第5話 霧島くんの恋愛歴



「ほんとーに、ありがとうございました!」


 アパートの部屋の前で深々と頭を下げる中津川さん。私は首を横に振る。


「霧島くんがほとんどやってくれて……私は何も出来なくてごめんね。戸締り、しっかりしてね!」


「はい、霧島さん、ありがとうございました……」


 中津川さんの、霧島くんを見上げる目が完全にハートになっている。まあ、あんな風に守られればそうなるのは仕方ない気もする。こうやってまた一人が沼っていくのか。


 霧島くんは涼しい顔をして手を小さく振った。


「ううん、おやすみ。また明日ね」


 二人で中津川さんのアパートを出て、ゆっくり歩き出す。外はもう星も見えており、人気のない細い道は街灯だけが頼りだ。


「霧島くん、家どっちだっけ?」


「送っていきますよ」


「え? いいよ別に!」


「先輩も女性なんだし、防犯グッズは中津川さんにあげちゃったし。一人なんて危ないですよ」


 私の方を見て、目を細めて笑ってくれる彼に少したじろいでしまった。こりゃ、凄い。


「あ、ありがとう……さすがだね。顔だけでモテてるわけじゃないんだなって、今日痛感したよ」


「ははっ。惚れた?」


「霧島くんが年下じゃなくて誠実で一途だったらね」


「きびしー」


 また声を上げて笑った彼だが、すぐに笑いを止めてこちらを見てくる。


「ていうか、俺不誠実? どんなイメージなんですか?」


「えっ? えーと、美人にたくさん告白されて付き合ってて……来る者拒まず、去るもの追わず……いろんな人と長続きせず短期間でさよならしてる、みたいな」


「違いますよ!」


「え?」


「来る者拒まずなんて。俺だって好みはあります!」


「そこかい」


 呆れて突っ込んでしまうが、彼はまたおかしそうに笑い声をあげる。


「他は正直、間違ってはないかもしれないです。なんかやたらモテるのは否定しないですね」


「わー言ってみたーい」


「長続きもしたことないかなあ。最長二か月」


「わー……言葉もなーい……」


「なんかイマイチ、異性として好きっていう感情がよくわからないんですよね。もちろんそれなりに異性に興味はあるしいつかは結婚したいって気持ちもある。告白されたときは、ちゃんと『この子を好きになるかも』って思って付き合うんですけど、一緒にいてもなんも気持ちが動かなくて。結局、ごめんなさいってしちゃいます」


「素晴らしい天然無自覚クズ」


「え!? 俺、クズですか?」


 ぎょっとしたようにこちらを見てきたので、私は躊躇いなく頷いた。


「高校生ならともかく、もう二十六にもなって何度同じこと繰り返してるのよ。相手を傷つけるだけってもうわかり切ってるでしょう? なら安易に告白を受けるんじゃなくて、自分が好きになった人に自分から告白して恋愛を始めればいいでしょう」


「でも、自分から好きになったこと、ないんですよ」


 困ったように彼が言った。なるほど、昔から周りにちやほやされてきた彼にとって、好意は向けられるものであって向けるものではないのか。誰かを好きになる前に、好きになられている。その好意に応えてくるだけの人生だった、ってことか。


 ……私みたいな普通の女からすれば、信じられない人生だ。


 ちらりと隣を見てみると、こちらを見ている霧島くんと目が合った。文句のつけようがない顔立ち、高身長、仕事は出来るし恋愛以外の性格も、普通にいい子。そりゃ周りは放っておけない。


「あーまあ……次から次に彼女を作ってたんじゃ、誰かを好きになる暇ないんじゃない? 一度立ち止まって落ちついてみたら」


「なるほど。今、たまたま彼女いないんですよ。最近言い寄ってきてくれた子はみんな俺の好みじゃなくて。やっぱり好みとかって重要じゃないですか、顔とか雰囲気とか」


 発言がやっぱり最低だな。普段いい子なのに、恋愛に関するとびっくりするぐらい気遣いできないのはなぜなんだ。


「一旦落ち着くのもありなんですかね。彼女いない時期とかほとんどなかったんだよなあ」


「……霧島くんと会話してると頭おかしくなりそう」


「しまった、また先輩に引かれちゃうかな」


「元々引いてたけどね」


「ひどい」


 そう言って口を尖らせた霧島くんだが、すぐに何かを思い出したように私の顔を覗き込んだ。


「でも、一個だけ言わせてください。俺、確かに付き合っても長続きしないけど、二股掛けたりとかは絶対しないですよ。付き合ってる間はそれなりにちゃんと向き合って相手を尊重してるつもりです」


