第10話 そして、カチコミへ

「これ、明らかに不審者やろ」


 夜の街で、誰にともなくツッコむ。その言葉通り、ラブホ街で俺は買春に励むオッサンに変装していた。ぶかぶかのスーツに、趣味の悪い柄のネクタイ。謎の山高帽子に付けヒゲ。体だけはでかいから身長は大人と遜色ないだろうが、それ以外が怪し過ぎる。


「ハンドルネームは足長紳士にしておいたから」


 大葉先生のメッセージを見直す。足長おじさんを安易にもじっただけのハンドルネーム。もうちょっと無かったのかと思うけど、たしかに「音速の貴公子」とか付けるとそれはそれで違う意味になってしまうなとも思う。


 いや、そんなことはいい。俺はさっきからずっと待っている。ターゲットと実際のやり取りをしているのは先生だが、何かあったのだろうか。約束の時間が過ぎても女子の誰かは来ない。


 もしかして、ガセネタでもつかまされたんじゃないか。となると、俺は間抜けにも変装までして絶対に来ない女子生徒を待っているアホになってしまう。嫌だ。そんな間抜けな終わり方はしたくない。


 そう思った頃に「足長紳士さんですか?」と声を掛けられたので、わざとジジイみたいな声で「そうだ。私が足長紳士だ」と言った。自分でやっておいて、不審者爆発だと思った。


「意外に若いんですね」


 そう感心した女子の顔を見ると、たしかに俺の知っている女子生徒だった。おハニーという名前でコンタクトを取ってきたのは、八木坂みのんという名前の女子生徒だった。


 見た目はそこそこいいが、知らないところでパパ活をやっていると言われてもそこまでショックを受けるタイプの女子じゃない。要はいかにも軽薄そうなのだ。こいつがパパ活をやっているというのであれば合点がいく。彼女の知らないところで、失礼な分析を全開にする。


「君がおハニーさんとやらか」


 一度やりかけたジジイの演技を続ける。腐っても俺の始めた物語だ。


「そうです。ホ別5って本当ですか」

「ああ、本当だ。それじゃあ行こうか」


 そう言ってボロを出さないうちにラブホへと足を踏み入れる。俺たちの入ったラブホは完全に無人で受付をするタイプで、他者に顔は見られないシステムだった。たしかにお互い顔は見られない方がいいだろう。


 受付の端末を見たはいいが、正直どうやって操作するのか分からなくなった。牛丼屋の端末の使い方が分からないという理由で老人が暴れた気持ちが少し分かった気がした。


 迷っていると八木坂みのんが「この部屋でいいです」と言って一番安い部屋を選んだ。フフンという顔をするので、「年を喰うと機械の操作も分からなくなってね」と言い訳をした。本当のところは童貞だからラブホもロクに使ったことがないだけの話だが。


 部屋へ入ると「じゃあ先にお金を下さい」と言うので、先に用意していた経費5万円を渡す。八木坂の目が嬉しさに輝く。相場よりも高くしたから、もしかしたら不審がられていたのかもしれない。


「先にシャワーを浴びて来てくれ」

「一緒に入らなくていいんですか? もしかしたら、おじさんがシャワーを浴びている間に逃げちゃうかもしれませんよ?」


 八木坂がイタズラっぽく笑う。半分ぐらいは本音なのかもしれない。逃げられたらこちらも「金を払ったのにJCがヤらずに逃げやがった」と警察に通報するわけにもいかないからな。


「大丈夫だ、そうはならないさ」


 俺がそう言うと、八木坂は少しだけ怪訝な顔をしてシャワーへ行った。


「マル対、シャワーに行きました」


 LINEで先生を呼び出す。一度マル対と言ってみたかった。文章だけど。


 間抜けな八木坂がシャワーを浴びている間に、遅れてラブホへ先生が到着した。音を立てずに部屋へと招き入れると、「特別指導」の準備に入った。


 八木坂がシャワーを終えて出て来る。俺は変装を解き、ベッドに腰かけて待ち構えた。


「お待たせーって、は? アンドリュー? なんでいるの?」

「ちょっとお前に訊きたいことがあってな」

「訊きたい、こと……?」


 八木坂は俺の意図が理解出来ず、首を傾げた。


「あなたにパパ活を指示した男を教えてほしくてね」


 彼女の背後に立っていた大葉先生が声を掛けると、八木坂は「ひいっ!」と恐怖の声を上げた。これから彼女はそれなりに怖い目に遭うこととなる。


「え? ちょっと待って。どういうこと? あたし、もしかしてハメられたの?」

「安心して。ちゃんと情報をくれれば、あなたに危害は与えないわ」


 先生がそう諭すが、その言い方は「ちゃんと話さなければ容赦しない」と言っているようにも取れた。まあ、彼女の性格を考えたらそうなんだろうが。


「教えて頂戴。あなたは誰かから売春を指示されている。そうして、パパ活と称した売春でお金を得て、それを鵜飼のように吸い上げられている。さっき嬉しそうだったのは、いくらかが自分の懐に残るからでしょう?」


