三章 流星(5)

 翌日は雨が降ったりやんだりを繰り返していた。夜になっても星は見えないのではないか、と竹丸は不安になった。


 夜になり、雨はやんだ。寄り合い所に集まってきた村人たちは、竹丸を取り囲んで空を見上げていた。


「で、いつどこに星が降るって?」

「ま、まだ夜になったばかりだ」


 夜が更けていく。月が位置を変えていき、星が輝くが、星は降って来ない。集まっている村人たちは、近くにいる者同士で頷き合い、結論を出そうとしていた。


「さて、村に貢献する気がない一家がやっといなくなるのか」

「達者でやれよ」

「ま、待ってくれ! まだ夜は――」

「うるせえ! てめえの一家には迷惑してるんだ」

「それともなんだ? 自分から言い出した約束を守れねえとか――」

「――あ」


 竹丸の視線の先を追うように村人たちが空を仰ぐと、いくつもの星が流れていくのが見えた。寄り合い所で竹丸と対話していた大男も、目を丸くしていた。


「わあ……」


 竹丸は感嘆の声をこぼした。巫女の提案を頭から信じていたわけではなかった。藁にもすがる思いだった。


 だがいま、夜空に星が流れている。まるでそれは奇跡のような光景で、自分のような者にも三廻部村の神が味方してくれたのではないかと信じたくなるような――。


 直後、どん、と神社がある森のほうから音がした。それと同時に、地面が揺れたかのような衝撃が来た。


 静寂の後、村人たちは顔を見合わせた。


「まさか、神社に落ちたんじゃ……」

「神の祟りが……」


 山に星が落ちたときは他人事だと思っていた村人たちから、どよめきが上がる。

 しかし確かに星は降って来た。巫女のお告げ通りに。竹丸は、賭けに勝ったのだ。




 翌日、神社を囲む森に行くと、大穴が開いていた。土砂崩れほどの被害ではないが、そこにあった太い木が倒れている。


「神社に落ちなくてよかった……」

「村に落ちていたらどうなっていたか」

「……今回の星が降って来ることは、雀部の子供が言い出したことだったな?」


 話を振られ、森の様子を見に行くのに同行していた竹丸は、慌てて首を左右に振った。


「あ、いや……この近くの神社の巫女さんが言ってたんだ」

「この森の神社に巫女はいないはずだが?」

「神に嫁いだ娘ならいるがな」

「じゃあ、あのとき会ったのは……」


 先日のことを思い返し、竹丸は息を呑んだ。神に見初められ、春になったばかりの頃に神に嫁いだという娘の話は、村人と付き合いが浅い竹丸でも噂に聞いていた。あの娘が、そうだったというのか。


「と、とにかく。予想は当たったんだ。土砂をどかすのを手伝ってくれ」

「ちっ、しょうがねえな」


 仕方がないとばかりに、大男がそう応じた。

 竹丸は村人たちの前に出て、頭を下げた。


「それから――これまでのことは、親に代わって謝る。すまなかった」

「お、おう」

「俺はこの村でやっていきたい。村の一員だと、認めて欲しい」


 村人たちはざわめいた。あの親の子供だぞ。いつ考えを変えるかわかったものじゃない。だが、そうした意見を無視して、大男は素っ気ない調子で言った。


「お前のこれからの態度で、考えてやるよ」




「まったく……神社に当たっていたらどうなっていたことか」


 神社では、鳥居の前まで来た睡蓮が、境内の外に見える森のほうに視線をやりながら額に青筋を立てていた。一緒に様子を見に来たひよりは、身をすくませるしかなかった。


 昨日の夜、商人の子供に話した作戦を実行に移した。


 流星の化身である犬は、ひよりが頼んだら承諾するように鳴き声を上げ、大きく膨らんだかのように全身を光らせて、空へと駆け上がった。そして村の上空に星を降らせたのだった。計算外だったのは、神社を囲む森に星が落ちたことだろうか。


「すみません……こんな近辺に落ちるとは思わなくて」

「貴方ではなく、そこの犬に反省してもらいたいのですが」


 睡蓮に鋭い視線を向けられ、犬はきゅうん、と鳴き声を上げる。


「柄須賀山の惨状に比べたら、大したことはありませんよ」

「下手をしたら、山が抉れるほどの惨状になっていたかもしれないということですね」


 取りなそうとしたら、かえって墓穴を掘ったかもしれない。


「そもそも星が降って来て山道に被害が出たというのに、よく再び星を降らせようなどと思ったものですね」


 これは説教が続く流れだろうか。こういうときは適当に受け流しておくに限る、とひよりは睡蓮に背を向けて犬に向き合った。


「とにかく、協力してくれてありがとうございました。怪我も治ったことですし……お別れですね」


 ひよりは膝を折って犬と視線を合わせた。つぶらな瞳と見つめ合う。犬を保護してからの出来事が頭に浮かんでは消えた。


 餌を差し出したら食べてくれるようになった。足の怪我が治ってきてからは、一緒に境内を散歩した。毛並みがよく、触り心地は最高だった。このまま抱きしめて、離したくなかった。


 犬のほうに手を伸ばしたくなるのを必死に堪えていると、常葉から声がかかった。


「あの山の神なら、元々山にいた妖怪でもないのに山に帰されても困る、と言っていたな」

「でも、怪我が治るまでという約束でここに置いていたので……」


 背後から咳払いの音が聞こえ、ひよりは振り返った。


「貴方が責任を持って世話をするというなら、ここに置いてもいいですよ」

「本当ですか!?」

「神社に住むのなら、常葉様の神使になっていただきますが」


 犬を抱え上げ、ひよりは常葉に向き直って頭を下げた。


「お願いします。この子を召し抱えてください!」

「いいだろう」


 神使にする契約を交わす際、常葉はひよりに問いかけた。


「それで、この犬はなんという名だ?」

「え、ええと……」


 山の神が言っていた、名前にまつわる話が思い出された。名前は呪。存在を定義するもの。


 だがそうしたことを意識せずとも、人は古来より、自分の子供や飼っている動物に名前をつけてきた。幸せになって欲しい、これからも傍にいて欲しいと、祈りや願いを込めて。


 天を翔ける流星である犬は、天翔てんしょうと名付けられた。

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