第15話 再び

「さてと、こんなもんかな……」


N.T の騒動が落ち着いて数日。

俺は週末、ひとりで隣町に来ていた。


櫻井さんから「古い知り合いの的場さんに書類を届けてきてくれ」と頼まれたからだ。

郵送でよくないか?と思ったが「直接頼みたいんだ」と言われれば、断れるはずもない。


体調を崩している葉月の代わりに俺が行くことになったのだが——

的場さんは豪快で気のいい老人で、到着した瞬間から大歓迎され、そのまま延々とお茶と昔話に付き合わされ……つい先ほどようやく解放されたところだ。


(相変わらず、ああいうタイプの扱いだけは分からん……)


苦笑しつつ、知らない街をひとり歩く。

普段は葉月のことを優先してばかりだったから、こうして好きに歩くのは少し新鮮でもある。


道なりに歩いているうち、商店街の姿は消え、荒れた住宅街へと変わっていった。

今ではほとんどの店が倒産し、人もまばら——空き家ばかりが目につく。


(……何もなさそうだし、戻るか)


そう思った矢先だった。


すれ違った人物のフードがふわりと揺れ、左頬に走る細い刃傷がちらりと見えた。

そして——伏し目がちの視線。どこかで見た顔。


(あの傷……この雰囲気……まさか——)


確信が喉の奥を熱くした。


俺は反射的にその少年を追い、前に回り込むと、無言でフードを払った。


「っうわ!? なにすんだよ!」


露わになった顔は、予想通りだった。


「……やっぱり、お前か」


「げっ!! 東雲!? なんでここに……!」


目が合った瞬間、燐は露骨に顔を歪めた。

そして踵を返して逃げようとする。俺はとっさに腕を掴んだ。


「待て。聞きたいことがある」


「誰が待つかよ!」


暴れたが、俺の言葉の次の一言で足を止めた。


「話すだけなら——今回は見逃す」


燐の動きが止まる。

明らかに納得してはいないが、逃げ切れないと判断したのだろう。

あたりが開けていて人目もある。ここでは落ち着いて話せない。


俺たちはそのまま近くの高台の公園へ移動した。


 

          ◇ ◇ ◇


 

ベンチに腰を下ろした燐は、足をぶらつかせながら不機嫌そうに吐き捨てる。


「……で、何だよ話って」


俺は少し距離を空けて隣に腰かけ、息を整えた。

心臓がまだ妙に重い。


資料室で見た記録——

『相咲 燐/強盗殺人事件』

そこに書かれていた名前以外は結びつきがないが、事件発生時点の年齢からするとちょうど目の前の燐と同い年だろう。


本当は、別人であってほしかった。


「……資料室で、強盗殺人事件の記録を見た。

 『相咲 燐』って名前だった。……あれって、お前なのか?」


気まずくて、視線を合わせられない。

けれど、一度だけ恐る恐る視線を上げたとき、燐の表情は——意外にも、驚きと、それに続くわずかな諦めの色を宿していた。


「……そーだよ」


小さく噛みしめるような声だった。


「……そう、か。大変だったんだな、お前も。

 その……犯人は、捕まったのか?」


「捕まったよ」


「それなら——よかっ——」


「……でも、起訴もされずに釈放された。“証拠不十分”ってな」


胸がひやりとした。


「証拠……不十分? そんなはず——」


「わかんねぇよな。でもさ——

 “全部なかったことにされた”んだよ」


燐はゆっくり、こちらに目を向けた。


その表情は笑っているようにも、泣いているようにも見えた。


「俺が生きて証言しても——…意味なんか、なかった」


さあっと背中が冷たくなる。


燐は淡々と言葉を紡ぎながら、それでも呟く声はどこか震えていた。


「正義は万能じゃねぇ。

 あいつらの都合が良けりゃ、人ひとりの人生なんて簡単に潰れる」


「……なんで……一体何があったんだ?」


自分でも驚くほど弱い声が漏れた。


燐は一瞬だけ、遠い日の何かを見るように空を見上げ——

そして静かに、俺へ視線を戻した。


「……話してやるよ」


風が止まったように感じた。


「——あれは、3歳の俺の誕生日だった」

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