 先生がそう言うと、さっきまでおバカキャラ全開だった八木坂の目にみるみる涙が溜まっていく。


「あたし、あたし……」


 ふいに八木坂が突っ伏して泣き出した。逮捕に怯えていた万引き班が捕まって逆に安堵するような、不思議な光景だった。


「大丈夫。私たちは味方よ」


 大葉先生は八木坂を抱きしめる。彼女を落ち着かせて、話を聞くことにした。


 八木坂の話を要約すると次のようだった。


 彼女は地元の半グレ集団、通称オーバーキルに弱みを握られていた。ゴロ中こと五六月中学には見た目が上玉でもIQはニワトリレベルの扱いやすい女子生徒がたくさん在籍していた。オーバーキルの連中はそこに目をつけた。


 比較的イケメンの構成員がカッコいいワルの匂いを漂わせて、八木坂のような顔だけ良くてあとは救いがたいレベルのバカをそそのかし、ラブホで彼女たちを抱きまくった。


 その様子は密かに動画で撮影されており、「動画をバラ撒かれたくなければ言うことを聞け」と管理売春の手駒にされ、名目上は自主的なパパ活として稼いだ金をオーバーキルに吸い上げられていた。


 隠れロリコンにJCの需要は高く、場合によっては高級ソープ並みの料金で買われる生徒もいたという。今回の八木坂は自分もその上玉の領域へと上がったと勘違いし、ぬか喜びしたことから危機管理が甘くなったようだ。


「それで、そいつらはどこにいるの?」


 大葉先生が訊く。八木坂は過去にオーバーキルの住んでいる家へ行ったことがあり、そこの住所情報を提供してきた。本当に追い詰められた時のために取っておいた情報らしかった。


「有名な高級住宅街じゃない。社会のゴミのくせに、生意気ね」


 先生が目を吊り上げながら笑う。ヤンキーのような笑い方なので、この人も昔色々とあったのかもしれない。


「でもどうするんですか? これから警察にでも駆け込みます?」

「バカじゃないの、あなたは?」


 ふいに大葉先生が邪悪な微笑みを浮かべる。その笑顔を見た時、俺は心からゾッとした。


「そんなの、カチコミでけりをつけるに決まっているじゃない」


 えっ……。


「あいつらは罰を受けるべきなの。司法によって裁かれるのではあまりにもぬる過ぎるわ。二度とそのような悪事に手を染めないよう、私たちが直接天誅を下してやるの」

「あの、先生……?」


 突然姿を現した先生のヤバい人格に、俺は理解が追い付かない。


「ありがとう。もう怖い思いをすることはないわよ」

「先生、あの……聞いてます?」

「それじゃあ行くわよ」


 そう言って先生が立ち上がる。


「あの、行くってまさか」

「下らないことを訊くのね。これからカチコミに行くに決まっているじゃない」

「いや、いくらなんでも二人で何人もの半グレを相手にするのは」

「問題はないわ。善は急げって言うでしょ」


 いや、だから善じゃねえだろ。


 俺たちのやろうとしていることは、まぎれもない違法行為だ。


 ――この教師、ヤバすぎる。


 数日前まで、手の付けられない不良だった俺の脳裏にそんな言葉がよぎる。やはり、スケールの違う極悪人が出て来ると、ちょっとぐらい悪い人は善良に変わってしまうものなのだろうか。


 って、問題はそんなことじゃない。俺たちはこれから半グレのアジトにカチコミをかけることになる。


 いや、マジで大丈夫か。喧嘩慣れしているであろう凶悪な半グレとたった二人闘って、無事で済むとは思えない。普通に考えたら返り討ちに遭う。


 だが、当の大葉先生はまるで意に介さない。


「安藤君、今すぐに仲間を集めなさい」


 報復に燃える先生はもはやアンストッパブルだった。何をやったって止めらんねえ。なんて夜だ。


 だが、もう覚悟を決めるしかない。


 これから命懸けの闘いが始まる。


 ――不良中学生と女教師 VS ガチの半グレたち。


 どう考えても分が悪いようにしか思えない対決だが、命が惜しければ少しでも仲間を集めるしかない。とにかく、パイプ役の裏切り者が不良仲間にいなくて良かった。


 俺は「半グレと喧嘩が決まったから集まれ。理由は訊くな」とだけ送った。すぐさまスタンプで了解の旨を伝えるメッセージが届いてくる。軽いな。こいつら本当に来るのか。


「ちゃんと武器を持って来いよ」


 それも付け足すと、俺たちはラブホを後にした。


 これから凶悪な半グレとの闘いが始まる。場合によっては命も危ぶまれる展開にはなるが、俺は逃げない。

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