第15話 クリストフvsディルク①&ビアンカvsクルト①

「その異常な魔力は、さっき飲んだポーションのおかげか?」


 剣をぶつけて押し合いながら、クリストフがディルクに尋ねる。

 盗賊団の頭領は、クリストフの怪力に増強した魔力による身体強化で対抗しながら、楽し気に答えた。


「そうだ。あのポーションは本当の強者を見分ける。あれに適応できるということは、俺が選ばれし器だということだ」


 ディルクの言うことは、案外間違っていない。

 ポーションによって魔力を増強させてもなお、器である身体が壊れないということは、それだけ本人の持てる魔力量の限界値が多く、さらに精神力も人並み外れているということだからだ。

 しかしクリストフは、大きな力を得て自信に満ち溢れるディルクの言葉を、あっさりと切り捨てた。


「そんなものはまやかしの力に過ぎない。一歩一歩、積み重ねて磨いてきた魔力に勝ることはないぞ」

「ふん。勝ってから言えよ、クリストフ」


 ディルクは剣を引き、クリストフから距離を取る。

 クリストフもまた、敵をじっと見つめたまま構えを取り直した。

 対峙する二人の間に、激しい緊張感が走るなか、ディルクが言う。


「せっかく魔力を増やしたってのに、身体強化ばっかしててもつまんねえよな。魔法もちゃんと使っていこうか」


 ディルクもまた、数少ない深淵魔法の持ち主である。

 彼の深淵魔法は【血に飢える人狼】。


「【狼化】」


 ディルクが唱えると、彼の姿はみるみる変化していく。

 狼の耳や尻尾、灰色の体毛、そして何よりも鋭い牙と爪。

 血に飢えた荒々しい人狼に変身したディルクは、月の光を見上げて吠えた。


「戦いの時間に夜を選んでくれて感謝するぜ。俺の深淵魔法は、月明かりの下でこそ最大の威力を発揮するからな」

「これはどうやら、俺も全力を解放した方が良さそうだな」


 そう言うと、クリストフもまた己の深淵魔法を発動する。


「【巨人化】」


 クリストフの持つ深淵魔法は【巨大なる戦鬼】。

 元々二メートルはあったクリストフの身長が、深淵魔法によって倍の四メートル以上にまで巨大化する。

 そしてクリストフは、今までもっていた剣を納めると、収納魔法によって普段は別空間に保管している巨大な大剣に持ち替えた。

 巨人化した時だけ使うその大剣は、刃の長さだけで二メートルある。


「へえ、お前も変身系の深淵魔法持ちだったか」


 牙をむき出しにしてディルクが笑う。

 剣は捨て去り、その鋭い爪と牙がこの姿の彼にとっての刃だ。


「団長の攻撃に巻き込まれないように注意しつつ、全力で援護しろ!」

「気を付けろ! あの姿になった頭領の凶暴さは異次元だ! 絶対に邪魔するなよ!」


 変身した二人を見て、周りの騎士と盗賊も動き方を変える。

 そんななか、クリストフはその巨大な剣をディルク目がけて振り下ろした。


「おっと……!」


 ディルクはその攻撃をすんでのところでかわすと、一気に加速してクリストフの懐に飛び込んだ。


「でかくなってパワーは増したようだけど、スピードは落ちたんじゃねえかぁ!?」


 左右五本ずつ、合わせて十本の爪をむき出しにして、クリストフを斬り裂こうと迫るディルク。

 しかしクリストフも、両手で持っていた剣から左手を離し、払いのけるように腕を振る。


「【灰毛防御】……!」


 空中に飛び上がった状態で、クリストフの腕を避けられないと察知したディルクは、灰色の体毛を瞬間的に増加させて衝撃を吸収した。

 地面に着地したところへ、再びクリストフの剣が襲い掛かるが、その攻撃は難なく回避する。


「ったく……呆れるほどのパワーだな」

「お前こそ、なかなかのスピードだ」


 パワーとスピード。

 変身によって能力を向上させた二人は、激しく戦闘を繰り広げる。

 お互いに一歩も譲らない状況のなか、騎士団最強の男に渡り合う頭領の姿を見て、劣勢だった盗賊たちも勢いを取り戻す。

 それでも騎士団の方が未だ全体的には優勢な展開が続いていたが、そこに現れたのは規格外のとある男だった。


 突如として、戦場に激しい爆発音が響き渡る。

 その音に振り返ったクリストフが見たのは、数人の騎士が遺跡の方へと吹き飛ばされていく様子だった。


