第2話
「この変身フォーム、バッチリ決まってるけど……どう戦えばいいの?」
呟きながら、せいらは目の前のモンスターを見据える。VR空間とはいえ、その存在感は明らかに"生きている"それだ。粘液質な体から紫色の靄を漂わせ、グロテスクな形で蠢いている。
その姿は、まるで人々の荒れ狂うコメントが実体化したかのようだった。表面に浮かぶ歪んだ文字列は、投げ捨てられた誹謗中傷の言葉そのもの。
「えーと、魔法少女だから必殺技とか、ビームとか出るはず……よね?」
右手を突き出してみたものの、何も起こらない。
配信では何度も「悪の魔法少女せいら」として架空の魔法を唱えていたが、それは全てお遊びだ。実際にどう戦えばいいのか、手掛かりすらない。
むしろ、せいらの戸惑いを察したかのように、モンスターが襲いかかってくる。
「きゃっ!」
とっさに横に転がり、間一髪攻撃を避ける。本来なら無理なはずの動きが、すんなりとできることに驚いた。体が軽い。そして何より、仮想空間での動きなのに、実際の身体感覚として捉えられる。
「体が、普段よりずっと敏感に反応する……!」
地面を蹴る感触、風を切る音、全てが鮮明に感じられる。これはもう単なるVR感覚ではない。現実と仮想が混ざり合った、新たな次元の戦いだ。
しかし、それだけでは足りなかった。次の攻撃がせいらの脇腹を掠め、鋭い痛みが走る。
この痛みも、まぎれもなく現実のものだった。
(やっば~い……運動音痴の私に、ホントの戦闘なんて……)
焦りが出てきた時、システムの声が響く。
「その力は貴女のもの。考えるのではなく、感じるんです」
その言葉で、ふと思い出す。配信で演じていた時の動き。数え切れないほど練習した、星鈴せいらとしての立ち振る舞い。毎晩、鏡の前で決めポーズを取って、「悪の魔法少女」を完璧に演じるために繰り返した動作。
(そうか……私の中の星鈴せいらは、ちゃんと戦い方を知っているんだ)
深く息を吸い、目を閉じる。
今までの演技の記憶が、実際の戦闘経験として体に蘇ってくる。
「なによ、この紫の靄……まるでネットの中の誰かの呪詛みたい」
冷たく言い放ちつつ、身体が自然と戦闘態勢を取る。配信中に何度も口にしていたセリフが、唇から自然と零れる。しかしそれは、もはや演技ではない。
モンスターの次の攻撃を、今度は意識的に受け流す。その勢いを利用して回転し、蹴りを放つ。決して洗練された動きじゃない。でも、体が覚えているんだ。星鈴せいらとして、何度も演じてきた動きを。
「はぁっ!」
連続した素人っぽい打撃の後、最後の一撃が決まる。拳がモンスターの核心部(コア)を貫いた瞬間、紫色の靄が霧散していく。
「はぁっ……はぁっ……」
膝をつきながら、荒い息を整える。体の疲労感は本物だ。それでも、確かな手応えがあった。何より不思議なのは、この戦いが"自然"に感じられたこと。まるで長年戦い続けてきたかのように。
「よくやりました」
システムの声が、穏やかに響く。
「これが貴女の力の始まり。まだ荒削りですが、確かな可能性を感じます」
せいらは自分の手を見つめる。
指先に残る星の粒子が、微かに煌めいている。
「もしかして……この痛みも、戦いも、全部現実なの?」
「その通りです。貴女は今、仮想と現実の境界に立っている。そして何より……」
星空の下、システムの光が揺らめく。
「貴女は演じることで、その闇の本質を理解している。だからこそ、この力を与えられたのです」
そう言えば、私の配信キャラクターは「悪堕ち系」。
善から悪への転落を演じることで人気を得てきた。
悪いものにもなれるし、悪いものの気持ちも考えられる。そういう意味では、確かに「闇」と対話するためのユニークな視点を持っているのかもしれない。
「これからどうすれば……」
「ネットの闇は、日々深くなっています。誹謗中傷、炎上、集団による制裁……それらは現実世界にまで影響を及ぼし始めている。その闇を浄化し、秩序を守ることが貴女の使命です」
(秩序を守る……か)
その言葉に、何か引っかかるものを感じながらも、せいらは静かに頷いた。
キラキラした正義の魔法少女ではなく、闇を理解する"悪堕ち系"の魔法少女、星鈴せいらが選ばれた理由が、少しだけ見えてきた気がする。
