第8章 ラマー

店に入ってきたのは、ラマーという男性だった。彼は、物事を柔軟に捉えて進むタイプであり、目標を達成するために地道に努力することを大切にしている。しかし、その性格からか、他人と協力して物事を進めることには不安を感じることがあり、時折、自分の力で解決しようとしすぎてしまうところがある。彼の真面目さと誠実さが、逆に足枷となっていることもあるだろう。

ラマーは店に入ると、少し緊張した様子で光一を見つめ、軽く会釈をした。「こんにちは、光一さん。お願いがあって来ました。」

その声には、何かしらの不安と同時に決意が感じられた。光一はその目の奥に隠された思いを察しながら、穏やかな声で返した。

「もちろん、どうぞ。」

ラマーは小さな包みを取り出し、光一の前に静かに置いた。その包みは布で丁寧に包まれており、ややふわりとした感触が伝わってくる。光一はその包みを手に取ると、布の中から小さな物が現れた。それは、手作りの包帯だった。布地には所々に小さなシミがついており、少し古びた感じがするが、その一つ一つに確かな手仕事が感じられた。

「これは…」ラマーは言葉を選ぶように、少し間を置いてから話し始めた。「自分が育った村で使われていた包帯です。昔、みんなが集まって一緒に作ったものなんです。私の村では、何かあったときには必ずみんなで協力し合うことが大事だと教えられてきました。だから、これには…みんなの思いが込められています。」

光一はその包帯をじっと見つめながら、ラマーが伝えようとしている思いを感じ取っていた。ラマーが育った村では、協力し合い、助け合うことが何よりも大切にされていたのだろう。その包帯は、きっと仲間たちと共に支え合った証として、ラマーの心に深く刻まれているに違いない。

「でも、最近になって、私の村は少しずつ変わってしまって。」ラマーはその言葉を続けた。「みんながそれぞれ自分の道を進み始め、協力し合うことが少なくなったんです。私も、どうしていいかわからなくなってしまって。」

光一は静かにラマーを見つめ、彼の言葉を受け止めていた。ラマーの村が変わり始めたという事実は、彼にとっては大きなショックだったに違いない。村での絆が薄れていくことに、彼は深い喪失感を感じているのだろう。その包帯には、過去の思い出と、失われた絆への切ない思いが込められている。

「この包帯を手放すことで、私は何かを変えられると思っているんです。」ラマーは続けた。「でも、同時に、この包帯がもたらしていた絆が消えてしまうような気がして、どうしても手放す勇気が出ないんです。」

光一は少し考えた後、静かに言った。「変化は時に痛みを伴うことがありますが、それを受け入れた先に新たな可能性が広がることもあります。この包帯が過去を象徴するものであるなら、今、あなたが新しい一歩を踏み出すための力になるものが、きっと見つかるはずです。」

ラマーはその言葉をじっと聞いていた。光一の言葉には、彼の悩みに対する共感と、前向きな変化を促す意図が込められていることが伝わってきた。ラマーは少し目を伏せ、深く息をつくと、包帯を手に取った。

「ありがとうございます。」ラマーはゆっくりと微笑みを浮かべ、光一に感謝の言葉を伝えた。その笑顔には、少しだけだが、心の中で何かが解放されていくような、穏やかな変化が見て取れた。

光一はその瞬間を写真に収めることに決めた。ラマーが手にした包帯には、過去の記憶と現在の思いが交錯している。しかし、それを乗り越えて新たな一歩を踏み出そうとする彼の姿が、光一の心に強く印象を残すものだった。

シャッター音が響き、その瞬間が写真として切り取られる。ラマーは包帯を大切そうに包み直し、軽く頭を下げてから店を出て行った。その背中には、まだ迷いの影が少し残っているものの、少しずつ進んでいこうという意志が感じられた。

光一はその後、ラマーが持ち込んだ包帯をじっと見つめていた。それは、ラマーの心の中で過去と未来を繋ぐ大切な証拠であり、これからどんな変化が訪れても、彼は必ず前に進んでいけるだろうと、光一は心の中で願った。

第8章終


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