第27話 主人公との初会話
「マリウス」
既に教室を出ていたマリウスに追いつき名前を呼ぶと、彼は振り向いて少しびっくりしたような顔をした。
校舎からは離れた学校の敷地内の道で、周りに他に生徒はいない。
二人で話すには好都合だ。
「えっと、アルガ・キルシュライトくんだよね? 僕に何か用?」
マリウスの茶色い瞳は、わずかに揺れ動いている。
俺のことを警戒しているというか、ちょっと怯えているというか、そんな雰囲気が感じられた。
「エレオノーレが言っていた二人組での対抗戦。見たところ、お前はまだペアを見つけていないな?」
「う、うん。誰とも組めてないよ」
「ならば俺と組め」
「え!?」
マリウスは大きな声をあげながら目を見開いた。
そしてぽかんとした表情のまま言う。
「いいの? アルガくんって、だって“五星”なんでしょ? 他の貴族家の子とか、それこそ王女のエミーリアさんとかとも、組もうと思えば組めるんじゃない? 僕でいいの?」
「もろもろの状況を考え、お前と組むのが最適解だと判断したまでだ」
「どうしてそんなに評価してくれてるのか分からないけど……でも、すごく助かるよ! ありがとう、アルガくん!」
マリウスは何度も深く頷きながら、人懐っこい笑顔を浮かべる。
これがこの世界の中心、主人公様の人たらしスマイルか。
この笑顔で何かお願いされたら、どんなことだって断れないような気がする。
ついつい、つられて俺も笑顔になってしまいそうになるのを、俺はアルガ・キルシュライトというキャラを保つために必死にこらえた。
「僕って平民の出だからさ、周りの子たちとどう接したらいいか分からなくて、友達ができるかも不安だったんだ。だからアルガくんが声をかけてくれて、すごく嬉しいよ」
友達……友達か。
友達になろうと言ったつもりはないんだけど、まあひとまず、マリウスとタッグが組めれば目的達成だ。
「そうか。では、対抗戦の時は頼んだ」
俺は目的を果たせたことに満足して、帰ろうと踵を返す。
しかしその背中に向けて、マリウスは慌てて声をかけてきた。
「あ、ちょっと待って! せっかくだし、もうちょっとお話ししようよ。ほら、対抗戦ってチームワークが大事になりそうだし、コミュニケーションを取ってお互いのことをよく知っとくけば、連携も取りやすくなりそうじゃない?」
いろいろとそれっぽい理由を並べているが、そのキラキラした目から、学校に入って初めて話しかけてくれた奴ととにかくお話ししたいだけという魂胆が見て取れる。
プレイヤーの選択によって多少は行動が変化するとはいえ、基本的にこのマリウスというキャラは、コミュニケーションに積極的な男なんだよね。
「ふむ。コミュニケーションか」
――確かに、原作でマリウスと組んだエミーリアも、最初は色々とコミュニケーションを取って関係を深めていたな。
そんなことを考えながら、足を止めて振り向いた俺は、特に何かを意図していたわけではなく、たまたま腰の剣に手を触れていた。
その様子を目ざとく見つけたマリウスは、瞬間的に明後日の方向の勘違いをかます。
「コミュニケーションってその剣を交えてみたいなことじゃないよ!? あ、でも、対抗戦ってよく考えてみれば剣と魔法の勝負ってことだよね、多分。そう考えると、言葉より拳で語り合った方がお互いのことをよく知れるってことか! さすがアルガくん!」
「……」
「剣と魔法でコミュニケーションを取るって、やっぱり優秀な貴族の人たちはすごいや。僕も早く、そういう環境に慣れないとだよね」
非常にまずい。
若干の勘違い系主人公的なキャラを持ち合わせているマリウスの思考が、何だか色々と飛躍している。
しかも、口数の多いマリウスに対して俺はどちらかといえば無口。
どうしても会話のペースをマリウスが握ってしまう。
――でもまあ、このタイミングでマリウスの能力を把握しておくのはありか。
ここへ入学しているということは、今のマリウスがしっかり原作通りの力を持っているということだ。
でも念のために、その能力を把握しておいて損はない。
今後の主人公育成計画に活かせるであろう、ゲームとはまた違った生身のデータが取れるだろうしね。
「別に貴族はそこまで粗暴な連中ではないが……まあいい。学校内には、生徒たちが模擬戦を行える闘技場がある。そこに行くぞ」
「うん! 実は闘技場って、ちょっと気になってて行ってみたかったんだよね」
マリウスはニコニコしながら、俺の隣を並んで歩く。
建物に近づくとすれ違う生徒も出てきて、彼ら彼女らはみな一様に、俺たちのことを二度見して通り過ぎていった。
最上級クラスに所属する生徒であり、しかも“五星”、片や平民の出とあれば、嫌でも注目が集まってしまうのは仕方がない。
「アルガくん、すいすい学校の中を歩けてすごいね。僕だったら、もう十回は迷ってそうだよ」
感心したように言うマリウス。
まあ俺は、この学校内のマップはゲームのおかげですべて頭に入ってるからね。
かなり広大な敷地だし、建物もいくつかあるし、迷ってしまう方が当たり前で仕方ないことだ。
学校内には、合計で五つの闘技場がある。
大規模なものが一つ、中くらいのサイズが二つ、そして小さなものが二つとなっているが、俺たちは一番近くにあった中規模の闘技場へとやってきた。