システムが提示する道はまっすぐで明快だった。けれど、その先に何が待ち受けているのか、まだ誰にも分からない。
まだ分からないことだらけだ。でも、これが悪堕ち系魔法少女“星鈴せいら”の新しい戦いの始まり。
演じてきたキャラクターが、今や紛れもない現実となって。
*
スマートフォンで設定したアラームが、遠くで鳴っている気がする。
「んぅ……もう朝?」
パステルに彩られた仮想の天井を見上げながら、ゆっくりと身体を起こす。着けっぱなしだったHMDを外し、代わり映えのしない薄暗い現実の部屋をぼんやりと見渡す。
アパートの小さな一室。カーテンの隙間から朝日が差し込み、配信機材が所狭しと並ぶ部屋を照らしている。
「あれは……夢?」
頭がまだもやもやとしている。昨晩の記憶――システムとの出会い、紫の靄の怪物との戦い――それらは確かに鮮明に残っているのに、どこか現実感が希薄だ。
起き上がろうと身体に力を入れた瞬間、脇腹に刺すような痛みが走った。
「あたたたた……って、あれ?」
恐る恐るパジャマ代わりのTシャツの裾をめくると、かすかに青あざが残っている。昨晩の戦いは、確かに現実だったのだ。
「あれが、本当に現実……」
虚と実の狭間で揺れる意識を整理しようとするが、アラームの音に急かされて慌てて準備を始める。
「うぅ……遅刻しそう……」
急いで制服に着替え、朝食代わりの(数日前にコンビニで買った)菓子パンを口に放り込む。校則では化粧禁止だが、くまを隠すためだけに少しだけファンデーションを塗る。
今朝は鏡を見るのが少し怖かった。もしかしたら、そこに映るのは「悪堕ち系魔法少女」の星鈴せいらかもしれない――そんな馬鹿げた不安が頭をよぎる。でも映っていたのは、睡眠不足の目をこすりながら急ぐ普通の女子高生の姿だった。
スマートフォンの通知が鳴り、慌てて確認する。
今夜の配信予定を楽しみにする声、新しいファンアートの投稿、そして……
(また、誰かへの批判の嵐か……)
タイムラインに流れる言葉の数々に、昨夜見た紫の靄の形が重なって見える。まるで言葉の一つ一つが、あの怪物の一部でもあるかのように。
「これ、本当は目に見えてるんだ……」
他のVTuberが炎上している様子を横目で見ながら、せいらは身震いした。もう単なる「ネットの悪意」として片付けられない。あの紫の靄は確かに実在し、誰かを傷つけ、時に破壊する。
ふと、脇腹の痛みが疼く。
(大丈夫、これは演技じゃない。私は本当に戦える……はず……?)
昨日までとは確実に違う日常。その現実を受け入れるには、もう少し時間が必要かもしれない。それでも学校には行かなければならない。高校2年生、女子高生としての責任だ。
制服の襟を整え、深呼吸をする。鏡の前で、配信でよくするポーズを一つ取ってみる。
「こんせいら〜🌟」
思わず笑みがこぼれる。そこには、いつもの星鈴せいらの表情と仕草。でも、今はもうそれは演技ではない。私の、紛れもない一部。
「よーし、今日も頑張るぞー!」
いつもの掛け声で自分を奮い立たせる。
高校生、VTuber、そして魔法少女。
この三つの顔を持つ少女の物語は、まだ始まったばかり。
鞄を手に取り、アパートのドアを開ける。外の世界は、いつもと変わらない朝の光に包まれている。だが、せいらの目には、通学路の端々に僅かな紫の靄が見え隠れしているような気がした。
(女子高生兼悪堕ち系魔法少女の戦いはすでに始まっているのだ……)
時計の針は、静かに時を刻んでいた。
◇
「はぁ~、やっとテスト週間終わった~」
下校時間、教室の窓際でクラスメイトたちが談笑している。彼女たちは青春を謳歌する高校生らしく、部活や恋バナで盛り上がっていた。せいらはぼんやりとその様子を眺めながら、教科書を鞄に片付けていく。
「今日も早く帰るの?」
隣の席の友人・美咲が尋ねる。
「あんたってば、部活にも入らないし、放課後もすぐ帰るよね」
「うん、バイトがあるからね」
それは嘘ではない。だが本当は、配信の準備もあれば、最近増えたシステムからの呼び出しもある。
「でも、たまには一緒に買い物とかカラオケとか行こうよ!」
せっかくテストも終わった事だしと鼻息も荒く美咲が誘ってくる。
美咲は本当に良い子だ。せいらが一人でいるのを見ると、必ず声をかけてくれる。
「ありがと。でも、また今度ね」
