第27話

詩月は冷笑を浮かべた。

「赦せない? だから貴方の力は暴走するばかりで、形を持たない」

彼女の蒼い光が空間全体を包み込み、冷気がせいらの赤の光を押し戻していく。

「私は完璧。感情をすべて捨て去ることで、冷静に世界を見つめることができる」


詩月は一歩ずつ玉座から降り立つ。

「一方、貴方はその矛盾に気づいていない。感情に振り回されている限り、私には勝てない」


「黙れ!」

せいらの怒りが爆発し、赤の光がさらに強く燃え上がる。しかしその力は荒々しいままで、不安定さを増していくだけだった。


詩月は淡々と続ける。

「あなたの力は、本来ならもっと大きな可能性を秘めている。だけど、憎しみに囚われたままでは、その可能性を自ら潰しているに過ぎない」


「可能性?」

せいらは激しい呼吸を整えながら、詩月を睨み続けた。

「あなたにまひろを奪われて、私は何を信じればいいっていうの……!」


せいらの赤の光がさらに暴走し、大理石の床に亀裂が走る。怒りに任せた一撃が詩月に向けて放たれるが、蒼い光の壁に弾かれるだけだった。


「ほら、見なさい」

詩月の冷たい声が響く。

「あなたの力は、ただ感情を暴れさせているだけ。それでは何も変えることはできない」


「私は……!」

せいらは拳を握りしめたまま、何もできない自分に苛立ちを覚える。


詩月が近づき、冷たく囁いた。

「赦せないと言いながら、あなたは迷っている。その矛盾があなたを弱くしている」


その言葉に、せいらの心がさらに揺さぶられる。

(赦せない……でも、本当にそれだけでいいの? まひろは私に……何を託したの?)


