八つ刻カプリッチ

ナナシマイ

一 写真カレー

 写真カレー、というのが人気らしい。

 そんな噂を耳にして訪れた食堂は、ひと昔前の流行りをかき集めたような外観で、レトロともお洒落とも言えない時代の狭間をゆく微妙な外観ではあったけれど。

 ……意外と、混んでる。いや、噂のわりには空いてるのか?

 幼稚園児くらいの子供を連れた若い夫婦と、大学生くらいの女の子の後ろに並ぶこと十五分、通された席で周りの客と同じように名物を注文する。店内に充満するカレーの匂いに、もう腹が鳴りそうだ。

「熱いのでお気をつけくださいねー」

 ややして出てきたのは鉄板皿の上でくつくつと揺れるチーズが魅力的な焼きカレー。

 焦げ目のついたブロッコリーと、半熟卵の白身から透けて見える濃い黄身が鮮やかで、視覚からも食欲が刺激される。

 まずは卵を崩さぬよう端からすくってひと口。美味い。スパイスが効いてるかと思いきや、和風だ。だしのやわらかな旨味がふわりと口の中に広がる。

 スプーンで切るように黄身を割った。外側は艷やかさを残したままゆるく固まっており、中心部だけがとろりと流れ出てくる。いっきに混ざってマイルドになりすぎないようにする配慮だろうか。半熟判定に厳しい自覚があるが、これはいい。

 スプーンを持つ僕の手は、夢中になって鉄板皿と口とのあいだを行き来する。

 そのカレーが写真カレーという名であることは、会計時まで忘れていた。


「はい、では百五十円のお釣りと、本日のです。またどうぞー!」

 お釣りとともに渡された厚めの封筒に、はてと首をひねると、店員は「あっ、始めてのご来店でした?」と驚いてみせた。

「これはね、写真なんですよ」

「写真? なんの……」

 そういえば写真カレーを食べたんだったと思い出すが、写真を撮った覚えはない。まさか調理中の写真とか? そんなわけないか。

 とりあえず促されるまま封筒の中身を取り出して。

 たっぷり五秒。黄身よりは固まってたと思う。

「……いつのまに、いや」

 その何十枚もの写真には、カレーを食べる自分が写っていた。

 まだ熱々のルーを息で冷ましているところ。半熟卵を割る瞬間。黄身の艶めき。別アングルでそれを真剣に検分する僕の目。口に含んで満足げな表情。さあ次のひと口だ。

 上下左右、前後も問わず、あらゆる角度から。

 たしかにこの店で、たった今食べたばかりのカレーを食べる、僕だけが。

「あのこれ……誰が、というか、どうやって」

「不思議ですよねぇ。うちの店で、そしてあの鉄板皿で焼いたカレーはね、なぜか、自分を食べるお客さんの写真を撮りたがるんですよ」


 なんと返事をして店を出たかは、覚えていない。

 ただ手もとに残った写真が奇妙すぎて、心を落ち着かせるため、すぐにSNSを巡回したのだ。

 検索「写真カレー」にヒットした画像。

 そこに、あの不思議なアングルで撮影された写真は一枚もなかった。

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