第8話 彼女との口づけ
「ねぇ。勉強会のとき、わたしに見惚れていたでしょ?」
女子というものは男子よりも視線に聡い。
敏感である。
「別に」
でもイエスと答える勇気も、私の雑念を知られる勇気もない。
「ふーん?」
「なによ?」
「べつにぃ〜」
そう言うなら放っておいて欲しい。
「ただツンデレさんだと思っただけだよ、乃々葉ちゃん」
渡良瀬さんはこういうところがある。
まあ、同じ女子としてハッキリコメントして欲しいのは分かるけど。
でも恥ずかしい。
「ほら、テスト始まるよ」
「まだ八分あるよ?」
「休み時間に二問、復習できるよ」
私はそう言ってノートを取り出す。
「さすがガリ勉」
「なんか言った?」
この間、赤点とったら冬休みを満喫できない。それどころかスマホ取り上げられる、と嘆いていた人と同一人物だとは思えない。
「さっさと勉強なさい」
「ほーい」
軽い感じで返されてしまった。
まったく、私の気持ちをどれだけかき乱せば気が済むのかしら。
しばらくすると予鈴が鳴り先生が姿を現す。
いよいよ期末テストが始まる。
今なんの恐怖も感じない。
今までと同じだ。
私がテストで怯むなどありはしない。
それが契約だからね。
いち教科目のテストが終わると幽王くんと渡良瀬さんが駆け寄ってくる。
「すごいよ! さすが学年一!」
「俺でも解けたぞ!」
どうやらこの間の勉強会について言っているのだろう。
「いや単純に実力だよ。私は何もしていない」
「それでも!」
手を取る渡良瀬さん。
「すごいって!」
鬱陶しい。
私の穢れが沸き立つ。
「分かったから。落ち着いて」
私は二人をなだめる。
殺気を感じてとっさに身を守るような体勢をとる。
「どうしたの?」
渡良瀬さんが不思議そうに小首を傾げる。
あーあ。嫌だな。
またあのときと一緒か……。
「さ。次のテストがあるよ。勉強勉強」
私はピシッと言い放つと、二人はようやく解散する。
しかし、幽王くんに好かれるの、嫌だな……。
私、怖いよ。
あのときみたいになるの。
テストが始まると、さっさと自分の問題を解く。
答え終わると、再度見直しをする。
ふと視線を上げると渡良瀬さんが必至で問題を解いていた。
その隣にいる幽王くんと視線が合う。
にこやかに笑う彼。
でも私はすぐに視線を逸らす。
彼も余裕で問題を解いたらしい。
私、幽王くんとは、
鐘の音が鳴り、先生が問題用紙を回収する。
「このあともテストは続く。気張れよ」
先生はそれだけを言い残し、立ち去っていく。
ハッとする。
まだテストは終わっていない。
気合いを入れ直す私。
そのあともテストは続き、二日・三日と過ぎていく。
「終わった~!!」
幽王くんが声を張り上げる。
「ようし。祝賀会をしよう!」
「え。幽王君、まだテストの返却はないよ?」
「ああ。でも、祝いたい気分なんだ」
幽王くんがこちらに視線を投げかける。
そんな彼との噂が校内に広まっていることを、私は知っている。
それが莉子さんをどれだけ傷つけているのかも。
でも噂は尾ひれをつけて飛び回る。
私にはどうしようもない。
「来てくれるか? 乃々葉ちゃん」
「え、ええっと……」
莉子さんが不安そうな顔でこちらを見やる。
「私は……」
ここで誘いに乗ったら、私は今後の学生生活を楽しめるかもしれない。
青春を味わうことができるのかもしれない。
でも、私は。
「ごめん。今日は用事があるから」
そう言って逃げ出すのが精一杯だった。
だって莉子さんが悲しそうな顔をしていたから。
だから、私は逃げるしかなかった。
私しかいない場所を求めて、階段を駆け上がる。
ここなら誰もこない。
追いかけてきた幽王くんも巻いただろう。
扉を閉めると、私はその場にへたり込む。
どんどんとノックする音が聞こえてくる。
「乃々葉ちゃん」
小さな声が届く。
渡良瀬さんの声が。
「ええと。そのごめん。何も気がついていなくて」
乾いた唇が震える。