造りとしては、俺の屋敷の敷地にあるものとほぼ同じ。
近づくと、すでに先客がいるようで、わいわいとした声が聞こえてくる。
中に入ってみれば、実際にフィールドで戦っているのは男子生徒二名。
それなりに激しく魔法を撃ち合う彼らは、どちらも一年生で、胸ポケットのラインの色が青だからBクラスの生徒だ。
早速、血気盛んな若者がタイマンを張っているみたいだね。
「あー、君たち。闘技場の使用を希望? それとも観戦だけ?」
学校の職員らしき人が、入ってきた俺らに話しかける。
この顔は……闘技場の管理をしてる職員だね。
名前は『第三闘技場の担当官』。
完全なモブだ。
「使用を希望だ」
「はいよ。いやー、今年の一年生は元気だね。初日からバンバン勝負するのは毎年のこととはいえ、例年以上に人が来るよ」
担当官はそんなことを言いながら、バインダーに挟んだ紙を差し出す。
ここに名前を書くようだが、すでに俺たちの前には何人かの生徒の名前があった。
どうやらこれは、少し待つことになりそうだ。
俺たちは名前を書いてから、順番を待つため観戦用の席に座る。
すると俺たちに気づいた他のギャラリーたちが、にわかにざわつき始めた。
「注目されちゃってるね」
そわそわした様子のマリウスに対し、俺はどっしり構えて椅子に座る。
「気にするな。奴らは全員、お前より弱い」
「あ、うん。そうかもしれないけど、その強い弱いとかの話じゃなくて……」
「この学校においては強い弱いが全てだ。王族だろうと、貴族だろうと、平民だろうと、身分によって何かが変わることはない。完全な実力主義、強いか弱いかのそれだけだ」
ぶっちゃけ言えば、貴族の方がより幼い時から良い教育を受けられるし、優秀な血統であるため魔力も強くなりやすい。
だからこの学校も、実力主義の入学試験を行ったうえで大半の生徒が貴族なのだが、たとえ平民だろうと一度入ってしまえば同じだ。
それに、この学校を優秀な成績で卒業すれば、騎士団を始めとする安定していて裕福になれる将来が開ける。
兄姉が多く家督を継ぐ見込みの薄い貴族家の子供や、マリウスのような平民にとってみれば、人生を逆転させる大きなチャンスでもあるのだ。
「まだ順番は回ってこなそうだな。少し席を外す」
「分かった。僕はここで待ってるね」
俺は観客席を立つと、闘技場に併設されたトイレへ向かった。
そして戻ってくると、さっきまでギャラリーにいた生徒たちがマリウスを取り囲んでいる。
「おい、平民。どういうズルをしてこの学校に入ったんだ?」
「さっき“五星”のアルガといたよな? どういう関係だ?」
「もしかして裏口入学とかしたんじゃないの?」
あーあ、実力主義だって言ってんのに、早速バカがいるよ。
見たところ彼らは全員Bクラスの生徒のようだ。
さっきフィールドで戦っていた二人の仲間かもしれない。
彼らからしてみれば、平民がこの学校に入った上に、自分たちよりも同じクラスなのが気に入らないのだろう。
そういえば、原作でもエミーリアと一緒にいるところを見られた主人公が、後から他の生徒に絡まれるってシーンがあったっけ。
全くこの主人公のイベント巻き込まれ体質というか、イベント巻き起こし体質というか、困ったもんだね。
俺が近づくと、マリウスを囲んでいた生徒たちは一瞬「まずい」という顔をした。
しかしそこは貴族家の子供。
すぐに態度を変化させる。
「これはこれは“五星”アルガ・キルシュライトさ……」
「“五星”に対する媚びへつらいなど、この学校では何の意味も持たない。不要だ」
「え、あ、その……」
毅然とした俺の態度に、しどろもどろになる生徒たち。
しかしその中の一名、一際身体の大きな男子生徒が、わずかに声を震わせながら言う。
「た、確かにこの学校にいる限りは実力主義。“五星”だろうと関係ない」
「その通りだ。王女だろうと“五星”だろうと、そして平民だろうとな」
「そ、それなら実力で決着をつけるだけだ! おい、平民、俺と勝負しろ!」
はあ、やっぱこうなるか。
どう考えても、入学試験の結果に不正などあるはずがない。
実力の差は明確であるはずなのに、こうやって突っかかってくるというのは、若気の至りというのか単なるバカなのか……あるいは、主人公の体質のせいなのか。
「えっと……アルガくん、どうしようか」
「構わん。やれ」
「そうだよね。剣と魔法で語り合うのが貴族コミュニケーションだもんね」
……これは、マリウスの貴族に対するイメージを後で少し矯正した方が良さそうだ。
「アルガ・キルシュライトも勝負しろ! 俺たち全員と、お前ら二人で勝負だ!」
「いきなり“五星”とやれんのか……勝ったらでかいぞ、これ」
「どうせ平民が足を引っ張るわよ」
――うわー、俺も巻き込まれるのか……。
プライドというのは、時に人を盲目にして間違った判断をさせる。
そのことは、高すぎるプライドのゆえに破滅した原作のアルガを見てきた俺が、一番よく分かっている。
だから決定的なミスに至る前に、このモブくんたちを軽く懲らしめてあげるとするか。
今さら、この主人公の巻き起こし体質によるイベントから逃げるわけにもいかないしね。
正直、めんどくさいけども。
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