第19話 お願い


――七月。


雪姫と俺、伏木乃が友達になってから三週間がたった。あれから俺と彼女がどうなったかというと、あまりどうにもなっていない。


雪姫はお昼は佐藤と昼食をとるし、休み時間はそれと同様に話す時間はない。教室での会話は極力さけようと俺が提案したからだ。


俺達は友達になった。けれどそこまで深い関係ではないし、だからあえて一緒にいようとするなんてこともない。


ふらっと訪れた場所にたまたま鉢合わせた時に会話をする程度の関係性。


放課後、中庭。人通りが少なくなった頃。


「よ」


ベンチに腰掛けていると現れた雪姫。手をあげ俺が挨拶をすると彼女はぺこりとお辞儀をして隣に座る。そして彼女は俺に紙袋を渡してくる。


「……ありがとうございます」

「ああ」


中身は空の弁当箱。あれから俺はネコとお昼をとることがなくなっていた。別にケンカしたわけじゃない、俺なんかとではなく間戸と一緒に昼食をとったほうがいいと思ったから。だから昼にいつものベンチへ行くこともしてない。


「あの、すみません……いつもお弁当」

「いやいいよ。一つも二つも作る手間はそれほど変わらない」


ネコと交互に作っていたのもなくなったので必然的に毎日自分で弁当を作ることになっていた。なのでついでに毎日カップ麺で心配だった雪姫の食生活を変えてやろうと思ったわけだ。


教室で昼食をとるようになってみていたら心配になった……そう理由をつけて半ば強制的に弁当を渡している。家が近いので朝早めに家をでて適当に公園で待ち合わせ。そこでいつも渡している。


これじゃあ友達じゃなくてお母さんだな、とも思ったが俺がしたくてしているのであしからず。


「ていうか、聞き忘れてたけど夜は?さすがに夕食はカップ麺とかじゃないよな?」


ぎくり、と雪姫の体が震えた。こいつ……マジでか。


「え、親は……」

「親は忙しくて……帰ってこないので」

「帰ってこない?でも帰ってきたとき注意されないのか」

「いえ、帰ってきませんから……もう、ずっと帰ってきてません」


……え?ずっと……?


怪訝な表情を浮かべている俺に気がついて雪姫は慌てて手を振った。


「や、違います、仕方なくて……忙しいんです。家は母がいなくて、父が一人で頑張ってて……だから」

「……そうなのか」

「生活費はちゃんと振り込まれてるので、大丈夫です。それに夜も殆どカップ麺とコンビ弁当ですけど、たまに出前をとってるので……心配しないでください」


心配しかねえよ。


「……あ、でもちゃんとお野菜も食べてます。サラダ的なのを」


野菜サラダか。せめてもの救いだな……。


「あ、そう、こういうの」


そう言って雪姫が鞄から取り出したのは、ジャガイモのスナック菓子『ががりこ』だった。


「お菓子!?」

「お、お菓子ですが、ほらここ……!」


雪姫がパッケージのある部分を指さす。そこには『サラダ味』と表記されていた。


「いや味じゃねえーか!!」

「え……あ、ほんとだ、味だ」


ボケじゃねえのかよ。ガチかよ。俺の中の警鐘が激しく鳴り響く。こいつは危険だと、早くなんとかしないと……と。


「お菓子とインスタント食品のオンパレード……お前、今はいいかもしれないけど、その食生活は後々ヤバいぞ」

「……すみません」

「や、俺に謝られても」

「いえ、実際こうして心配させてしまっているので……」


申し訳なさそうに俯く雪姫。しかし俺はふと疑問に思う。


「雪姫は料理苦手なの?」


学校では勉強も運動もできる完璧超人の印象がある雪姫。ゲームはあれだが、料理もできそうなイメージがあるんだが……。


「……料理……」


ぽつりと呟き俯く。


「……作ろうと思ったこと、ないですね……家庭科の調理実習で作った時くらいしか、したことないです……」

「そうなのか。でも、じゃあ作れるには作れるってことかな……」

「……たぶん、教えて貰えれば……?」

「なるほど。じゃあ今度なにか……」


何か一緒に作ろうか、そう言おうとして言葉に詰まる。


「……?」


雪姫が首をかしげた。


一緒に作ろうかって、どこで?家で?それは、流石にちょっとまずくないか……?何かの拍子に家族から女装がバレる可能性があるし、なにより女子を連れ帰って変な勘違いをされてからかわれたら面倒だ。姉ちゃんとか特に面倒なことになるはず。

