四 距離感定規
彼との距離感はいつだってわたしが決めてた。
手を繋ぐのも、喧嘩のあとの仲直りも。家に呼ぶのや、キスや、その先だってそう。きゃー、恥ずかし。
悩みごとを相談すればすっごく親身になって聞いてくれるし、冷静なアドバイスもくれるし、デートのときはリードだって完ぺき。頼りになる人だったというのはほんとう。
けれど、わたしたちの関係性を変えるその一瞬だけ、彼はすべてをわたしにゆだねるから。
まるで定規ではかったみたいに、わたしが近づいた距離より詰めてはこなかったし、反対に離れもしなかった。わたしたちのあいだには、わたしにしか長さを変えられない橋があって、なにをするにも、その橋を渡っていかなきゃいけない。
あーあ、って。思っちゃった。
ただ恋人どうしでいたいだけなのにさあ。
なーんか不気味。それにね、わたし、寂しかったんだ。
少しずつ距離を広げていって、でもそんなときだってあのひと、自分ではわたしとの距離をどうすることもなくて。
そのままそれっきり。
わたしが彼から離れれば、よりを戻そうなんてこと、しない。その事実を受け入れなきゃなあって。
別れを告げた足で、しばらく実家へ帰ったから、また自分の家に戻ってきたいま、彼は同じだけの距離をとって引っ越しでもしているかも。
あれから、彼の姿は見ていない。
*
あっつー。早く電車こないかな。
向かいのホームで、たぶん高校生、初々しいカップルが電車を待っていて、わたしはぼんやりとそれを眺めた。
いいね、いいね。
女の子のほうは恥ずかしそうにきょろきょろしてて、学校の友達に見られていないか気にしている。それを見つめる男の子の優しそうな顔。こっちまで匂うよ、甘酸っぱいのが。
もうもう、それなのに拳みっつぶんも離れているなんてどういうことだ。もっとこう、ぐっと近づいちゃってさあ。
ほーらこれくらい。こっそり手をかざして、人差し指と親指を近づける。
指の隙間から見える二人の距離も、縮まる。
あれ。
……わたし、距離感の申し子なのかも。
人差し指と親指をくっつける。
きゃあ。
ぜんぜんさりげなくなってないけど、手の甲、触れちゃった! やったー。
指と指のあいだに、目盛りが見える感じ。
だんだんわかってきたかも。
もだもだカップルはどんどんくっつけちゃうよ。上司とお局さんのケンカは聞くのも疲れるから離しちゃえ。
あのモフなイヌ様はもっとこちらへどうぞ!
自分の恋愛ごとは……うん、自分で目盛りを近づけるのって虚しいし。もう、いいかな。
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