第4話 インターネットの探検家

朽ちた無数の人形が吊るされた奇怪な島といえばどこ?


インターネットの広大な海からこのサイトを見つけ出すような方ならば、きっとすぐにその答えがわかるだろう。


メキシコシティ南部ソチミルコの「人形島」。


この島にはこんな逸話がある。

そこに住んでいたのは、溺死した女の子の霊に悩まされる一人の男、サンタナ。彼は少女を供養するため、あるいは自分の身を護るために、川を流れてくる人形を用いて独自の祭壇を作りあげた。しかしその懸命な営みを嘲笑うかのごとく、彼は少女が溺れ死んだ場所と同じところで溺死。あとには自然の力よっておぞましく変貌していく夥しい数の人形だけが残った……。


それくらい知ってる。そんな声が聞こえてきそうだ。

だが物知りのあなたでも知り得ないことがこの世界には溢れており……


日本は■■県■■■市■■■■■にある「人形ごみの家」も、きっとその一つだろう。



「人形ごみの家」。オカルトマニアの興味をそそるこの素敵な名前は地元住民の間での通称である。

周りの家々と比べて二世代は古く二倍は大きい、屋敷と呼べそうな家屋。その周縁にある広い庭は五つのごみ山で埋められている。

ごみ山を構成しているのはすべて人形だ。五体満足なものもあれば、頭、目玉、胸、胴体、足、腕、服、靴、アクセサリーなど細々分解されているもの、判別できないほどに打ち壊されているもの、朽ち腐っているものなどがある。その種類も、子供用の着せ替え人形やソフビ人形から大人用の愛玩人形、日本人形に西洋人形、高価そうなドールに食玩のおまけのような指人形など種々雑多。ぱっと見ただけでも500体分は優に超えていそうだ。


筆者はストリートビューで■■■の有名な霊山を起点に麓の住宅地を散策していたときにこの家を見つけた。人形島の人形たちと違ってこの家の人形は飾られているわけではないから、初見ではそれと気づかなかった。

「なんでこんな住宅地のど真ん中にゴミ処理場があるんだ?」

そう思ってズームして、、ようやくそれらが人形であることに気づいた。

この場所の恐ろしさはそこにあると思っている。


見つけた者は、見つかった者でもある。

それが人形だと気づいた瞬間目の前に映っているのは、自分を発見している人形なのだ。


面白い。

そう思った筆者はその製作者に、つまりこの家の主に会ってみたくなった。一体どんな意図でこの人形ごみの山を築いたのか知りたくてたまらなくなったのだ。すぐに地図でルートを確認し、新幹線の予約を取り、週末になったらさっそく現地へと赴いた。

■■駅を下りたら徒歩で35分。その家に到着する。


結論からいうと、家主には会えなかった。


中に誰かが住んでいたことは間違いない。郵便ポストには溢れてはいるものの郵便物が届いていたし、大っぴらに言えた事ではないが、メーター類も確認した。二階の曇った窓に女性のような影が手をついたのも見た。在宅ではあったのだ。


となると取り合ってくれなかった理由は、筆者の身なりがよっぽど怪しかったか、家主に出てこれない事情があるかの二つに一つ。

後者の可能性を信じて近隣住民や地元の小中学生たち、駆けつけてくださった先生方やお巡りさんたちにも聞き込みを行った。

結果わかったことはわずかであるが、以下に箇条書きにしてまとめてみる。


・まずこの家に住んでいるのがどんな人か、地元民もよく知らない。

→人が出入りする姿を誰も見ていない。はす向かいや西側の隣家の住人は姿や声を見聞きしているが、曇り窓越しでわからなかったり、老若男女どれともとれる曖昧な声だったりするのだとか。


・なぜ大量の人形が捨てられているのか、これもわからない。

→噂は色々ある。人形が好きだけどすぐ飽きる説、人形を作るのは好きだけど飾るのが怖い説、人形供養のお寺が不法投棄してる説など。どれも憶測の域を出ない。ちなみに増える一方ではなく、増えたり減ったりしている、場所やポーズも変わっていたりするらしい。


・いつからごみ山になっているのか、わからない。

→この家の周辺に継続して住んでいる家族がほとんどいない。「階段前」と呼ばれるその路地で最も長く住んでいるA家ですらまだ越してきて三年。しかももうすぐ引っ越し予定(取材中に家の奥から女の子の叫び声が聞こえてきた。邪推ではあるが、精神疾患を治療できる大病院の近くへ越すのだろう)。

→お巡りさんや学校の先生方の間でも代々「そういうもの」として認識されてきたという。歴史は長そうだ。


・調査に来た人や通報した人はいなかったのか、いなかった。

→地元民の間ではなるべく関わらないのが暗黙の了解。調べようとはるばるやって来た奇特な人間は筆者が初めてだそう。そして通報については、不気味だしそれなりの悪臭がするが、通報を入れるほどかと言われるとそうでもないし、怖いことが起こっても嫌だからとのこと。孤独死を疑った人が自治体の職員と足を運んだことがあったが、「全員二度と足を運べなくなった」なんて話もあるらしい。


……以上、まとめるとつまり。

なにもわからない。


怖い噂や奇妙な傾向はあるものの、誰が住んでいるのか、なぜ人形の山があるのか、確かなことは何一つわからなかった。

地元住民は家の外観からわかることを根拠にそれぞれ多様な憶測を展開していたが、妄想して楽しむ程度が関の山。噂話という安全圏を出てこっちへおいで自らの説の是非を確かめようとはしないらしい。

それは確かに賢い選択なのだろう。筆者とてこの調査に人生を賭けれられるかと言われれば正直難しい。


しかし、だ。

ソチミルコの人形島には「溺死した少女の霊に憑かれ人形を祀るも同じように死んだ男」という物語があった。この場所、我々が住む日本という国のどこにでもある田舎の住宅地にもそういった、心を惹きつける怪しい物語があるかもしれない。そのロマンをどうにも諦めることができない。


筆者は次のゴールデンウィークを利用して近くの民宿に滞在し、徹底調査を行うつもりだ。

ここまで読んでくれたインターネット探検家の同志におかれましては、続報を期待いただければ幸いである。


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