第4話 例のやつら

「ゆず……っ!! ダメ……っ、ダメ!!」


(これは……葉月の声、か?)


 けれど、いつもの穏やかな葉月とは違う。

 まるで何かから必死に守ろうとしているみたいに、震えた声で、何度も俺の名前を呼んでいる。

(いったい……なに、が――)


「……ず。……ゆーず。ゆずー! 遅刻するよー?」


 夢と現実の境目みたいなところで、同じ声がもう一度響いた。

 そこでようやく、重かったまぶたをゆっくり持ち上げる。


「んー……なんだ、朝か。びっくりさせないでよ……」


 視界がはっきりすると、少し奥のキッチンで朝ごはんを用意している葉月の背中が見えた。


「えー? もしかして、こわい夢でも見たの?」


「まぁ、ね」


「へえ、どんな夢だったの?」


「え……?」


(どんな……だっけ)

 さっきまで胸の真ん中にひっかかっていたはずなのに、目を覚ました瞬間、内容はきれいさっぱり抜け落ちていた。

 でも、「忘れた」という感覚と同時に、喉の奥に小骨が刺さってるみたいな違和感だけは、まだ残っている。

 そのもやもやごと振り払うみたいに、話題を変えた。


「んー、忘れた! それよか急ご。遅刻するぞ」


「あっ、そうだった!もー、ゆずが話ごまかすから~!」


(え、今のって俺が悪いのか……?)

 理不尽に怒られた気がして、心の中だけでツッコむ。

 とりあえず、俺も制服に着替えて登校の準備を始めた。


 ――ちなみに俺と葉月は、櫻井さんが手配してくれた“警察寮”と呼ばれる部屋で一緒に暮らしている。


「もー……せっかくの朝ごはん、冷めちゃったよ~」


 ぷりぷり文句を言いながら席につく葉月。

 テーブルの上に並んでいるのは、冷やし中華だった。

(いや、それは冷めてて正解のやつだろ)

 心の中だけでツッコんで、箸を取る。


「結局、昨日はなんも情報集まらなかったな」


「うん。確かってわけじゃないから櫻井さんにもまだ報告してないんだけど……それでも、今わかってることだけでも伝えたほうがいいのかなぁ?」


 キッチン越しに聞こえてきた葉月の声は、少しだけ悩ましげだった。


「いや、それでいいさ。不確かな情報流したら、かえって捜査が混乱するだろ」


「……そっか。そうだね! よーし!! 今日もがんばらなくちゃ!! ほらゆず、行こー!」


「おー」


 葉月はすぐに声のトーンを一段階上げて、自分で自分に気合を入れる。


 そんな調子で、俺たちは二人、足早に学校へ向かった。


      ◇ ◇ ◇


 ――ガラッ。


 いつも通りの、ちょっと古臭い教室の扉を開けた瞬間、空気の違いに気づいた。


(……なんだ、この感じ)


 ざわざわというより、ひそひそ。


 クラスのあちこちで、小声が飛び交っている。


『ねぇねぇ、聞いた? 例のあの噂!』


『あー、知ってる知ってる。ついに――』


「おー、柚紀に葉月ちゃん」


「はよ、歩」


「おはよう、歩くん」


 教室に入った俺たちを見つけて、歩がすぐ駆け寄ってくる。


「まぁまぁ、そんなありきたりな挨拶は置いといてだ。大ニュースだぜ!!」


「は? 大ニュース?」


「? なぁに?」


「ついに、俺たちの学校にも“例のやつら”がよ!!」


 怪訝そうに歩を見る俺の隣で、葉月もきれいな疑問符を頭上に浮かべる。


(まったく……こいつは朝っぱらから何言って――)


 そこで、昨日から頭にひっかかっていた言葉たちがつながった。


 “噂”、“特別な力”、“例のやつら”。


(まさか……)


 無言のまま答えを求めるように顔を上げると、目が合った歩の口元が意味ありげにゆがんだ。


「ああ、“例の噂の”――“あいつら”だよ」


「まさか。だってそいつら、神出鬼没なんだろ?」


「ああ、そうだよ?」


 俺の率直な疑問に、歩は当たり前みたいな顔でうなずく。


「そんなやつらが……一体、何したんだ?」


「それがさ。今朝、吹奏楽部が朝練で音楽室に行ったら――」


「荒らされてたのよ。それも、窓ガラスが粉々に割られて、ね」


「うぉっ!?」


 歩の後ろから、ひょいっと捺が現れて話を引き継ぐ。


 後ろから声をかけられた歩は肩をビクッとさせるが、俺たちは特に驚きもせず、いつも通り挨拶を返した。


「おう。はよ、捺」


「おはよ、なっちゃん」


「おはよう、柚紀くん、葉月」


「って! お前ら、人の話を聞けーっ!!」


「あぁ、ごめんごめん。それでなんだっけ、捺?」


「こら柚紀! 俺の前フリ、完全スルーかよ!?」


 横で歩が何か言ってる気もするが、とりあえず聞こえなかったことにする。


「でね、今朝来た警察の人が言うには、犯行が行われたのは“たぶん昨日のうち”だろうって」


「ふーん? でもまぁ、そう考えるのが自然だよな。朝は一般の生徒より野球部の方が先に校内うろついてるし」


 この学校は、生徒のイタズラや不法侵入を防ぐために、校門が開くのは朝七時以降と決まっている。


 門の鍵は校長が管理していて、それ以前は校舎に誰も入れない。


 開錠後から登校時間までは、防犯カメラと巡回で先生たちが交代で見張っている。


 だから、朝以降にド派手な犯行をしようものなら、即・御用コースだ。


 自然に考えれば、一番可能性が高いのは――


「犯行は、昨日の夜。みんなが帰ったあと、か」


「でも、野球部って二十一時過ぎまで練習してんだろ? その時はなんともなかったのか?」


「ああ。昨日は二十一時半くらいまで部室いたけど、なんともなかったぜ」


(そんな時間までいたのかよ……なにやってんだか、こいつは)


 何気なく聞いた答えに、思わず小さくため息が漏れる。


「でもじゃあ、犯行はそのあとってこと? たかがイタズラのために、そんな遅い時間にわざわざ学校来るとか。はぁ……俺にはわかんないね」


「だから言ってんだろ? “ついに動き出した”って。今、学年中この噂で持ちきりだぜ。

 たぶん今、“あいつら”の噂知らないやつ、この学校に一人もいねぇぞ」


(例の“やつら”、ねぇ……)


 歩が楽しそうに言ったその言葉が、胸の中で重く沈む。


 ちょうどそのとき、教室の扉が開いて、担任が入ってきた。


「はーいはーい、みんな席に着きなさーい!」


「「「はーい」」」


 あちこちから、ゆるい返事が返る。


「じゃ、出席とるぞー。矢野……水宮……」


 よくある朝の風景。いつもの出席確認。

 だけど、俺の頭の中は、さっきからそこにはいなかった。


(“やつらが動き出した”、か…まあ、どうせただの、イタズラ好きの集団――)


 そう“決めつけよう”として、

 俺は窓の外に視線をそらした。


 それが、本当にただのイタズラで済む話ならよかったのにな、と思いながら。

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