後ろ髪を引かれつつ軽く手を振り、せいらは教室を後にする。学校ではごく普通の、むしろちょっと地味な女子高生。誰も知らない、彼女のもう一つの顔。
歩きながら、スマートフォンのタイムラインをチェックする。
昼休みに見た時よりも、ある若手VTuberへの批判が激化していた。
文脈を無視された発言、切り取られた配信の一部、そして憶測と批判の嵐。
(来るかな……)
予感は的中した。下校途中、システムからの呼びかけが心に直接響く。
『魔法少女ID-S1192、出動を。有害な悪意の蓄積を確認』
「今から? でも今日は配信の予定が……」
『それより優先度の高い事態です。貴女のVTuber活動も大切ですが、執行者としての使命も忘れないでください』
せいらは一瞬迷った。人気を保つには定期的な配信が欠かせない。しかし今はもう、単なるVTuberではないのだ。
「……わかった」
人気のない公園のベンチに座り、せいらはスマートフォンを取り出す。配信予定を変更し、フォロワーへの謝罪文を投稿する。
『今日はちょっと体調悪くて、今夜の配信は延期にします。楽しみにしてくれていた人間さんたち、ごめんね🙏』
投稿を終え、足早に公園を出て帰路につく。もう家まではそう遠くない。
家のドアを閉めた途端システムの声が再び響く。
『準備はよろしいですか?』
せっかちなんだからと悪態を吐きつつ、せいらは充電してあったHMDを取り出し、深い息を吸う。今も誰かが傷ついている。紫の靄は今も、拡大を続けている。
「行くよ――」
HMDを装着し、ViRtualisへのログインを開始する。システムの案内に従い、通常のワールドとは異なる奥深くへと繋がるポータルを選択する。
光の帯が駆け抜け、せいらの視界が再構築される。そこは、炎上の渦中にある若手VTuberのプライベートワールド。配信は終わっているはずなのに、彼女のアバターは一人、端に座り込み、震えていた。
そして彼女を取り囲むように、濃密な紫の靄が渦巻いている。ネットの中の言葉の嵐が、ここでは実体を持ち、その少女を飲み込もうとしていた。
「執行開始します」
呟くと同時に、せいらのアバターが光に包まれる。そして再び現れた時、彼女は既に魔法少女の姿へと変化していた。各所に星をあしらった青と白のコスチューム。
靄から生まれた怪物は、前回よりも巨大で、より多くの怨嗟の言葉が表面に浮かんでいる。目を腫らした少女のVTuberは、それに気づいてはいないようだった。
せいらは静かに拳を構え、呪文を唱える。それは配信で何度も口にしてきた台詞。でも今は、それが真の力を持つ。
「闇を照らす星の光よ、我が元に集いて……フィジカルエンチャント!」
掲げた拳から放たれた星の粒子が、全身を包んでいく。
「いくぞっ!!」
一息にモンスターに接近し鋭く突き出された拳が紫の靄を切り裂いていく。怪物は悲鳴のような音を上げ、せいらに向かって触手を伸ばしてきた。
「まだよ!」
身体能力が大幅に強化されたせいらは、空中で回転し、次々と繰り出される触手を華麗に避ける。第一戦の時とは違い、動きにぎこちなさは少ない。まるで体が覚えているかのように、自然に動ける。
「このコンビネーションが躱せるかしらっ?」
配信で「連携技」として披露していた連続するパンチとキックの組み合わせが、今は実際の攻撃となって怪物の中心部を捉える。拳から微かに輝く星の光が触れるたび、紫の靄が消えていくようだった。
強烈な連続攻撃の末、怪物の姿は次第に縮小していく。泣いていた少女のVTuberは何も気づいていないが、その表情はわずかに和らいだように見えた。
(今こうして、私は戦ってる……)
完全に浄化を終えたとき、せいらは不思議な充実感に包まれていた。演じるだけだった「悪堕ち系魔法少女」が、今は確かに誰かを守るために戦っている。
「どこかで読んだ物語のような、不思議な日々――」
せいらは呟きながら、静かにこのワールドを後にした。
次の戦いの準備のために。そして次の配信の準備のために。
高校生、VTuber、そして魔法少女。
三つの人格(キャラクター)を持つ少女の物語は、まだ始まったばかり。
(第一章 - 覚醒 終)
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