第十七話 救命活動してやろう!

 グロルの故郷、サクリ村。

 大きな教会を中心に小さな民家が建ち並び、その横には畑が多くあった。

 隣家に採れた作物をお裾分けし合い、温かみで溢れている村。

──のはずだった、とグロルは言う。

 今はただ、面影しか残っていなかった。

 全ての建物は倒壊しており、畑は魔物が通ったのか、踏み荒らされている。

 人が行き交うはずの道には、怪我をした人間達が蹲ったり横になっていたりしている。

 唸り声や泣き声が耳を塞いでも聞こえてくる、悲惨な有様だった。


「ひ、酷い……」


 コレールが顔を背けた。

 対して、ボースハイトは鼻歌を歌いながら、声を上げて泣いている子供に近づく。


「可哀想だねえ。村がこんな風になっちゃうなんて。くすくす。お前は良いよね。そうやって泣いてるだけで助けて貰えるんだから」

「おい、ボース! 止めろ!」


 コレールがボースハイトの頭を叩き、首根っこを掴んで子供から遠ざけた。


「ごめんな」


 コレールは子供に謝罪をし、ボースハイトを引きずってその場を離れた。

 隅の方まで来ると、ボースハイトに説教を始めた。

 そんな二人の横で、グロルは瞬きもせずに村を見つめていた。


「サクリ村が……俺の故郷が……」


 震える拳を強く握り直す。


「絶対に……絶対に許さない……! 魔王ルザ!」


 我が輩、何もしてないんだがな。

 ………………。

 ……んん?

 ちょっと、待て。


「今なんと言った? 魔王……何?」

「何、お前。魔王の名前知らないの? 世間知らずだと思ったけど、まさかそこまでとはね」


 コレールの説教から逃げてきたらしいボースハイトが言う。


「魔王ルザ。倒すべき敵の名前ぐらいちゃんと覚えておいてよね」


 魔王

 確かに、魔王軍の中にルザという名前の奴はいる。

 四天王の中で最弱の【最弱王】ルザ。

 あいつの弱さは四天王だけに留まらないのだが……その話は置いておいて。

 あいつ、いつの間に魔王になったのだ。


「いやいやいや、何かの間違いだろう」


 あのルザが魔王だなんて。


「何も間違ってません」

「魔王の名前はルザって誰が言ったのだ」

「フラットリー様の文書に書いてあります」


 フラットリー!

 また貴様か!

 いい加減にしろ!


「……ははあ、読めたぞ」


 魔王が現れたってのは我が輩のことではなく、ルザのことだったんだな。

 我が輩を騙る偽物が現れたのではない、と。

 残念だな。

 我が輩を騙る偽物ならそこそこ強いと思っていたから、戦ってみたかったんだが。

 しかし、【最弱王】ルザは人間を襲うような性格ではなかったはずだ。

 何か心境の変化があったのだろうか?


「フラットリー文書は未だ謎が多く……解読が進められていますが、魔王の名前ははっきりとわかっています。魔王ルザ。人類が倒すべき敵です」


 いや、倒すべきはルザでなく我が輩……。

 まあ、構わん。

 別に名前くらい間違ってても良い。

 魔王は倒すべき、とわかっていれば、それで十分だ。

 真の魔王は我が輩だからな。

 必ず、我が輩の元に辿り着く。

 ……面白くないはないが。

 バレットが手を叩き、注目を集める。


「ここからはティムバーの森で組んだパーティ毎に行動しますな。戦士は力仕事、僧侶は怪我人の治療を頼みますな」

「我が輩達は?」

「……ああ。そうでしたな。ウィナくんのパーティは職業がバラバラでしたな。どうしましょうな……」


 グロルが手を挙げる。


「怪我人の治療をします! ウィナ様もボースハイト様も《回復》が使えますから」

「では、お願いします。あと皆さん。村の近くの封鎖された洞窟に、魔王が逃げ込んだとの報告がありました。決して、近づかないように」


 そう言って、バレットはそこから離れていった。

 バレットを見届けた後、グロルは我が輩とボースハイトの手を掴んだ。


「私達はあちらの方達の傷を癒しましょう」


 グロルに手を引かれ、《回復》を必要としている人間達に近づいていく。

 コレールがおろおろしながら他の戦士達と我が輩達を見比べた後、駆け足で我が輩達についてきた。


「グロル、お、俺は、何してたら良い?《回復》は使えないけど……」

「コレール様はボースハイト様が悪さをしないか見張っていて下さいませ」

「わ、わかった!」


 コレールが大きく頷いた。

 怪我をしている者達の元に来ると、グロルが我が輩達の手をスッと離した。

 腕から血を流した男性の元へと近づいてしゃがみ込む。


「《フラットリー様の祝福があらんことを》……」


 祈りを捧げながら、傷ついた腕を癒す。


「おお……凄い。痛みが消えていく……」

「お大事になさって下さい」


 そう言うと、次の怪我人の元へ移動を始める。

 ちらり、とグロルが我が輩を見る。

 こうやって怪我人を治していけ、ということらしい。

 ボースハイトに目をやると、既に一人の怪我人に近づいていた。


「痛そうだね。くすくす。ねえ、治して欲しい? 泣いて懇願するなら考えてやっても……」

「ボース! す、すみません。意地悪言って」


 ボースハイトはコレールに怒鳴られ渋々口を閉じて《回復》してやっていた。

 コレールはすっかりボースハイトのお目付役になっている。


「ウィナ様! ご助力頂けますか!」


 グロルに呼ばれ、我が輩は「なんだ」と近寄る。

 座り込んだグロルの前には、浅い呼吸を繰り返している男が横たわっている。

 よくよく見ると、男の片足は膝から下が失われていた。

 噛み千切られた跡と魔力の残滓から推測するに、ケルベロスに食われたか。


「ウィナ様の信仰のお力でこの方を救えませんか? お願い致します……」


 グロルが顎を引いて、目を潤ませながらこちらを見てくる。


「まあ、やってやらんことはない」

「本当ですか!?」


 グロルは表情を明るくする。

 人間を救ってやる義理はないが、ここはグロルに免じて救ってやろう。

 我が輩は男に《全回復》を使う。

 行方知れずだった膝下は、膝の付け根部分から徐々に元通りになっていく。

 おまけに、切り傷や擦り傷なども治った。


「終わったぞ」


 そう言ってその場から離れようとすると、人間達から歓声が上がる。

 あまりに突然のことで我が輩の肩が飛び上がった。


「足が一瞬で元通りに……!」

「奇跡だ……!」

「今詠唱しなかったぞ……!?」

「ま、まさか、フラットリー様の生まれ変わりでは……!?」


 止めろ。

 そいつの生まれ変わりだけは絶対なりたくない。


「全く、何をそんなに喜ぶことがあるのだ。傷は治るものだろうに」

「普通、魔物に食い千切られた部位が元に戻ることはありませんから……」


 なら、人間はどうやって五体満足で生きていられるのだ。

 そういえば、以前ボースハイトが魔物とは基本戦わないと言っていたな。

 魔物を避けながら暮らしていけばあり得る話……か?

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