第18話 なんとか解決?
その日、私は仕事で他社に向かっていた。
スマホを見て、約束の時間には余裕で間に合いそうなのを確認し一人頷く。気合を入れ、地面を踏みしめて歩いていた。
今日、この日のためにここ最近は忙しくしていたのだ。
何とか契約を取ろうと意気込み、上司と相談しながら毎日頭を抱えて頑張った。その甲斐あってか、先方はいい反応を見せてくれている。今日、直接会ってもう一度話し、一気に決めるつもりでいた。
「よーし、気合が入るなあ」
会社を出る前に何度も持ち物は確認したし、内容もしっかり頭に入っている。もうこれ以上ないというくらいの状態で挑んできているのだ、失敗は許されない。
歩いているとようやく目的の場所が目に入った。一度立ち止まり、最後に身だしなみのチェックだけしておく。この仕事を始めてだいぶ経つけれど、いまだにこういうときの緊張感は慣れないなあ、なんて。
「がんばろ」
自分に言い聞かせるように呟き足を踏み出した時、なんとなく持っているカバンが気になった。理由なんてない、ただもう一度その中身を見てみようと思ったのだ。
とはいえ、会社から出るときにさんざん忘れ物がないか確認は済ませてある。元々心配性で、催涙スプレーや裁縫セットを持ち歩く性分なので、忘れ物などほとんどしたことがない。
それでもなぜか、まるで何かに呼ばれるようにカバンの中を覗いてみた。
「……え」
息が一瞬止まる。
間違いなく入れたはずの書類が、ない。
「……嘘でしょ? だって、あれだけ確認したのに?」
そんなはずはなかった。私はしっかりカバンの中に入っているのを確認したし、その後出してもいない。なのになぜ消えているのだ。
いや、今はなぜないのか、なんてことは後回しでいい。
「……大丈夫、予備のためにもう一部……」
さあっと血の気が引いた。汚したり何かトラブルがあったときのために、書類は予備を用意しておくようにしているのだが、それすら入っていないことに気づいて絶句する。
「う、噓、なんで!?」
もう一度カバンの中を覗き込んで必死になって探してみるが、やはり出てこない。忽然と重要な書類たちは姿を消してしまったのだ。
呆然とし、立ち尽くす。
今から取りに戻っても間に合うはずなんかない。会社に連絡して持ってきてもらっても……間に合わない。約束の時間はすぐだし、どうしようもない。
「どうしよう……と、とりあえず事情を説明して……いやでも」
混乱しながら呟くが、こんな失敗初めてのことで上手く頭が回らない。これほど大事な時期に重要な書類を忘れてくるなんて、向こうから見たらやる気がないと思われるかもしれない。表面上は笑顔で対応してくれるかもしれないが、心の中ではどう思われるかわからない。
こんなに頑張ってきたのに、全て台無しになってしまったら――
絶句して立ち尽くしていると、突然背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「先輩!」
ハッとして振り返ると、こちらに向かって走ってくる霧島くんの姿が見えて驚いた。一体彼がなぜこんなところにいるのだろう?