 やけに真剣な口調でそう言ったので、驚いて足を止めてしまった。実のところ、浮気したり他の女の子に揺らいだりしているのかと思っていた。


「そ、そうなの?」


「そうですよ。浮気とか最低じゃないですか。付き合ってるときはちゃんと大事にします。ただ、好きにはなれないからすぐダメになっちゃうけど」


「……いい話なのかクズの話なのか?」


「両方ですかねー?」


 はあとため息をついてまた歩き出す。私には到底理解が出来ない世界の話だ。


 好きじゃないけど、好きになろうと思ってそれなりに真面目に付き合う、でもやっぱり無理だと思ってすぐ別れる……ってことか。ううん、相手の女性からすれば、優しく付き合ってくれてたのに急にフラれるから、それはそれで酷なことをしてるなこの男は。


「んで、先輩の別れた彼氏は先輩を大事にしてなかったんですよね? 何があったんですか」


「私の話?」


「だって俺の話したのに、不公平でしょ」


 別に公平も不公平もないと思うのだが、知られて困ることでもないので詳細を話した。いつも私を置いて女友達の所へ会いに行ってしまい、三人で会うと空気のように扱われ、それでも何も気づいてくれなかったと。


 淡々と話していたのだが、霧島くんは信じられない、とばかりに驚いている。


「え、先輩そんなのと付き合ってたんですか? クズじゃないですか! 俺とは種類違うけど、それ結構クズですよ」


「え、そ、そうなのかな? 価値観が違うなあ、とは思ったけど」


「普通に考えて、今現在交際してる人が嫌がってるのにそれを止めないって、人としてクズじゃありません? 友達とずっとつるんでいたいなら彼女作らなきゃいいじゃんって思います。別れて正解ですよ、そんな男」


 まさか霧島くんからクズ呼ばわりされるとは思っていなかったので、私はつい吹き出してしまった。そっか、同じ男性から見ても大輔の言動は結構ひどかったのか。それを、あの霧島くんに言われるのは何だか面白い。


「あはは! バッサリ言ってくれてありがとう。ちょっと気が楽になったかも。そっか、それはそれで確かによくないよね。霧島くんにさんざん厳しい事言っておきながら、自分はそんな男と付き合ってたなんて笑えないや」


「先輩は凄くしっかり者で責任感もあって、凄い人だと思ってます。そんな男と付き合い続けなくてよかったと思います」


「……そうだね。次は、もっとまじめな人がいいな。友達はもちろんいてもいいけど、私のことも大事にしてくれる人じゃないとね」


「それがいいです。先輩にはもっといい人がいますよ」


 やけに優しい声で言われたので彼を見上げると、目を細めて私を見ていた。なんとなく恥ずかしくなり、その視線から逃げるように俯く。


 後輩とこんな恋愛話をしてしまうなんて、今更ながら何をしているんだろう私は。

 

 でも、霧島くんが言ってくれたセリフは素直に嬉しかった。次はもっといい人と巡り合いたい。私と向き合って、しっかり大事にしてくれる人を。


「それにしても、霧島くんそんな恋愛歴で、揉めたりしないの?」


 私が尋ねると、彼は気まずそうに視線を明後日の方うへ向けた。あ、これ、あるんだな。


「あーそうですねえ……『遊びだったのか!』とか『体目当てだったのか!』ってビンタされたり水掛けられたことありますねえ……」


「ドラマじゃん」


 私はドン引きの顔で答える。まあ、いくら付き合いだすときはちゃんと考えていた、と霧島くんが言ったとしても、やることやっておいて一、二か月で別れを切り出されたら、怒る気持ちは分かる。でも霧島くんは誰とも長続きしないって、みんな知ってるんじゃないのか。私は同じ部署だから知ってるだけで、他はそうでもないのかな?


「仕事で揉めたら嫌なので、最近は職場の子と付き合うのは慎重になってます」


「もう手遅れな気が……」


「でもいい大人だし、手を出さないとそれはそれで向こうも不安がるし、俺も確かにそこは重要だし」


「やっぱりいつか刺されるんじゃないかな、霧島くん……」


「えっ。俺刺されます!?」


「多分ね。防弾チョッキでも着ておいたら」


 彼は困ったなあ、と眉尻を下げたが、あまり気にしてないようですぐに普段の朗らかな表情に戻った。つくづく変わった子だなあ、と思う。話していれば普通にいい子だけど、人を好きになるのもよくわからない、なんて。


 モテすぎるのもいい事ではないのかもしれない――私はそう思った。




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