「なんで渡良瀬さんが謝るの?」
私はさびついた心が揺れる。
怒鳴りたい。
私の気持ちをぶつけたい。
ぎたぎたに傷つけたい。
そう思ってしまうのが、私が未熟だから。
渡良瀬さんは違う。
純粋で優しい子だ。
私とは違う。
「わたし、乃々葉ちゃんが悩んでいること、気がつかなかった」
懺悔するように呟く渡良瀬さん。
違う。
「わたし、自分のことばかりだ」
「違う」
壁越しに伝わる彼女の言葉。
「違うよ! 渡良瀬さんは悪くない」
「……ムリはしないで。お願い」
悲しげな声を上げる渡良瀬さん。
彼女も何か抱えているのか、声が震えている。
私は何も気がつかなかった。
彼女がこんなにも苦しんでいるということを。
自分勝手に考えていた。
何かを抱えている子。
そんなの誰も考えもしなかったのかもしれない。
一方的に知った気になっていたのかもしれない。
そんな自分が大っ嫌いだ。
私は目の前にいる大事な人、ひとり守れない。
「ごめんね。乃々葉ちゃん」
「謝らないで。私が悪いんだから」
渡良瀬さんは純粋で優しくて、そして誰よりも強いから。
だから、こんなにも抱えこんでいるんだ。
私はそれを知ったとき、自分が恥ずかしくなった。
「いいよ。ごめん、意地悪した」
屋上の扉を開けて、渡良瀬さんを迎え入れる。
「私、自分勝手だった。渡良瀬さんの気持ち、知ろうともしなかった」
扉の向こうにいた渡良瀬さんを確認すると、抱き寄せる。
「一緒にいよ。私、渡良瀬さんのこと、好きになったみたい」
「いいの? わたしたち、女の子同士だよ?」
確認するように、藁にもすがる思いを吐露する彼女。
その言葉が真実だろう。
不安に押しつぶされそうになっていても、それでも私への思いは変わらない。
確かな愛がそこにはあった。
「私も、そばにいたいから」
ギュッと強く抱きしめると、彼女もそれに応じるように強く抱き寄せる。
こんなにも幸せなことはない。
そう思えた。
「私たち、恋人になろう?」
とびっきりの笑顔であろう彼女を見たくて、そっと離れる。
「はい。よろこんで」
渡良瀬さんは満面の笑み、そして小さく涙を零していた。
その光景を二度と忘れまいと、決め込みもう一度彼女を抱きしめる。
ハグしているだけでも、多幸感って味わえるんだね。
じんわりと心の奥底が暖かくなるような気持ち。
これはまさしく愛だと思う。
人によってはこれを恋と呼ぶのかもしれない。
でも私はこれを愛だと信じたい。
信じてもいいよね。お母さん。
天国に呼びかけても、帰ってこないって知っているけど。
でも言わずにはいられなかった。
渡良瀬さんのすごさを。
彼女のもっている優しさを、純粋さを。
ああ。もう一度、お母さんに会って紹介したいな。
「しても、いい……?」
弱々しく、細い声で呟く渡良瀬さん。
ほそい指を私の顔に這わせる。
そして敏感な唇にそっと触れる。
「いいよね。わたしたち、恋人だし」
こくりと頷く私。
もう受け入れるしかない。
だってこんなにも愛おしいのだから。
小さくて形の良い唇を見て、私はそっと顔を寄せる。
渡良瀬さんもその気があるのだから、迷わずに近寄ってくる。
カツン。
「「いたっ」」
二人して顔を見合わせる。
歯と歯が当たったのだ。
ファーストキスがこれとか、ちょっと悔しい。
でも思い出には残るね。
「ふふ。失敗しちゃったね」
軽い言葉で言う渡良瀬さん。
「そうだ。もう一度しよ」
「うん」
流されるがまま、私は二度目のキスをした。
今度はちゃんと唇と唇が触れあった。
暖かくも柔らかい。
こんなの初めてだった。
ほのかに香る甘い匂いに、くらっとくる。
ああ。私は何も知らなかったんだな。
この気持ちも。快感も。
知ってしまえばなんてことはない。
私の偏見だった。
私はようやく他の人と同じラインに立てたのだ。
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