私とでも作れるのかな?」
「あっ。あーっ、はい……」
私がそう答えるとみのりちゃんの顔がどんどん赤くなった。
やばい。こりゃ怒鳴られるかなと身構えたのだが……。
「何よ……それなら、ミュウや若葉ちゃん呼ばずに、私に頼めばよかったじゃん……」みのりちゃんが顔を耳まで真っ赤にしながらそう言った。
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