【対戦】∀・U・プレイヤー?【ゲーム】

紅緋 椛

第1話 旅立ち

「――そろそろ、穀潰しも卒業するか」



 誰に聴かせるでも無く、自室でぽつり独り呟く。


 しかしながら――何事においても初めの一歩など、得てしてその程度のものであろう。


 高等学校を卒業して暫く、鐔希つばきは無職生活を満喫していた。


 生家がそれなりに裕福であったらしきこともあり、いい歳こいてこのような社会不適合っぷりを恥ずかしげもなく露呈しながらも、他人様に迷惑を掛けぬ限り親からも就業の催促を受けたためしが無い。


 父が何を生業として生計を立てているのかなどは、興味が碌すっぽなかったが為にこの齢までとんと知らずに生きて来た。


 一先ずは、家計は他家と比べてもかなり潤っているらしいということくらいしか把握していない。


 そして母は日がな有閑を嗜む主婦であり、これまた年齢不詳の少女然とした出で立ち以上に至高の堕天使を自称する危険人物である。


 このご時世、ニンゲンとふれんずの合いの子――もとい、として生まれるなど微塵も珍しくない次第であるが、だからと言っていい歳こいて漆黒の翼をひけらかし白銀の髪をたなびかせて薄い胸を張る妙齢の子持ち女など、己の感覚からしてもヤバい奴以外の何者でも無い。


 閑話休題。


 兎角、踏み込んで良いのか解らぬ職業不詳の父と厨二ソウルの抜けない年齢不詳の母のことは一先ず脇へと除けて置き、今は己の行く先へと着目すべきであろう。


 鐔希としては、別段このままのんべんだらりと過ごしたところで困る事など何一つ無い。


 十全過ぎる程の衣食住が確保されているのだから、生活するだけならばこれ以上の環境は無いと言っても過言では無かった。


 少々アレな話だが、将来的にはこの家の財産も恐らく己の物となるだろうことを考慮すれば、ますます労働の意欲など薄れるものだ。


 されど、ふと考えた時――どうせ失敗が無いであれば、他に色々挑戦してみるのも悪くは無いのではと行き着いたのである。


 食う着る寝るに困らぬのであれば、何かやって駄目だったら普通に帰れば良いだけの話なのだから。


 したがって、凡そ満たされた生活を送ってきたが故に、この齢まで固執するような趣味も熱狂するような何かも持たなかった己であるが、此処いらで立ち上がってみるのも悪くは無さそうだと思い立った次第である。



「ちょっと出かけて来るわ」


「車に気を付けて、お腹が空いたら返って来るのよぉ」



 故に、その辺に散歩へ向かうような気軽さにて、台所に立つ母へと一つ声掛けしてから外へと向かったのであった。


 あちらもあちらで心配など無いとばかりに、優雅で絢爛を誇る母の声を背に受けながら靴へと足を通すのである。


 空は何処までも澄み渡る快晴であり、ぽかぽかとした暖かな陽気が鐔希の門出を祝福しているかのようですらあった。


 ともあれ、旅に出るのに荷物も碌に持たぬのは舐めているのかと思われるだろうが、そもそうした知識も無いのだから仕方あるまい。


 にも拘らず、こうして歩みを進めているのはやはり傍から見ればアレな奴なのかも知れないが、いい歳こいた無職の男が今更悩むような事でも無いのである。


 ――そして、半ば暇潰しに旅立ったとは言え、心底目的が無い訳でも無い。


 先程、点いていたテレビにて――今年のふれんずデュエルのプロリーグのライブ中継が放送されていたのである。


 ふれんずという己の血にも半分流れる不思議生物を競技場にて戦う選手として鍛え上げ、それを采配し指揮する監督プレイヤーとなって舞台に立つ一大エンターテインメントである。


 その今年度のこの地方における決勝戦を画面の向こうでは行っていた次第であるが、それを見て何と無しにやってみたいと思っただけの話であった。


 本気で行うのであれば、専門の養成機関へ通ってノウハウを培い、先輩同業者や自チームへと所属してくれる選手とのコネクションを構築することが最良なのかもしれないが、以前の鐔希はそう思わなかったのであるから仕方あるまい。


 別段、学費は出してくれることを鑑みても、今からだって競技者へとなる為の教育機関たる學苑スコラへと進学することは問題無く出来るだろう。


 多少歳が進んだとは言え、学生となる為の年齢制限は設けられていないのだから。


 元より、既定の年齢以下であれば學苑の学費は無料となり、それだけでは無く其処で生活を送る上での基本的な費用は教育機関側が持ってくれるのだ。


 但し、此度の鐔希のようにその年齢ボーダーを超えての入学となると、その辺りのほとんどが自腹と言うことになるらしい。


 これは未来ある若人へ優先的に組織のリソースを割く為には至極当然の話であり、それでもウチで学びたければオッサンやジジイは最低限の銭を出せとのことなのだから。


 よって、規定年齢からは数歳程度しか離れていない己であっても引っ掛かってしまう以上、流石に財力的には問題無くとも遊び半分の学生気分に金を出せとは鐔希も親に言えなかった。


