第48話 不可解なタイミング
翌日。
俺は普段よりも早く登校すると、教室ではなく研究棟の方に向かった。
校内にいる生徒はまばらで、研究棟に向かう生徒となると俺以外にはいない。
俺は誰に見られることもなく、研究棟に入りエレオノーレの部屋の前へとやってきた。
半開きになった扉の奥に、エレオノーレが煙草を吸いながら雑誌を読んでいるのが見える。
俺が中に入ると、エレオノーレは頭は動かさず、視線だけを雑誌からこちらに向けて言った。
「ノックくらいしろよ」
「開いていたもんでな」
「ふん。こんな時間にここへ来るとは珍しいじゃねえか。何かあったか? 今日の対抗戦で自分たちに有利な判定をしてくれってお願いなら、お断りだぞ」
「そんなことをする必要はない。ただ、ここへ来たのはその対抗戦の関係だ」
俺は、適当に空いているソファーに腰を下ろす。
エレオノーレは雑誌を置くと、煙草は持ったまま自分の机に頬杖をついてこちらを向いた。
ちなみにこの机も、彼女の身体のサイズに合わせた特注品になっている。
面積は広く、たくさんの書類や置物が乗っかっているが、高さは小学生の学校の机ほどの高さしかない。
「ヴィム・クーアとかいうのが、うちのクラスの生徒でいたな」
「ヴィム……ああ、いるな。あいつがどうかしたか?」
「昨日の第一ステージの際に……」
「エレオノーレ先生!」
俺が言い終わらないうちに、エレオノーレの部屋へひとりの男子生徒が駆け込んでくる。
大粒の汗をかき、肩で息をしてひどく慌てた様子の彼は……俺と同じクラスであり、しかもヴィムの対抗戦のパートナーでもあるエドガル・シンケルだ。
本来であれば物語に大きな影響を及ぼしはしないモブキャラなのだが、このタイミングでここへ姿を現したことに、俺は内心ゾクッとする感覚を覚える。
どう考えても、嫌な予感しかしない。
「どうした?」
エレオノーレが尋ねると、エドガルは大きな身振り手振りを混じえて必死に訴えた。
「今すぐ! 今すぐ闘技場へ来てください! ヴィムが! ヴィムが……!」
そのただならぬ様子を見るや、エレオノーレは素早く席を立ち、部屋を飛び出す。
そこには担任として生徒を思う気持ちと、自分が怒られたくないという気持ちが入り混じっている……なんて話はおいといて、俺も急いで彼女の後を追ったのだった。
※ ※ ※ ※
ヴァルエ王立魔法学校の敷地内にあるものでは、一番小さな闘技場。
俺とエレオノーレが駆けつけると、そこには小さな人だかりができていた。
たまたま通りがかって中の様子を伺おうとする生徒が幾人かいて、それを職員らが制している。
そして闘技場の内部からは、何やら禍々しい気配が感じられた。
「エレオノーレ先生! 中はちょっとやばいことに……」
管理人が言い終わらないうちに、エレオノーレは闘技場へと突入する。
それに続いて中へ入った俺の目に飛び込んできたのは、昨日からは変わり果てたヴィムの姿だった。
その全身は妙な紫色のオーラに包まれ、髪の毛も紫に変色している。
目は血走り、顔つきはまるで獣のような獰猛さを帯びている。
しかしその額には脂汗が浮かび、呼吸もどことなく苦しそうだ。
瞬間魔力増強ポーションの副作用が出た状態に似ているけど、微妙に様子が違う。
「何があった!?」
驚きながらも、慌てて駆け寄ったりしないあたりはさすがエレオノーレだ。
動揺はありつつも、冷静に状況を見極めようとしている。
そして俺はといえば、彼女よりも一歩進んだところで疑問を抱いていた。
――どうしてこのタイミングで……?
ヴィムのこの症状は、深淵深化の薬――その失敗作を飲んだことによる副作用で間違いない。
やはり、俺の見立て通り深淵深化の薬は完成していなかったのだ。
でも、それはそれとして、不可解なのはこのタイミングだ。
深淵深化の薬は、瞬間魔力増強ポーションほどではないにしろ即効性がある。
しかも薬の効果が持続する時間にも限界があるため、今この時間に使ってしまえば、対抗戦本番が始まるまでには効果が切れてしまうのだ。
正直、どうしてヴィムが深淵深化の薬を使ったのか、意味が全く分からない。
――いや、今はこの状況を解決する方が先か……!
俺は疑問を抱えつつも、ヴィムの様子を観察することに集中する。
今ならまだ、解毒をすることで、命が助かる可能性はありそうだ。
でもそのためには、治療がしやすい状態――ヴィムが動きを止めて落ち着いた状態に持ち込む必要があるね。
俺は戦闘体勢に入り、ヴィムと対峙しようとする。
しかし、それをエレオノーレの小さな手が制した。
変わらず煙草を手に持っているせいで、どこかハードボイルドにも聞こえる口調で、エレオノーレは言う。
「やめとけ。てめえはこの後、対抗戦の第二ステージがあんだろ? これは教師の仕事だ」
次の瞬間。
エレオノーレの身体から大量の魔力があふれ出す。
そして……世界から色が抜け落ちた。
※ ※ ※ ※
一方その頃。
諜報部隊のメンバーであるオリオン、デネブ、ベガの三人が、地下帝国を歩いていた。
真ん中に立つオリオンに、隣のベガが尋ねる。
「ねえねえ。オリオンはさ、アール様とエル様の正体って誰だと思う?」
「さあな」
オリオンはあまり興味なさげに答えると、さらに続けた。
「イレーネ様が、あのお二方のために情報を集めろとおっしゃったのだから、俺はそれに従うまでだ。表の顔がどんなものであろうと、それは関係ない」
「もー。オリオンは真面目なんだから。ねえ? デネブ?」
「えっ? あ、えっと、うん、そうだね。私はそう思うよ」
「はあ……。またデネブは話聞いてないし……。せっかくご主人様は誰だトークで盛り上がろうと思ったのに」
あまりにつれない二人に、仮面の下でため息をもらすベガ。
アルガが諜報部隊にその正体を明かしていない本当の理由を、彼女はまだ知るよしもないのだった。
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