かといって俺が雪姫の家にいくのも……今聞いた話だとほとんど女性の一人暮らしのようなものだし、さすがに嫌がられそう。てか、俺が抵抗ある。


不思議そうにこちらをみてくる雪姫。


「……あ、いや。うん、そうだな……誰かと練習したらどうだ?女子の友達同士で、料理の練習」

「友達と料理の練習」

「そうそう。楽しそうじゃないか?そのうちお弁当の作り合いっことかしてさ」


ぱあっと雪姫の瞳に輝きが生じた。好感触だ。


「……誘ってみます、私」

「うん、頑張って。きっと料理も楽しくなってくるはず」

「はい!」


これは我ながらいい案だと思う。おそらく佐藤らと一緒に練習をするんだろうけど、仲を深められるし心配な食生活の改善も同時に行える。


(……いい傾向だ)


口元が綻んでいる雪姫を眺めながら、彼女の成長を感じた。今までなら物怖じしていたのに、積極的な姿勢が垣間見える。


……さて、そろそろ帰るか。


「ところで明日のお弁当なにがいい?」

「鶏肉!」


雪姫はキリッとした顔で即答した。


それから帰路につき、スーパーで買い物をして家へ。部屋に戻ると、メッセージが入っていることに気がついた。


差出人は雪姫。なにか言いそびれていた事(おかずの追加リクエスト)があったのかと思ったが、送られてきたのは伏木乃の方ではなく、雪姫専用に作ったアリスの方のアカウントだった。


(……魔物狩者(ゲーム)のお誘いか?)


メッセージを開くとそれは確かにお誘いだった。


『アリスさん、こんど私の家でお料理しませんか。よければ今度の週末一緒にご飯つくって食べましょう』


いや誘うって俺!?佐藤じゃねえの!?


まさかの自体である。てっきり佐藤らのグループで料理練習を行うものかと思っていたんだが。……いや、まてよ?これって誘われてるのって、俺だけか?


ときどき突拍子もないことをする雪姫。ふつーに考えれば他に誰か誘っていればそれを言うはずだが、雪姫に限ってはそのふつーが通じない可能性がある。


『二人でってこと?』


一応聞いてみる。


『もちろんです!二人で!ちなみに材料費は私が持ちますので大丈夫ですよ』


いや材料費は割り勘だろ。てか、佐藤は?仲良くなってるんじゃなかったのか……?いや、実際に休み時間とかお昼には仲良く談笑しているのを俺はみている。


なぜ佐藤じゃないんだ?もしかして、あれは表向きの仲良しだったのか?裏ではつきあわない学校だけのドライな関係だったり……?


……不安になってきた。これは佐藤を友達だと思っているのは雪姫の一方的な想いの可能性も。だとしたら不憫すぎるだろ、雪姫。


(今度どうにかして佐藤にその辺を聞いてみないと……)


その晩、雪姫とオンラインでゲームをしたが、あまりに嬉しそうに料理会の話をするので、佐藤の件は触れられなかった。


ちなみにいうと最近は通話アプリで会話しながらゲームをしている。


雪姫がピンチになったりすると『……はぁ、はぁ……』とか『あっ、あ……んん』など艶のある声が聴こえてきて、悶々して眠れなくなったりする。


――翌日、教室。


(……佐藤に雪姫とどうなっているかを聞く……とは言ったものの、俺自身の佐藤との接点はないからなぁ)


あるのはアリスとしての私。けれど、その私も佐藤とはゲームを借りただけのほぼ他人でしかない。さて、どーするかな。


「ねえ」


とんとんと肩を叩かれ、振り向く。


「……間戸」

「ちょっと話いいか」


いつもの黒キャップを被った間戸がそこにはたっていた。


「話って?」

「ちょっとここじゃ話しにくい。悪いが場所を変えるぜ」


間戸は周囲からの視線がうっとおしかったのか、俺は場所の移動を提案された。俺としても目立つのは嫌なので、提案にのり二人で廊下へ出た。


「屋上行こうぜ」

「……ああ」


一体なんだ?俺、間戸になんかしたかな。むしろ気を遣ってネコと二人きりにしてやってるから、どちらかというとお礼を言われてもバチは当たらない気がするんだが。


階段を上がり屋上への扉を開ける。ふわりと熱を帯びた風が頬をなで、夏を感じさせた。ていうか、この時期にしては珍しい気温の低さだ。いつもなら焼け死ぬかもしれないくらいの暑さなのに。


間戸はきょろきょろと周囲を見渡す。おそらく座るところでも探しているのだろう。屋上の中央には花壇がありそれを囲むようにベンチが置かれている。


奥の方のベンチに誰か……おそらく上級生が寝ている。それ以外のベンチには誰も座っておらず、間戸が出前のベンチに指をさした。


「そこ座ろーぜ」

「……わかった」


ベンチへ座るとギシッと音が鳴る。雲一ない透き通っている誰かの瞳の色のような空。


「あのよ、まずは……」

「ん?」


間戸が帽子を取る。するとヤンキーモードが解け、ただのギャルになった。今さらだけどこのシステムなんなん?