「霧島くん?」
「よかったー間に合った! これ、今日使うんじゃないですか?」
彼の手に合ったのは、私がカバンの中に入れたはずの書類だった。
「あ!!」
暗かった視界が一気に広がったように眩しく見える。私は手に取って中身を見て、間違いなく私が置いてきた書類だと確認した。
「そ、そう、これ!!」
「先輩のデスクの横に落ちてたんですよ。電話しようかとも思ったんですけど、届けた方が早いかもって思って」
白い歯を出してそう笑った霧島くんの額には汗が浮かんでおり、かなり急いで届けて来てくれたのだとわかった。私は泣きそうになりながら霧島くんにお礼を言う。
「あ、ありがとう……! ないことにたった今気づいたところだったの……! 予備も入れておいたはずなのになくて……」
「よかった。見つけた時、一瞬何かの間違いかなって思いましたよ。だって先輩がこんな忘れ物するなんて考えられないし。もしかして……」
何かを言いかけた霧島くんだったが、思い出したように腕時計を見た。
「いや、あとで話しましょう。行った方がいいですよ」
「あ、そ、そうだね。霧島くん、本当に助かった。このお礼は必ずするから……本当にありがとう!」
「いいんですよ。先輩の事よく見てるから、頑張ってきたの知ってるし、上手く行くといいですね」
そう言って霧島くんは優しく微笑み、私は胸がドキッとしてしまった。普段の犬っぽい笑い方とは違う、優しさにあふれた笑顔だった。
「う、うん、じゃあ行くね」
それを隠すように頭を下げ、私は足早にそこを立ち去った。最後に一度だけ霧島くんを振り返ると、彼は笑顔で手を振っており、私も小さく振り返した。
結果は出せた。
全てが終わった時、心の中で思いっきり万歳してしまった。今回、私にとっては結構大きい契約だったし、絶対にうまく行かせたいと意気込んでいたので本当に嬉しかった。
無事会社に戻り上司に結果を報告すると、上司も目を細めて褒めてくれたので嬉しくなる。こういう瞬間って、何年経っても心がムズムズしてはしゃいでしまいそうになる。アラサーでも、結果を出して褒められれば嬉しいのだ。
でも霧島くんが気づいてくれなかったと思うとぞっとする。もしかしたら上手く行かなかった可能性もあるかもしれない。彼には頭が上がらない。
上司と話し終えた後デスクに戻ると、霧島くんが笑顔で近づいてきた。
「先輩、よかったですね!」
「霧島くんのおかげだよ……! ほんっとうにありがとう!」
私が深々と頭を下げると、隣の敦美が振り返って会話に加わる。
「凄いね璃子! やったじゃん~でも、霧島くんのおかげって?」
「ああ、カバンに入れておいたはずの書類がなくて……会社にあったのを霧島くんが気づいて持ってきてくれたんだよね」
「え、璃子がそんな重要なものを忘れた?」
敦美も、珍しいものをみたと言わんばかりに目を丸くする。霧島くんは私のデスクの足元を見た。
足元右側に引き出しがついているのだが、彼はそこの内側を指さす。
「ここ、ここ。ここに立てかけるようにあったんですよ、書類」
「えっ……なんでこんなところに……?」
首をひねる私と、敦美は違うところに感心していた。
「よく気づいたねー霧島くん」
「美味しいチョコ見つけたから先輩のデスクに置いておこう―って思って近づいたら足に当たって」
「璃子にチョコの差し入れとか、相変わらず仲いいんだからー」
敦美はにやにや意味深な顔でこちらを見てくるが、やめてくれ。まだあのお酒の失敗を彼女には伝えていないのだが、何か感づいているのか、よくこういう目で見てくるのだ。
だが霧島くんはその話題に乗ることなく、何か考えるように腕を組んで真剣な顔をしている。その時ふと、どこからか視線を感じ振り返ってみると、薫さんと中津川さんが並んでじっと私を睨んでいるように見えた。ただ、目が合った途端二人は逸らす。
……なんだか、敵意をもたれているような……。
そう不安を抱きつつ私も目を逸らすと、今度はバチっと霧島くんと目が合ってしまった。彼はじっと私を見ており、何かに勘づいたようにすっと目を細める。
彼のそんな表情に少し戸惑って視線を落とした。見抜かれているような、そんな目だった気がする。
でも霧島くんは特に何も言わず、にっこり私に笑いかけた。
「これで落ち着きそうですね」
意訳すると、『ご飯とか行けますね』ということだ。今回は本当に助けられたし、私は彼にお礼をしなくてはいけないので、奢ることにしよう。そう思って素直に頷いた。
そんな私たちを敦美がちらちらと見比べてにやりと笑う。あ、これ、絶対気づかれてる。告白のこととか、そろそろ彼女に言わなきゃかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます