第42話 主人公の気質
遡ること数時間前。
帰りのホームルームを終え、野暮用を済ませたマリウスは、アルガが待つキルシュライト家の別宅へ向かうため、ヴァルエ王立魔法学校を出ようとしていた。
――今日こそは、深淵魔法を使えるようになってアルガくんの期待に応えるんだ……!
マリウスの心の中には、やる気が満ち溢れている。
それは明日の対抗戦へ向けたものでもあるが、何よりも今日これからアルガと行う訓練に対するものだ。
およそ二週間にわたって、アルガが自分のために時間を割き指導してくれたことに、マリウスはとてもとても感謝している。
だからこそ、そのアルガの気持ちに応えたいと思っているのだ。
アルガからしてみれば、マリウスが味方の状態で成長してくれることが、生き延びるために大きなメリットになる。
しかし原作知識も何もないマリウスにとっては、アルガがどうして自分にここまでしてくれるのかはよく分かっていない。
そのことを尋ねても、“そうするのが最適解”という決まりきった答えが返ってくるだけだ。
――でも今は、とにかくアルガくんに食らいついていくしかない。
入学式の日。
教室に入ったマリウスは、自分が教室に流れる妙な雰囲気の一端を担っていることに気づいていた。
ヴァルエ王立魔法学校に平民が合格したというだけで異例なのに、それに加えて最上級のSクラスに所属したのだ。
良くも悪くも注目を集めてしまうことは、マリウス自身も十分に想定していた。
ただ事前に想定していたからといって、不安が消えるわけでも孤立せずに済むわけでもない。
どう動くべきか迷っていたマリウスに、結果的に手を差し伸べる形になったのがアルガなのだ。
アルガ側の動機がどうであれ、マリウスが感じた恩義はかなり大きい。
今の彼にとって、ヴァルエ王立魔法学校という場所で生きていくために、アルガの存在はなくてはならないものになってきているのだ。
それに、このところの訓練の日々でアルガと戦い、そして負け続けるうちに、マリウスの心の中には感謝とは別の感情が湧き上がってきた。
――いつか、アルガくんを超えたい。
自分の成長を実感すると同時に、それでも届かないほど先にいるアルガの圧倒的な強さを知った。
そして、いつかアルガに勝ちたいと思うようになった。
そんなアルガへの感謝と挑戦の気持ちを胸に、マリウスはキルシュライト家の別宅へ向かい始めたのである。
学校を歩いていると、すれ違う生徒たちの視線が自分に集まってくるのを感じる。
純粋な好奇の目もあれば、悪意の混じった目もあるが、マリウスは少しずつこの環境に慣れつつあった。
そこには少なからず、アルガと共に入学式の日にBクラスの生徒と戦って倒したことが影響していたりもする。
――卒業までこういう視線は消えないかもなぁ……。
そんなことを考えながらマリウスが歩いていると、前方から三人組の男子生徒がやってきた。
彼らはマリウスの前に立ち塞がり、取り囲むようにして威圧する。
三人とも、マリウスより身長が高くがっちりした体格をしているため、それなりに迫力はあった。
同級生ではない。
一つ上の学年、二年生のAクラスの生徒のようだ。
「お前か。平民のくせにSクラスに入ったっていう新入生は」
「うん、そうだけど」
こういう風に絡まれることも、マリウスは既に何度か経験している。
だから変に怯えるようなことはなく、淡々と上級生に答えた。
その様子が気に入らなかったのか、真ん中に立つ男子生徒が顔を近づけてくる。
「教えてみろよ。入学試験でどんな不正をしたんだ?」
またこの質問か……と、マリウスは内心うんざりする。
ただ、変に濁してあらぬ疑いをかけられるのも面倒なので、マリウスはきっぱりとこたえた。
「何も不正はしてない。ちゃんと試験を受けて、合格しただけだよ」
「ふん。あんまり調子に乗るなよ」
マリウスはSクラス、対して相手はAクラス。
とはいえ上級生たちには、一年間この学校で学んできたというアドバンテージがある。
だから彼らはマリウスと戦っても勝てると思っているし、ましてや平民相手であるため、上から目線になるのもある意味当然のことだった。
上級生たちはさらに、マリウスのことを挑発する。
「頑張ってこのヴァルエ王立魔法学校に入ったか知らないが、結局は平民。あのアルガ・キルシュライトのパシリになってるらしいじゃないか」
「パシリだなんてそんなことはないよ。アルガくんは、僕のことをそういう風に扱ってはいない」
「おいおい。お前、アルガ・キルシュライトという貴族がどんな貴族か知らないのか? 傲慢、怠惰、ろくでなし、名家に生まれただけのどら息子……この全ての言葉が当てはまるのが、アルガ・キルシュライトって男だ」
“五星”であるアルガに対して、本人が目の前にいないとはいえここまで言えるのには、ちょっとした理由があった。
この上級生は、“五星”の中でもハイン家に近い貴族家の出身なのだ。
ハイン家からしてみれば、キルシュライト家は権力や影響力を争うライバル。
マリウスを挑発する生徒自身が“五星”の家の者というわけではないのだが、そこは若気の至りと虎の威を借る狐のコンボ技である。
「アルガくんは……そんな人じゃないよ」
マリウスの口調が強くなり、自分より背の高い上級生を鋭い目つきできっと睨む。
しかし相手は余裕の表情を崩さない。
「そうだよな。平民は怖くて“五星”の悪口なんて言えないよな」
「それにしても、アルガ・キルシュライトもやっぱり大したことないんだな。こんな平民一人しか従えられないんだから」
「おいおい。従えるとか言ってやるなよ。二人はもしかしたら、おともだちかもしれないんだから」
マリウスを取り囲み、ニヤニヤと嫌味ったらしい笑みを浮かべて話す上級生たち。
遂にマリウスは、我慢の限界を迎えて正面に立つ三人のうちの一人の胸ぐらを掴んだ。
「アルガくんを悪く言うのはやめろ! 僕を平民だと蔑むのはまだしも、アルガくんに対して根拠も何もない悪口を言うのは許さない!」
「調子に乗るな、と言ったはずだ」
胸ぐらを掴まれた上級生は、マリウスの制服の胸ポケットを指さしながら言う。
「お前、俺に勝てると思ってるのか? そもそも平民ごときが、本当に深淵魔法なんか使えるのかよ」
「使えるとも!」
「へえ。見せてみろよ」
マリウスは手を離すと、じっと目の前の上級生を睨みつける。
しかしその心には焦りが広がっていた。
つい勢いで「使える」と言ってしまったものの、訓練では一度も成功していない。
もしここで深淵魔法に失敗すれば、自分が恥をかくだけでなく、アルガの名にも傷がつく。
三人があることないこと尾ひれをつけて、良からぬ噂を流すことは、マリウスにも想像がついた。
――どうしよう、誤魔化すか……?
マリウスの思考が、一瞬弱気になりかける。
しかし、この世界の主人公として生まれもった気質というべきか、マリウスはネガティブを振り払い、むしろこの逆境に燃えた。
――ここで僕が深淵魔法を使えれば、アルガくんのことを悪く言う上級生たちに一泡吹かせられる。それに僕がちゃんとやれるってとこを見せることで、アルガくんの評判も上がるはず。これはピンチじゃなくて、またとない恩返しのチャンス……!
「いいよ。見せてあげるよ」
マリウスはそう言うと、やはり少しは緊張しつつも、精神を集中させた。
そして両手を重ねて地面に向けるいつもの姿勢を取り、一気に魔力を込める。
「【魔剣錬成】」
魔力を結集して魔剣を作り出す。
ここまでは、最初からできていたこと。
これだけでも、マリウスが深淵魔法を使えるように見せるには十分だったかもしれない。
でもマリウスは、数秒の沈黙の後、おもむろに禍々しく輝く魔剣へと手を伸ばした。
――できる、できる、今の僕ならできる。アルガくんにたくさん鍛えてもらった今の僕なら、できる……! アルガくんのためにも、やらなきゃいけない……!
マリウスの手が、魔剣に触れる。
そして彼は、右手で魔剣をぎゅっと握り締めた。
魔力は……奪われない。
持ち上げて構えてみても、身体に何の異常も起きない。
――でき……た……!
感動と興奮でマリウスの手がかすかに震える。
今このタイミングでマリウスが覚醒したのは、ただの偶然ではなく、ゲーム上の必要な要素が揃ったからなのだが、もちろんマリウスはそんなことを知る由もない。
そして唯一それにたどり着けるアルガも、この場にはいない。
今いるのは、初めて深淵魔法を扱えた主人公と、その魔法や魔力を見てちょっとやばいんじゃないかという顔をするモブだけだ。
「結構な魔力だし初めて見るタイプの魔法だぞ……」
「もしかしてまずいか……?」
「う、うるさい。所詮は平民の新入生だろ?」
上級生たちは、顔を見合せた後、己の魔法を誇示して応戦しようとする。
しかしそこに、何とも良いタイミングで邪魔が入った。
「おい、お前ら何してんだ。三人がかりで年下に絡んでんじゃねえよ、みっともねえな」
マリウスと上級生の間に立った身体は小さくも存在感抜群の人物。
エレオノーレだ。
見た目だけなら、マリウス以上になめられ絡まれそうな彼女だが、その実力が広く知れ渡っているために、上級生たちは解放しかけた魔力を収める。
「ちっ、行くか」
さっきまでの威勢はどこへやら。
エレオノーレを前に、上級生たちは退散していった。
ぶっちゃけ、彼らが内心、マリウスの深淵魔法を前に少しビビっていた部分もあるのだが。
「すみません、エレオノーレ先生。ありがとうございます」
マリウスがお礼を言うと、エレオノーレは彼をびしっと指さして言った。
「いや、マリウスお前もだぞ。何を道の真ん中でそんな魔力ぶっ放してんだよ。何のための闘技場だと思ってんだ。お前が怒られたら私も怒られんだろうが」
「あ、えっと、すみません……」
「指導だ。ちょっとついてこい」
「あの、僕この後、アルガくんと予定が……」
「ついてこいっつってんだよ」
「はい……」
覚醒直後の主人公は、すごすごとエレオノーレについていく。
そしてみっちり絞られた後に、キルシュライト家の別宅へと向かったのだった。
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