「えっと、その……ありがとう」

「え?」


間戸にお礼を言われた。突然のことに思わず呆けてしまう。


「や、ほら、伏木乃くんさ、あたしらに気を遣ってくれてたでしょ。君のおかげで笑一くんと沢山お話することできたよ、ありがとう」

「……ああ、それか。いや、別に気にしなくていい。どっちかっていうとネコ……根古屋のためにしたことだし」

「ふふ、そっか。親友……だもんね」


にこっと微笑む間戸。てか、まさか本当にお礼をされるとは……。


「要件はそれだけか?」

「んーん、違うよ」

「?」


「……笑一くん、寂しそうなんだよね」


僅かに間戸の表情に陰りが見え、曇る。


「そうなのか」

「うん」


じっと俺の目をみてくる間戸。


「それは間戸がどうにかすることだろ。てかしなきゃ」

「まあ、そーだね。でも、あたしじゃ無理だから君に話してるんだよ」

「いや、簡単に諦めんなよ……」

「ちーがうってば!諦めるとかじゃなくて、あたしじゃダメなの。これは親友の君じゃないと埋められないんだよ」


親友の俺じゃないと?


「……元凶のあたしがいえたことじゃないけど、ほんとは君もわかってるんじゃないの?笑一くんの感じている寂しさ」


ずきり、と心が疼く。


「君も寂しいんじゃないの」

「……」


どう答えるのが正解なんだ、これ。そりゃ寂しくないわけがない。学校では昼休みくらいだったが、休日は女装して街に出たり、他にも色々……あいつとはずっと一緒に遊んだりしていた。


けどあれから今日まで、メッセージのやり取りのみで休日も遊んでない。


「……ごめんね」


間戸がぽつりと謝罪する。瞬間、俺の中の黒い感情が顔をのぞかせた。……苛つく心。


「謝るな。これは俺が望んでしたことだ……お前がどうこうじゃない」


「……そっか」


一瞬体をビクリと震わせた間戸。すぐに帽子を被りヤンキーモードにならなかったのは、本当に自分が悪いと思っているからだろうか。


「でもね、笑一くんが落ち込んでるのは見過ごせない」

「だから、それは間戸のやることだ」


「……でも、あたしじゃダメだもん」


頭が痛くなってくるな。何度も同じ事を……堂々巡り。苛つく気持ちをこれ以上間戸へとぶつけないようにせねばと、俺はベンチから立ち上がる。そのまま彼女の前から去ろうとすると、


「笑一くんね」


まだ何かを言おうとするその言葉に引き留められた。


「ほんとに恋愛感情がまだわからないみたいなんだよね。だから、あたしじゃなくて……君じゃなきゃダメなの」


「……俺である必要がない」


「あるよ。だって、笑一くん……伏木乃くんのことを話してるとき、笑うから」


「……」


「伏木乃くんのことほんとに大切な親友だと思ってるんだね。なんの話をしていても、自然に君の名前が出てくるんだ……あいつは凄いとか、助けてくれたとか。沢山の君と笑一くんの想い出を聞いたよ」


「……これからは、それを間戸があいつと作ってくんだよ」


そう言った瞬間、天地が逆転した。気がつくと俺は腕を掴まれ、間戸に押し倒されていた。

帽子を被ったヤンキーモードの戦闘モード。彼女は真上から俺へとガン飛ばしていた。


「いつまで意地はってんだよ、おまえ。いい加減、素直になれよ……!」


また心が苛つく、そして――


「誰のせいで、こんな」


……黒い感情を吐き出してしまった。


「!」


うわっ、と思った。自分自身に幻滅する。人のせいにして子供みたいなこと言って、今ほど自分がキモチワルイと思ったことはない。……元凶というのなら、それは俺が変に気を遣ったせいなのに。間戸のせいにして、勝手に苛ついて……自分が醜いと、そう思った。


間戸が悲しげな顔をして俺の手をはなす。


「……わかった。あたしがいなければいいんだな。元通りになるんだよな……」


「いや、違……」


「消える……あたしは笑一くんの前から消えるよ。だから」


間戸が帽子を取る。彼女の頬につたう雫がぽたりと俺の頬に落ちた。



「……伏木乃くんが、笑一くんの側にいて……」



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