第4話 何気ない会話
翌日、4月7日木曜日。
6時30分に設定された目覚ましの音で起きる。
顔を洗って、パンと紅茶で朝食を済ませて、制服に着替え、いつもの重いリュックを背負って学校へと向かう。
空は快晴で青空が広がっていた。
「快晴。◯だ。レイリー散乱…… 」
うっかりそう呟いてしまう。レイリー散乱とは、小さい粒…… 空気の分子に光があたって青く散乱することで、空が青く見えるのはこのせいだ。
理系なら青空を見るとこう思うだろう。そして、右手、西側の空には上弦の月が輝いている。東から太陽が昇ってきていて、その光を反射して見えている。
朝に月がみられることは結構珍しいので写真に収めておく。
いつも通りの時間に駅につくと、そこにはいつも通り亮一がいた。
「おはよう」
「おはよう」
「さて、行きますか! 」
亮一は高校に入ってから毎日僕より早く駅に来て待っていてくれている。僕らの中学から明成南高校に入学したのは僕と亮一だけなので自然とこうなるんだが、わざわざ毎日一緒に登校してくれるのは亮一の優しさなのだろうか……
いや、僕自身は亮一が単に一人で学校に行きたくないからだと思っている。亮一は結構寂しがり屋だ。
電車の中はいつも通り混んでいた。まだ切れていない暖房と多すぎる人のせいで少し息苦しい。
電車の中ではスマホを取り出してニュース欄に出てきたいろいろな科学誌を読む。今日の星の話だとか、新しく発見されたいろいろなものとかの記事を読んでいく。
毎日新しいものが発見されて、毎日新しいことが起こる。科学の世界は本当に面白い。今日は最高温度の超電導の物質が発見されたらしい。
超電導とは電気伝導性物質…… 金属や化合物などが、低温度下で電気抵抗…… 電流の流れにくさが0へ転移する現象・状態のことで、リニアモーターカーとかにも使われている。まあ、自分で実験したりすることは出来ないけどな。
隣で同じく吊り革につかまっている亮一はバスケの動画を見ているのだろう。なんでもBリーグやらNBAやらのプレーを真似するためだそう。
結構真剣に見ているので、電車に乗っている間の会話は半年くらい前からなくなっていた。
学校に最寄りの駅に着く。そこから学校までは10分くらいだ。川沿いの桜並木を通りながら進んでいく。
暖かくなってきた春風が頬を撫でる。
「ここの桜を見ると春って感じがするよな〜」
「うん、もう、2年生か」
「とか、来年も言ってそうだけどな」
学校に着くと、
「じゃあ俺は朝練に行ってくる」
「行ってら〜」
と、亮一は体育館へと向かった。いまは午前8時5分。ここからショートホームルームが始まる30分ギリギリまでシュート練をするのだそう。毎日毎日本当にすごいな。
僕は一人でそのまま5階へと向かう。この学校では、1年生は3階、3年生が4階、そして2年生が5階というなんとも不思議な構造になっている。
5階まで行くのに実に88段の階段を登らなければいけない。大体15kcalくらい消費する。
数字で見ると全然だが、結構疲れる。なんでこんな構造にしたんだが。生徒会は『階段で元気で健康に! 』なんて言っているが、生徒会の人たちも結構自棄になってきている。
でも、この校舎が出来てから50年の間このままなので、もうどうすることも出来ない。
階段を登りきる頃にはもう結構へとへとだ。教室に着くと人がまばらにいた。この時間帯はまだ人は少ない。僕は席に座り、今度は家で定期購読していて、新聞と一緒に朝届く紙の雑誌を取り出した。
スマホの記事はたまに有料会員じゃないと見れないものがあり、結構もどかしい思いをする。その点、紙の科学誌はすべての情報が載っているのでいい。
そして隅から隅までしっかりと読み込む。
◇◆◇
しばらく読んでいると、隣からなんだか視線を感じた。振り返ってみると、そこには火夏星さんがいた。
「火夏星さん、おはよう」
「おはよう…… って邪魔しちゃった? 」
「いや、大丈夫だよ」
「良かった〜 すごい真剣に読んでいるから気になっちゃったの」
内心、結構驚いたのだが、なんでもないように装えた。
「それは何? 」
「これ? これは『Japan Science』って言う科学誌なんだ。まあ、雑誌みたいなものだよ」
「えっなにこれ! すごい綺麗! 」
火夏星さんは僕の手元を覗き込んでいた。
「ああ、これはスーパーカミオカンデっていう、
ニュートリノっていう物質を観測するための装置なんだ。大きいタンクの中に完全な純粋と約13,000本のセンサーがあって…… 」
ふと顔を上げてみると、ぽかんとしている火夏星さんの顔があった。
「あっ、ごめん……? 」
「いや、夏日星くんってこんな感じなんだね」
「こんな感じって…… 」
「いや、昨日とか本当に静かな感じだったから」
と、笑い出した。
「いやっ……」
「科学の話だと本気になるんだね」
「まあ、好きだからね」
「そっか〜 私、科学のこと本当にわかんないや、やっぱり古典、近代文学でしょ! 」
「僕、そっちのほうがわかんないや」
「え〜 私枕草子が一番好きなんだよね。春はあけぼのようよう白くなりゆく…… ってこれは流石にわかるでしょ? 」
「うん、でも中学の時に無理矢理暗記させられたくらい」
「でね、枕草子の清少納言の感性というか書かれている出来事が本当に綺麗で…… ってこれじゃ私も夏日星くんと同じになっちゃう」
「いや、同じだよ」
「なによ〜 」
そう話していると、30分を知らせるチャイムが鳴る。そして、ガシャン。ドアが乱暴に開けられる音がする。
「あっぶね〜 セーフ」
こんなことをする人は僕が知っている限り一人しかいない。亮一だ。
「お〜い、ギリギリだぞ〜 」
いつの間にか教壇のところにいる先生に注意される。
「すんません、朝練してて、ここは5階で…… 」
「まあいい。間に合ってるしな。よし、じゃあショートを始める。号令! 」
そうやって乱暴にも僕と彼女の会話は終わりを告げた。でもなんだろう、楽しいかも?
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