 それがちっぽけなプライドに依るものか、はたまたこれ以上迷惑を掛けたくは無いと思っているが故の選択なのかは自分でも解らない。


 只、そもそもいい歳こいて無色生活を満喫していた鐔希としては、実際の所別段の気遣いも気負いも皆無であった。


 要するに、単に他の大部分と同じような枠に嵌って道を進むことに楽しさを感じなかっただけなのだから。


 いずれにせよ、こうして旅路へ赴いた以上、今更学生生活などはお断りであった。


 ――現在、手元にあるのは背にした小さな鞄が一つだけ。


 財布の中には幾らかの金と、あとは数枚の着替え――そして、ふれんずと契約を交わす為のカードくらいのものである。


 まぁ、これさえあれば、早々死にはしないだろう。


 この地方は一年を通して凡そ暖かい気候が続き、冬になっても山以外は碌に雪も降りはしない。


 だから酷い土砂降りでもない限り、野宿したところで健康を害するリスクも限りなく低いと言えるだろう。


 大昔じゃあるまいし、今時街道沿いであれば物取りの類もそう出ない。


 あとは自然の深く――深度の大きい魔郷の中でもない限り、ふれんずに食い殺される心配もせずとも良い。


 その辺をうろついているふれんずなど小虫や小鳥に小動物のような類から、あとは人間社会で溶け込み生活を送る話の通じる者が大半なのだから。


 ――と、そうこう考えて歩みを進める内、鐔希の眼に一人の少女の姿が映る。


 細い桃色の髪に意志の強そうな薔薇水晶の双眸、白磁のかんばせにつんとすました鼻筋が通る。


 華奢で小柄な身に纏うは薄手の和装で、彼女の瞳と同じ色彩に染められた生体兵装ではなかろうか。


 そして何より特徴的なのは、道端の岩に腰かけて果実を齧る少女の髪の間から僅かに顔を覗かせる――小さな二本の角であろうか。


 己の母にも漆黒に染まった小振りな翼という特徴があるが、それと同じように目の前の彼女にもふれんずらしいそれが見当たるのであった。


 思い立ったが吉日、旅立ちたいと思ったから鐔希は今日家を出たのだ。


 其れと等しく、彼女と出逢ったこともまた――己にとっては、偶然であるとは到底思えなかったのである。


 故に鐔希は、少女へ向かい歩みを進め、



「――君は、運命を信じるかな」


「はァ……? ナンパだったら、ヨソ当たってよねっ」



 一瞥の後にすげなく切り捨てられた言の葉であったが、其処で諦める事無く続きを紡いだ。



「頂を――その眼で見たくは無いか」


「アンタ、マジでいきなり何言ってんの……?」



 不審そうな色は隠そうともせず問い返して来る少女であるが、先よりは幾らか意識も惹けたようである。


 なれば、耳を傾けて貰えるならば――己の言葉が、届かぬ筈も無し。



「俺は今、競技者を目指していてね。選手となる仲間を募集中なんだ、今なら初期メンバー確定だ」


「ふぅん……。中途半端じゃなく、トップを目指すってんなら確かにおもしろそーな話ね」



 此処まで来れば、彼女も此方の話を正面から聴いてくれるのだ。


 この機会を逃す気は無いし、運命は何時だって乗りこなしてナンボである。


 あとは駄目押しのように続け、思惑に乗って貰えれば問題無い。



「折角やるなら、最強以外有り得ないだろう――如何どうだ?」


「――良いわ。その言葉にウソが無いって言うなら、アンタの言葉に乗ったげる!」



 すると、その台詞が気に入ったのか。


 腰かけていた岩より立ち上がった少女は、楽し気な笑みを浮かべて鐔希へと近付いてくるのであった。



「そうか、それじゃあよろしく頼むよ。俺は鐔希、共に頂を目指して進もう!」


「毎日ヒマだったし、ちょーど良いイベントになりそうね。アタシはイヴリス――アンタがさっきの言葉を裏切らない限り、ヨロシクしたげるわ!」



 挑戦的な表情を浮かべながらイヴリスは、その小さく白い手を鐔希へと差し出して来る。


 故にその華奢で可憐な手を握り返すと、その姿からは想像出来ぬ程の力強さにて、悪戯っぽい笑みと共に握り返してきたのだ。


 ――そう、此処から。


 此処から、鐔希のプレイヤーとしての人生が幕を上げたのであった。

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