――――思い出せ。


彼女の胸に、まひろの笑顔が浮かんだ。その笑顔は、怒りや憎しみではなく、どこまでも優しく、せいらの心をそっと包み込むようだった。


「感情を捨て去ることが完璧だと言うなら……どうしてあなたは、そんなにも苦しそうなの?」

せいらが問いかけると、詩月の瞳がわずかに揺れる。


「!? 私は……」

詩月は一瞬言葉に詰まったが、すぐに冷たさを取り戻した。

「私は苦しんでなどいない。感情を捨てることで、完璧な秩序を手に入れた。それ以外に何が必要だというの?」


「必要なものは、全部まひろが教えてくれた……」

せいらの赤の光が少しずつ穏やかに変化し始めた。

「人の心に寄り添い、理解しようとすること。それは決して簡単なことじゃない。でも、それが本当の強さだって」


詩月が不快そうに眉をひそめた。

「強さ? そんな曖昧なものに何の意味がある?」


「意味があるかどうかは、私が決める」

せいらは拳を握りしめ、ゆっくりと立ち上がる。その姿は先ほどまでの荒々しさとは一線を画していた。赤の光はまだ不完全ながらも、どこか温かな輝きを帯び始めていた。


「たとえ自らが傷ついたとして……まひろはあなたを分かろうとした。最後まで、そう……最後の瞬間まで……」

せいらの声が震え、その瞳に涙が滲む。

「私は、そんな彼女を守れなかった! だからこそ……!」


吹き上がる光が赤々と揺らめく。せいらの心の中で、憎しみと悲しみ、そしてまひろの優しさが混ざり合い、強烈な感情の渦を巻き起こしていた。


「私はあなたを赦せない! あなたがまひろを追い詰めたことを、絶対に赦せない……!」

せいらの拳が震える。しかし、その震えの中には、怒りとは違うものが混じっていた。


「でも……それでも……私はあなたを理解しようと思う。それが、まひろの願いなら!」


彼女の叫びが空間全体に響き渡る。その言葉は激情そのものだったが、その奥には確かな決意が宿っていた。


詩月が冷たい笑みを浮かべる。だが、その笑みには先ほどまでの揺るぎない冷徹さが微かに崩れ始めていた。

「理解?」

彼女の声はあくまで冷たいが、どこか戸惑いを帯びている。

「あなたに何が分かるというの?」


「分からないかもしれない!」

せいらの声が再び空間に響いた。しかしその声には、もはや迷いはなかった。

「でも、分からないまま放り出すなんて、今の私にはできない!」


赤の光が少しずつ形を変えていく。まだ完全ではないが、その輝きはまるで温かな灯火のように、冷たい蒼い光の中に揺らめいていた。


「まひろはあなたを分かろうとした。あなたを憎むこともできたはずなのに、でも、それをしなかった……!」

せいらの声が涙で掠れる。

「それが彼女の選んだ道なら、私もそれを受け継ぐ!」


詩月が一歩後退る。その動作はほんのわずかだったが、その目に浮かぶ僅かな動揺が、彼女の冷たい仮面を揺るがしていた。


「まひろが……私を……?」

詩月の声は、これまでの冷徹さを失い、微かに震えていた。


せいらは、赤の光を静かに広げながら彼女を見つめた。

「そう。まひろは最後まで、あなたを理解しようとした。たとえその道が自分を傷つけるものだとしても……!」


その瞬間、空間が静かに揺らぎ始めた。冷たく完璧だった大理石の柱に小さな亀裂が走り、そこから紫の靄が漏れ出す。


詩月は動揺を隠すように蒼い光を強く放つが、その光さえも赤の光にゆっくりと飲み込まれていく。


「分かろうとすることは、痛みを伴う。苦しいし、すごく辛い。それでも、私は諦めたくない!」

せいらの声が、涙混じりに響く。

「それが……まひろが私に教えてくれた、本当の強さだから!」


赤の光が、静かに詩月の蒼い光に触れる。その触れ方は、まるで炎が氷にそっと寄り添うように穏やかだった。


詩月はその光を感じ取り、思わず目を見開く。

「何をしている……? そんなものに、何の意味がある……?」


「意味があるかどうかなんて関係ない!」

せいらの声が力強く響く。

「それを決めるのは、私だから。そして、私たち人間だから!」


赤の光が、ついに空間全体を包み込み始める。その光は、怒りや憎しみではなく、どこまでも温かく優しい輝きだった。


「赦せないけど……それでも、私は諦めない。」

せいらの声が空間に静かに響き渡る。赤の光は不完全なまま、しかし確かな温もりを帯び始めていた。


詩月はその光を見つめながら、一歩、また一歩と後退る。

「やめて……」

冷たい声の奥に、微かな震えが混じる。その瞳には、自信ではなく戸惑いの色が浮かんでいた。


「何をするつもり? あなたには力がない。ただの空っぽな光で何を――」

詩月が言葉を続けようとした瞬間、赤の光が静かに揺らぎながら彼女の蒼い光に触れた。


「やめて……!」


詩月の声が明らかに震えた。それは先ほどのような冷徹なものではなかった。まるで心の奥底に踏み込まれることを恐れるように。


「見せないで……私の心に触れないで!」


赤の光は、容赦なく詩月の蒼い光を貫き、彼女の心の奥底を照らし始めた。その光に反応するかのように、空間全体が静かに軋み始める。


高層ビルの屋上。

詩月の脳裏に、その光景が突きつけられるように浮かび上がった。深夜のニュースで報じられた事故現場。そして、その中心に横たわるまひろの姿――。


「嘘……」

詩月の蒼い光が、突然不安定に揺らめいた。

「私は、ただ……ただ真実を示しただけ……。感情の愚かさを、理解の空虚さを……」


その声には、もはや冷徹さの仮面はない。

詩月自身が必死に否定しようとする言葉が、彼女の心の奥から漏れ出しているかのようだった。


「そんなつもりじゃ……」


「なかった?」

せいらの声は静かだが、その言葉には確かな重みが込められていた。


詩月の瞳が見開かれる。彼女の周りで蒼い光と紫の靄が不規則に渦を巻き始める。


「違う……私は……」

詩月は両手で頭を抱え込むようにしてうずくまった。

「あの子は、自分で選んだだけ。私のせいじゃ……」


しかし、彼女の言葉はそこまでだった。赤の光がさらに深く彼女の心を照らし出し、その奥に隠れていた光景を露わにする。


配信画面の中で、静かに微笑むまひろの最期の表情。そして、その後に訪れた深い虚無。


「嘘……嘘よ……!」

詩月の声は悲鳴のようだった。


「私は……こんなつもりじゃ……!」

その言葉と共に、詩月の膝が崩れ落ちる。彼女の蒼い光は不安定に明滅し、周囲の空間は次第に崩壊を始める。


大理石の床に走る亀裂。柱が崩れ落ち、純白だった空間から紫の靄が噴き出していく。


「死ぬなんて……そんなの……!」

詩月の悲鳴が空間に響き渡る。


蒼い光は完全に制御を失い、紫の靄が実体化したかのように空間を侵食していく。詩月の中に押し殺されていた感情――後悔、自責、恐怖――それらが堰を切ったように溢れ出していた。


「私は悪くない……!」

詩月は震える声で繰り返す。

「私はただ……ただ現実を教えようとしただけ……! 寄り添うなんて、理解するなんて……!」


せいらは詩月の姿を見つめたまま、胸が締め付けられるような感覚に襲われていた。

「本当にそう思っているの……?」


その問いかけに、詩月は顔を上げるが、その瞳には涙が滲んでいた。


「まひろが……死んだのは、私のせい……?」

詩月の声は震えていたが、その中には恐るべき確信が滲み始めていた。


彼女の周囲に渦巻く蒼い光と紫の靄が激しさを増し、空間全体が揺らぎ始める。


「私は……彼女を救うどころか……傷つけただけ……!」

詩月の悲痛な叫びが空間を震わせる。その声は、自分自身を責め続ける感情の爆発そのものだった。


「私は……私は……!」

彼女の周りの蒼い光が、完全に崩壊し始める。大理石の柱が次々と崩れ落ち、純白の空間は紫の靄に飲み込まれていく。


「私は……もう……!」


詩月の膝から崩れ落ちた体が震え、彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。その涙は大理石の床を濡らし、赤の光に照らされて静かに輝いた。


「うわああああああ……!」


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