第十話 水死体

総一から昨晩聞いた話を元に、いろいろと調べたり考えをめぐらせているうちに、どうやら眠ってしまっていたらしい。


気が付くと事務所のソファの上で、外からやさしい光が差し込んでいた。


寝起きで少しぼやっとしたの頭を無理やり起こすために、頭の体操がてらにこれまでの情報を整理してみる。


重行さんはプレハブ小屋にいたことはほぼ間違いない。

そして、重行さんに食料を届けていた協力者がいたことも分かった。


しかし、馬淵の様子から、馬淵が重行さんの協力者ということはなさそうである。


そして、馬淵のものを含めて、複数の足跡がプレハブ小屋近くに残されていた。

協力者ではない馬淵と、そのほかの人物が、プレハブ小屋の近くに何の用事で行ったのかは今のところ分からない。


それの前後で、重行さんがプレハブ小屋から出て行ったが、その先の足取りは現在わからない。


これも馬淵の様子からの推理だが、複数の人間が、重行さんを拉致したというわけでもなさそうだ。


そうなると、重行さんは自分の意思で、プレハブ小屋を後にしたと見るべき。

そして、可能性としては、20年前に作られて、今も残っている別のプレハブ小屋に移動したということぐらい。


重行さんと直接関係あるかは分からないが、馬淵がいう『旦那』と元村長の『懐柔』された関係。

これは、もしかしたら、ダム工事に反対していた村長が賛成に回った理由なのかと推理できる。

『旦那』と呼ばれた人物が、反対派だった佐々木村長にお金を渡したか、何か弱みを握られたかした結果、賛成に回ったのだろう。


村長の娘の佐々木綾乃が馬淵に轢き殺された時、佐々木村長が抗議できなかったのも、おそらくそのせいだろう。

反対派住人が一気に勢いを増すことができるかもしれない事故だったが、賛成派に回ってしまった以上、反対派を抑えなければいけない佐々木村長は何も言えなかったのではないだろうか。


『旦那』が何者なのか、そして重行さんと何か関係があるのか?


重行さんが行方をくらましている理由については、いまだにはっきりとは分からない。

会社で調査中の使途不明金の横領に関係している可能性は否定できないが、そのお金がどこに流れているのかは分からない。

交際相手に流れている可能性もあったが、相手として目された『スナック翠』のママは、重行さんとはそこまで懇意ではないようだし・・・


そこまで考えたところで、僕の思考が誘導されていることに気づく。


横領については、僕がサーバーにアクセスして手に入れた情報なので、事実で間違いない。

しかし、女性との交際関係については可能性としては考えたが、具体的な相手がすぐに見つかるとは思っていなかった。

『スナック翠』のママを交際相手の可能性として示唆したのは、重行さんの部下の佐藤だ。


もしかしたら、佐藤が重行さんの協力者という可能性があるのではないか?


重行さんの行方が分からなくなった理由を隠すために、『スナック翠』のママとの交際というカモフラージュを演出したのではないか?


しかし、そうだとしたら、一体何のために重行さんの行方を隠す必要があるのか?

