第三十三話 聖フラットリー展に行ってやろう!

「お、俺はここで、待ってるよ。ゆっくり、見ておいで」

「僕も行かない」


 そう言ったコレールとボースハイトを店に置いて、我が輩達は列に並んだ。

 待つこと一時間、我が輩達はようやく美術館の中に入れた。

 フラットリーの面を拝むだけなのに、こんなに時間がかかるとは思わなかった。

 フラットリー……我が輩の腹を立てさせるのが上手い男だ。

 美術館の中はよくわからない絵画や書物が並べられており、数人がそれを眺めている。

 我が輩はそれに違和感を覚えた。


「我が輩達の前に並んでいた人間達は、一体何処に消えたのだ?」


 外には行列を成すほどの人間がいた。

 しかし、美術館内部にはたった数人しかいない。


「皆様はおそらく聖フラットリー展の目玉、フラットリー様のご遺骨を見に行っているんでしょうな」


 バレットがそう推測した。


「そんな物好きがたくさんいるのか……」


 かく言う我が輩も、フラットリーの遺骨を見に来たのだが。

 入場の際に貰ったパンフレットを見ると、フラットリーの遺骨があるのは奥の展示室らしい。


「では、フラットリーの面を拝みに行くか……」


 我が輩は奥の展示室に向かって歩き出す。


「お? 早速、フラットリー様のご遺骨を見に行くのか?」

「ああ」

「へえ。ウィナ、言い伝えとか信じるタイプなんだなあ。意外だ」

「遺骸だけにか?」

「はあ?」


 グロルが笑顔のまま、地を這うような声で言う。


「冗談なんだから、そんなに凄まなくて良いだろう……」


 我が輩が奥に進むと、バレットとグロルもついてきた。


「貴様ら、他を見なくても良いのか?」

「他に見るようなものもねーからな……」


 奥の展示室は人間でごった返していた。

 行列を作っていた人間達は、ここに集まっていたらしい。


「予想通り、ここには人がたくさんいますな」

「そうだな……」


 かなり人が多い。

 それ故に……。


「全く見えねーな……」


 グロルがぽつりとそう言った。

 目当てのフラットリーの遺骨は、前に立つ人間が邪魔をして、全く見えなかった。

 グロルが少しでも見えるようにと、背伸びを何度も試みている。

 我が輩の身長で見えないのだ。

 我が輩より小柄なグロルが見える訳なかろうに。


「はあ……。列に並ぶのはもう懲り懲りだ」


 これ以上は待ちたくない。


「仕方ない。《浮遊》魔法で頭上から……」

「おいおい。そんなことしたら大騒ぎになって、フラットリーの遺骨を見るどころじゃなくなるぜ?」

「大騒ぎ? 何故だ」

「空飛べんのは魔法使いの特権みてーなもんだから。『魔物が攻めてきた!』って騒がれるぜ多分」


 確かに、学院生活で空を飛んでる姿を見かけたのは、ボースハイトを含む魔法使いだけだった。

 ここにいるのは、フラットリー教の信者や野次馬の一般人だろう。

 大騒ぎになるのが、目に見えている。


「まあ、あのフラットリー様も飛べたらしいけど……。だからといって、『フラットリー様だ!』とはならねーだろ」

「むむ……。地上も駄目、頭上も駄目か」


 我が輩は手のひらを前に出す。


「ならば、無理矢理道を開けるしかあるまい」


 我が輩は風の魔法を使い、人を押し除ける。

 人が通れるだけの空間を空けて、我が輩は素知らぬ顔で前に進む。

 我が輩の後ろをグロルはついてきた。

 暫くすると、視界が拓けた。

 ここが人混みの一番前らしい。

 我が輩は顔を上げる。

 目の前には大きなガラスケースがあった。

 ガラスケースの中には頭から足の先まで揃った人骨が、人の形で綺麗に納められている。


「ほう。あれが……」


 フラットリーか。


「流石フラットリー様、骨でも神々しくいらっしゃる……」


 周りの目を気にしているのか、グロルは我が輩の横で礼拝のポーズを取っている。


「さて……」


 我が眼で、余すところなく、フラットリーを見てやろう。


「……ふむ。やはり」


 魔法なんて、一切かかってないではないか。

 見たら幸せになる魔法どころか、遺骨の形を維持する保存魔法すらもかかっていない。

 フラットリーの遺骨はただの遺骨だった。


「……まあ、薄々、そんな気はしていたがな……」


 大ホラ吹きのフラットリーの遺骨だ。

 それにまつわる噂も全く信用ならん。


 我が輩は周囲を見回す。

 ガラスケースの周りには、人間達が近寄らないようにロープが張ってあり、二人の警備員が観覧客に睨みを利かせている。

 しかし、ガラスケースに保護魔法をしないのはどうなんだ?

 これでは簡単に盗み出せてしまう。


「あれ? フラットリー様は……?」


 一瞬にして、展覧会の目玉、フラットリーの遺骨が忽然と消えた。

 観覧客が騒めき出す。

 それに気づいた警備員は、ガラスケースを見た。


「ああ~! フラットリー様のご遺骨が~!?」


 こんな風に、な。

 気づいてももう遅い。

 フラットリーの遺骨は既に我が輩の手の中にある。

 我が輩はガラスケースの中身を丸ごと、《収納》したのだ。

 薬草を採取したときと同じ魔法だ。

 観覧客の目が空っぽになったガラスケースに向いている間、我が輩は踵を返す。


「グロル、先に出るぞ」

「はっ!? えっ!? いや、今フラットリーのご遺骨が消えましたばっかだが!?」

「不思議だな」

「不思議とかじゃなくて! 盗まれたんだよ! たった今! ウィナー!?」


 人波に呑まれるグロルを置いて、我が輩は出入り口の方へと向かった。

 出入り口の扉の前に、バレットが待機していた。

 バレットには、我が輩がフラットリーの遺骨を《収納》するところが見えていたのだろう。

 非常に落ち着いていた。


「見えましたかな?」


 バレットはそう言った。


「ああ。よく見えた」


 我が輩は頷く。


「……骨の髄までな」


 我が輩はフッと笑う。


「バレット。【生殺王】メプリを呼べ」

「は、承知しました。……しかし、メプリは重度の生者嫌いです。貴方様の呼び出しに応じるかは……」

「……ああ、そうだったな」


【生殺王】メプリは、他者との交流を嫌う。

 魔族であれ人間であれ、自分から積極的に関わろうとはしない。

 いくらバレットと言えど、メプリを引っ張り出すのは骨が折れるだろう。


「では、我が輩から出向いてやろう。メプリの居場所を調べろ」

「仰せのままに」


 我が輩は美術館の外へと向かう。


「出入り口を全て封鎖しろ! 一人も外に出すな!」


 展示品が盗まれたことで、警備員が出入り口を封鎖しようとしていた。

 我が輩はその横をするりと通り抜けた。

 警備員に冒険者ギルドでも役に立った、認識をずらす魔法認識阻害を使い、我が輩を認識出来なくしたのだ。

 姿が見えていても、声が聞こえていても、我が輩が外に出ようとしていることを認識出来なくなっている。


「フラットリー様のご遺骨はまだ館内にあるはずだ──!」


 そう叫ぶ警備員達を尻目に、我が輩は美術館を後にした。

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