-第三章- 亀裂 第6話

正義の名の下に、時として最も残酷な暴力が生まれる――――



「まひろの配信、最近すごく伸びてるみたい」


独り言めいたせいらの言葉に、システムが反応する。

「そうですね。同時視聴者数、チャンネル登録者数、いずれも順調に増加しています」


最初に出会った頃のシステムは、まるで機械じみた命令口調で、どこか冷たささえ感じさせる声だった。しかし、いつしかその声音は不思議と柔らかみを帯びるようになっていた。ちょうど、まひろとせいらの交流を見守る誰かのように――。最初はその変化に戸惑いを覚えたせいらだったが、今ではすっかり慣れてしまい、あまり気にしなくなっていた。


近頃、まひろの配信は“手応え”をつかんでいるようだ。優しい語り口と、誰に対しても寄り添うような姿勢――それが多くの人々の心を癒やし、着実にファンを増やしている。


「でも……」


せいらは、まひろの配信画面に時折浮かぶ紫の靄がどうしても気になっていた。

影響力が増すにつれ、周囲に渦巻く感情も強くなる。羨望や嫉妬、そしてときには純然たる悪意まで――。


「新人配信者の中でも注目度はかなり高いですからね」

システムの声には、どこか警戒心めいた響きが混じる。

「そろそろ“大きな波”が来るかもしれません」


「大きな波……?」


その時、メッセージアプリの通知音が鳴った。

貼られたスクリーンショットには、見覚えのあるVTuberグループからの、まひろへのコラボ配信の誘い。

登録者数も多く、いわゆる“大手”と呼ばれるほどの影響力を持っている。


『せいらちゃん! 見て見て!

すっごい有名な人たちから、コラボのお誘いが!!

私、こんな機会、もしかしたら二度とないかも……!』


まひろの興奮が伝わってくるメッセージ。

でも、なぜか胸にじくりとした奇妙な違和感が広がっていく。


「このVTuberグループ……」

「はい。以前から、注視していた存在です」

「どういうこと?」


いつもはあっさり即答するシステムが、なぜか慎重に間を置いた。

「彼女たちの配信には、特殊な形の悪意が潜んでいるのですが……まだ正確な分析ができていません。現段階でお伝えできるのはそれだけです」


(特殊な形の悪意……?)


システムはかすかに声を低め、柔らかい調子で続ける。

「せいら、私からアドバイスがあります。彼女自身の判断は、彼女自身に任せるべきでしょう。ただし――より慎重な監視が必要になるかもしれません」


メッセージアプリに、まひろから新しいメッセージが届く。


『返事、どうしようかな……

せいらちゃん、どう思う?』


返信画面を開いて、せいらは指を止める。今まひろは、どんな表情でこのメッセージを送っているのだろう。

胸を弾ませながら、それでも少しだけ不安そうな笑顔を浮かべているのではないか――そんな姿が目に浮かんだ。


(私には、まひろの夢を止める権利なんてない)


『すごくいい機会だと思う。

まひろの魅力を、もっとたくさんの人に届けるチャンスだよ』


送信ボタンを押すと同時に、せいらは心の中で小さく決意を固めた。

もしも何か起こったとしても、必ず自分が守ってみせる。

それが魔法少女として、そして親友としての誓いだから。


しかし、その決意すら呑み込もうとするかのように、画面の隅で紫の靄が蠢いていた。



「それでは、新進Vtuberコラボ配信のリハーサルを始めさせていただきます」


ViRtualis上の、普段とは違う豪華な装飾が施されたワールド。

進行役のVTuberが声を話始めると同時に、せいらはバックドアからその様子をこっそり見守っていた。

システムの力を使えば、配信には映らない形でワールド内を監視することも可能なのだ。。


一方、まひろは他の参加者たちから少し離れた位置に立っている。

緊張しているのか、いつもの自然な仕草がこわばっているのが見て取れた。


(大丈夫、いつも通りいつも通り……)


「あら、犬槙さん……でしたっけ? そんな端のほうで固まってないで、もっとこちらへいらっしゃいな」


声をかけたのは、このグループのリーダー格、桜乃詩月(さくらのしづき)。

チャンネル登録者数が50万を超える大手VTuberグループの中心人物で、その発言力は絶大だ。


「は、はい! ごめんなさい!」


まひろが慌てて前へ出ると、周囲のメンバーが小さく笑みを交わす。一見すると和やかな空気に思えるが――。


「……。」


せいらの目には、詩月の背後にわずかに渦巻く紫の靄がはっきり映っていた。その気配はどこか異様で、まるで意図的に押し殺された悪意のように感じられる。


(これは……意図的に抑え込まれた悪意?)


「では、予め進行台本は配ってありますが、軽く今回の企画の説明をさせていただきますね」

詩月が自信たっぷりに声を響かせる。

「今回のテーマは『VTuberの本音トーク』です。普段は言えない愚痴や視聴者さんへの不満も、ここで包み隠さず話し合いましょう。何か質問はありますか?」


「……っ」

まひろがかすかに震える声で手を上げる。

「す、すみません。それって本当に大丈夫なんでしょうか……」


「大丈夫よ。ちゃんと編集が入るから、まずい発言はカットできるわ」

詩月が軽く笑ってみせる。

「それとも、犬槙さんは視聴者への不満なんて一切ないのかしら?」


「いえ、そうじゃなくて……」


まひろは困惑を隠せない表情だ。彼女の配信スタイルは、常に視聴者に真摯に向き合うこと。その信念を軸にしてきたからこそ、この空気にうまく馴染めないのだろう。


「では、リハーサルを始めましょう」

詩月の声がわずかに冷たさを帯びる。

「せっかくの機会なんですから、思う存分楽しみましょう?」


その瞬間、せいらには紫の靄が意味ありげにうごめくのがはっきり見えた。


(……罠?)


思わず駆け寄りそうになる衝動を、せいらは必死で堪える。

今はただ、見守ることしかできない。それが“親友として選んだ道”だから。


「では、ほかに何もなければ始めましょうか」

詩月の声がワールドに響き渡る。

「VTuberの本音トーク――配信の裏側について、たっぷりお話ししましょう」


まひろはわずかに体を強張らせながらも、ぎこちない笑顔を浮かべてうなずいた。

「は、はい! よろしくお願いします……!」


その姿を、せいらはバックドアの向こうから黙々と見つめることしかできなかった。


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