いずれにしても、佐藤がもしかしたら重行さんの行方を知っている可能性があるので、行動を監視した方がいいかもしれない。


総一に連絡して、佐藤の尾行を依頼しようとスマートフォンに手を伸ばそうとした時、先に呼び出し音が鳴り出した。


画面を確認すると、総一からであった。


スマートフォンを取ると、スピーカーの向こうから総一の慌てた声が聞こえた。


「俊弥か? 今すぐテレビをつけてローカルニュースを見てくれ。」


僕は何事かと思って、事務所のテレビをつけた。

ローカルニュースをやっているチャンネルを探してみると、龍哭ダムの空からの映像が映し出された。


「本日早朝に、ダム湖で水死体が発見され、現場は立ち入りが規制されております。」


テレビのアナウンサーが無機質な声でニュースを読み上げている。


「死体の身元は現在分かっておらず、地元の警察が捜査中です。」

その後、カメラが切り替わって、現場とされる場所を写した遠くからの映像を見て驚いた。


先日総一と一緒に調べた、重行さんが潜伏していたと思われるあのプレハブ小屋が写っていたのだ。


いや、プレハブ小屋が写ってはいるが、規制線が敷かれているのはその少し先の湖岸付近。

すなわち、先日複数の足跡が見られた場所の周辺だった。


「水死体って、もしかして重行さんなんじゃ・・・」

総一が電話の向こうで、心配そうな声を上げる。


もしそうだとしたら、最悪の結末になってしまう。


「とりあえず、総一はいつでも動けるように、事務所に来てくれ。」

そういって、僕は電話を切った。


そして、すぐに十六夜さんと中野さんに電話をかけた。

重行さんの可能性がある以上、一緒に警察に行って、水死体の身元確認をする必要がある。


中野さんのことが心配だったので、十六夜さんにはまずは中野さんの自宅へ行ってもらうことにした。

その後、二人で事務所に来てもらってから、僕と一緒に警察へ向かうということになった。


二人が事務所についたとき、中野さんの顔から生気が失われているかのようだった。

十六夜さんが中野さんを励ましてはいるが、もしかしたらという思いが強いようで、表情は暗いままであった。


僕は車を出して、二人を後部座席に乗せ、そのまま管轄の警察署へ向けて走らせた。


道中も十六夜さんは中野さんの気持ちを少しでも紛らわそうと、いろいろ声をかけていたが、その声は中野さんには届いてない様子であった。


警察に到着した後、受付で水死体が行方不明の中野さんの可能性があると伝えると、担当部署の警官がすぐにやってきた。

中野さんと付き添いで十六夜さんが担当する警官の案内で、署内の奥の方へと連れられて行く。

僕は部外者ということで、受付のそばで待つこととなった。


30分ほどして、二人が戻ってくる。

中野さんの表情が来た時よりも少し和らいでいたのを見て、水死体は重行さんではなかったと分かった。


「いかがでしたか?」

「父ではありませんでした。」

少し安堵の表情を浮かべる中野さん。


想定された最悪の事態だけは、何とか免れた。

しかし、肝心の重行さんの行方は未だにつかめていない。


そして気になるのは、規制線が張られた場所があのプレハブ小屋のそばだということ。


規制線があの場所に張られたということは、水死体があの辺で上がったということになる。


偶然ということもあり得るが、もしかしたら、あの複数の足跡が、水死体と何か関係があるのかもしれない。


僕はそんなことを考えながら、車を事務所へと走らせた。


事務所に戻った後、十六夜さんと中野さんはそのまま家へと帰って行った。


僕は事務所で待機していた総一に、大島建設の佐藤がもしかしたら重行さんの行方を知っているかもしれないと伝えた。

そして、佐藤の行動を監視してほしいと頼むと、総一はすぐに大島建設へと出かけて行った。


夕方になって、水死体の身元が判明したとニュースで報道された。


死亡したのは、佐々木浩二さん。

すなわち、ダム湖に沈んだ村の元村長である。


ダムの定期検査でダム湖に潜っていたダイバーが、たまたま水中に沈んでいた佐々木さんを発見し、遺体を引き上げたのが、あのプレハブ小屋のそばだったということらしい。


佐々木さんは、ダイバーに発見された時、ロープが両足に絡まっていて、そのロープの先が湖底の構造物に繋がっていたという情報も流れていた。

佐々木さんの死因は溺死で、死後数日経過していた。


現在は警察が、佐々木さんが死亡した状況を詳しく調べているそうだ。


重行さんの失踪とは直接は関係ないとは思うのだが、状況的に少しきな臭くなってきた。

佐々木さんに馬淵、重行さんも含めると、20年前のダム工事にかかわっていた人物の名前が次々と出てくる。


そして、佐々木さんの遺体があのプレハブ小屋のそばに上げられたということは、沈んでいたのもあの近くということになる。

ダイバーが潜っていて発見できたということは、もしダムの検査が行われていなければ、発見はさらに遅かった可能性もある。


佐々木さんが発見された時、湖底にロープで繋がれていたということは、ほぼ他殺と見て間違いないだろう。

すると、犯人は何者で、何のために殺害したのか。


あのプレハブ小屋の近くに沈んでいたとすると、あのプレハブ小屋に一時でも身を隠していた重行さんや、足跡が残っていた馬淵を含めた複数の人物も、犯人の可能性が出てくる。


重行さんが身を隠した理由が、佐々木さんを殺害するためだったという可能性は果たしてあるのだろうか?

重行さんと佐々木さんの接点は、現時点ではあまりないが、調べれば出てくるかもしれない。


馬淵が佐々木さんを殺害した可能性はどうだろう?

馬淵が佐々木さんの娘の綾乃さんを轢き殺してしまったことを考えれば、佐々木さんが馬淵を恨んでいる可能性た大いにあり得る。

そうなると、佐々木さんが馬淵に復讐しようとして、逆に返り討ちにあってしまったということも考えられる。


現時点では、重行さんよりも馬淵の方が犯人の可能性は高そうに思える。


ただ、もし馬淵と足跡の人物達が佐々木さんを殺害したとすると、なぜわざわざプレハブ小屋の近くまで行ってから、佐々木さんを沈めたのかが疑問として残る。


佐々木さんをプレハブ小屋に呼び出した?

ボートがないと行くことが難しいプレハブ小屋へ、わざわざ佐々木さんを呼び出すだろうか?


そもそも、プレハブ小屋から湖へ入るには、かなりなだらかな湖底を下っていく必要がある。

佐々木さんが繋がれていた場所まで湖底を歩くような状況があり得るのだろうか?


あの場所に水泳用のフィンの足跡がついていたのは間違いない。


水中で佐々木さんの足に繋がったロープを、湖底の構造物につなごうと思うと、素潜りでは難しいだろう。

すると、水泳用フィンを履いていたのは、ダイビング装備をした人物ではないかと思う。


だとすると、そのダイバーがロープを引っ張って、佐々木さんを無理やりプレハブ小屋近くから引きずって行ったのかもしれない。

佐々木さんが自分の意思で、湖の中に入っていくよりは可能性が高そうだ。


人を水の中に引きずり込むダイバー。


「だとすれば、確かに総一が言うように、河童みたいだな。」


総一があまりにも河童にこだわるので、どうやら僕にもそれがうつってしまったようだ。


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