第53話 余裕

「遊んで行くって……この奥には何もなさそうだよ?」


 完全に行き止まりとなっている洞窟の先を指さして、マリウスが首を傾げる。

 しかし俺は、行き止まりになっている壁に手を触れると、その手に魔力を込めた。


「これは……」


 ガラガラと音を立てて崩れた壁の先で、ぽっかりと口を開ける明らかに自然にできたものではない穴に、マリウスが目を見開く。

 緩やかな下り坂になりながら、穴はさらに奥へ奥へと続いていた。


 原作『無限の運命』で、“本編”の物語には大きな影響を及ぼさないものの、ちょっとしたクエスト的な感じで登場した“キングゴブリンの巣”がこの奥にある。

 本来なら、対抗戦の第二ステージの後しばらくして、主人公たちが再びこの森を訪れた時に発見するものなんだけど、相手のレベルからして今のマリウスでも十分に倒せるし、実戦経験を積むのは良いことだから少し寄り道していくことにした。

 どのみち、ポイント不足で脱落の心配はないしね。


「試しにお前ひとりでやってみるか、マリウス」

「うん。やってみるよ」


 マリウスが同意したので、剣を構える彼を前衛に、俺たちは洞窟の奥へと足を踏み入れる。

 壁を壊したことで、奥にいるであろうキングゴブリンの魔力がはっきりと感じ取れるようになったが、それは先へ進むにつれて強くなっていった。

 そして細かった道が終わり、一気に開けた場所に出る。

 そこそこ下ってきたから、かなり地中深い場所なのだが、かなり広い空間で、向かって正面の最奥には巨大な岩が設置されている。

 岩はいわば玉座の役割を果たしていて、その上には目を閉じて鼻ちょうちんを膨らませた緑色の巨体が鎮座している。


「あれは……」

「キングゴブリンだ。あれを倒せば、一時間どころか当分はポイントの心配がいらなくなるだろうな」


 キングゴブリンは横にも縦にもとにかくでかい。

 身長はおよそ三メートルほどで、頭には左右二本の角が生え、口からは鋭い牙がむき出しになっている。

 そして玉座の横には、その体格に見合った巨大でごつごつしたこん棒が立てかけられていた。


「ゴガァ……」


 俺たちの気配を感じ取ったのか、キングゴブリンが目を覚ます。

 鼻ちょうちんがパチンと音を立てて弾け、この広間の主は眠そうに何度か瞬きを繰り返した。

 そしてその目が、ギョロっと動いて俺たちを捉え、睨みつける。


「ゴガアアアア!」


 キングゴブリンが、まるで獣のような凄まじい咆哮をあげた。

 その姿を見て、マリウスが苦笑する。


「だいぶご機嫌ななめだね」

「ふん。寝起きにお邪魔したからな」


 そして、キングゴブリンが咆哮を上げると同時に。

 背後からは、わらわらと小さな――というか通常サイズのゴブリンが姿を現す。

 正面にはキングゴブリン、背後には普通のゴブリン。

 挟み撃ちだ。


「このゴブリンたちはいつの間に?」

「人間はともかく、ゴブリンサイズなら通れる穴が道中いくつかあったからな。そこに潜んでいたんだろう」


 キングゴブリンは、ひとまず部下たちに任せるというかのように、こん棒に手をかけることもなく岩の上に座っている。

 そして背後のゴブリンたちは、小さな剣やら弓矢やらこん棒やらで武装して、俺たちに攻撃を仕掛けるタイミングをはかっていた。


「それじゃ、頑張れ」

「え? あ、そっか僕ひとりで……うわ!」


 マリウスが剣を抜こうとした瞬間、ゴブリンの弓矢隊が一斉に矢を放つ。

 矢の一本一本は小さく、それだけではそこまで殺傷能力がないが、矢の先端には痺れるタイプの毒が塗られている。

 あんまり何本も食らうと、思うように身体を動かせなくなるから要注意だ。


 ただ、まあマリウスにそんな心配は無用。

 流れるような剣さばきで、二十本ほどの矢を全て叩き落とす。

 俺の方に飛んできた矢まで、もれなく、全部。

 きゃー、主人公に守られちゃった……なんてね。


 ――やっぱりこれがマリウスの今の大きな弱点だよな。


 ふざけたことを考えつつも、俺は冷静にゴブリンに斬りかかるマリウスの動きを観察する。

 マリウスにとって、深淵魔法【魔剣の王】と並ぶ大きな武器である《静流葬魔剣術》。

 間違いなく強力で、素晴らしい剣術ではあるのだが、精神を集中させるための予備動作が長すぎる。

 そのため、今みたいな咄嗟の場面で即時に《静流葬魔剣術》へと移れないのだ。

 まあ物語序盤だし、弱点があるのは当たり前。

 ひとつひとつ、丁寧に潰していけばいい。


 マリウスが数十体のゴブリンをあっという間に片付けると、その様を見ていたキングゴブリンは、その緑色の顔に怒りの赤を滲ませる。

 部下を倒されたことへの怒りなんだろうけど、なら最初からお前が戦っとけばよくね? と思ってしまう俺は性格が悪いかな。


「深淵魔法、使っておこうかな。どんどん感覚をものにしていきたいし」


 そう言うとマリウスは、キングゴブリンの前に一歩進み出ると、今日初めて一気に魔力を解放する。


「【魔剣錬成】」


 マリウス自身の魔力が集まって剣の形を成した魔剣。

 ひとつ息を吐いた後、マリウスはそれを手に取る。

 やはり魔力を奪われることはない。

 もう大丈夫だ。


「ゴガアアアア!」


 キングゴブリンは今日一番の咆哮を上げると、その巨体に見合わぬ素早い動きでこん棒を手に取る。

 そして思いっきり振り上げ、破壊力満点の一撃でマリウスを叩きのめそうとした。


「はあっ!」


 マリウスは気合いのこもった声を上げて、地面を蹴る。

 そして、迫り来る巨大なこん棒に己の魔力の結晶である魔剣をぶつけた。


「ゴガアアアア!」

「させるか!」


 二つの武器がぶつかり、マリウスとキングゴブリンの魔力が火花を散らす。

 しかし、勝負はあっけなく着いた。


「そりゃ!」


 マリウスの魔剣が、こん棒を横に真っ二つに斬る。

 そしてその勢いは止まらず、刃はキングゴブリンの首にまで到達した。


「ああ、上出来だ」


 キングゴブリンの頭をはね、空中で手応え十分の顔をするマリウスを見て、俺は満足気に頷く。

 さすがに余裕だったな。

 何なら、まだまだ不完全燃焼ですらあるかもしれない。


 とりあえず十分すぎるほどのポイントを獲得できたことに、俺が満足していると、後ろの球体から声が響いた。


“三十分経過。現在の脱落コンビ数は……ゼロです。”


「みんな脱落してないんだね」

「そのようだな」


 マリウスに答えつつ、俺は小さく首を傾げる。


 ――まさかの誰も脱落してないとは。ちょっと妙だね。


 原作であれば、平均してすでに三組ほどの脱落者が出ていたはず。

 いくら俺による原作改変がところどころあったとはいえ、ゼロというのは少し変だなと違和感を覚えつつ、俺たちは洞窟を後にしたのだった。

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