「なっ……!?」


 明らかに尋常ではない魔力を持つ人物の出現に、戦場の時が一瞬止まる。

 しかし当の本人は、緩い雰囲気をまといながらチャラチャラした口調で言った。


「ねえねえ、俺のナディアちゃんはどこにいるの?」


 男の名前はバルタザール。

 四人いる魔国ブフード最高幹部のひとりである。




 ※ ※ ※ ※




 ところ変わってキルシュライト家の領内西部にある森の中。

 アルガとアルバン、エルザとナディアが戦闘を繰り広げるなか、ビアンカとクルトの妹兄も対峙して火花を散らしていた。


「ビアンカ……。お前がダイスラー家に興味がないのは分かっていたが、キルシュライト家に味方するとはどういうつもりだ?」

「ふふっ。私がダイスラー家に興味がない? 皆目見当違い、その逆よ」

「逆……だと?」


 ビアンカはまっすぐに兄を見つめて言う。


「私が何よりも求めているもの、それは権力なの。だからダイスラー家次期当主の座は、あなたには渡さない」

「おいおい。兄に対する口のきき方がなってないんじゃないか? それにしても次期当主か。お前にそんな野心があったとはな」

「あら、見抜けなかったあなたの目が節穴だっただけじゃなくて? アルガはどうやら、最初からすべて分かっていたみたいよ」


 煽るようなビアンカの口調に、クルトは額に青筋を浮かべる。

 アルガとアルバンの戦いが両家の浮沈をかけた戦いならば、ビアンカとクルトの戦いは、次期当主の座をかけた戦い。

 どちらも決して負けられない。


「お前は本気で、父上があのアルガ・キルシュライトに負けると思っているのか? そう思っているお前の目の方が、よっぽど節穴のようだがな」

「どうやら、これ以上何かを話したところで平行線みたいだわ。どちらが節穴かは……戦って決めましょう」


 その言葉を開始の合図に、ビアンカは強く地面を踏む。


「【大地突柱】」


 先ほども見せた相手の足元を土の巨大な柱で突き上げる攻撃。

 しかしクルトも二度目は食らわず、後ろにステップを踏んで回避した。

 そしてビアンカの作った土の柱を上手く利用し、それを盾代わりに身体を隠しながら攻撃を撃ちこんでいく。


「【氷刃流星群】」

「【魔鋼防壁】」


 クルトが放った無数の鋭い氷の弾丸を、ビアンカは一般魔法の上位防御魔法でしのいだ。

 そしてまるでダンスを踊るかのように、激しく両足で地面を踏み鳴らす。


「【大地突柱・連撃演舞】」


 次々に足元から襲い来る攻撃をかわしながら、クルトは内心焦りを抱いていた。


 ――こいつ……こんな魔力を隠し持っていたのか……!


 ビアンカが家で魔法を学んでいるところなど、クルトはまるで見たことがなかった。

 それもそのはず。

 長男である兄が家を継ぐことが既定路線だと幼いうちに悟ったビアンカは、正攻法ではその座を奪えないと考え、家族に隠れて力を蓄えることにしたからだ。

 親の金を使って街で遊び倒す道楽娘というイメージを定着させたのも、全ては屋敷にいないことによって父や兄に不自然さを抱かせないためのカモフラージュ。

 大半の時間は、魔法の修行をしたり魔獣と戦ったりする鍛錬に時間を使ってきたのである。


 対してクルトは、一流貴族の後継ぎとして高度な教育を受けてきたものの、どこか何もしなくとも時間が経てば“五星”の座が手に入る慢心があった。

 妹と兄の間に生まれた意識の差。

 これが両者の明暗を分ける。

 そもそもクルトの実力は、まだ“五星”の後継ぎとしてふさわしいほどの成長を遂げてはいなかった。


「【氷海】!」


 ビアンカの好きなように大地を操らせまいと、クルトは辺りの地面を凍らせる。

 しかし、魔法戦において、基本的に鍵を握るのは魔法の精度と魔力量。

 そのどちらにしても、上回っているのはビアンカの方だった。


「【鳴動地震】」


 ビアンカが起こした地震によって、クルトの作った氷の層もろとも大地に無数の亀裂が走る。

 震動でバランスを崩したクルトを見ながら、ビアンカは地面から亀裂によってできた大量の地面の破片を浮き上がらせた。

 そしてビアンカがおもむろに拳を握ると、それらの破片は集まって巨大な土の拳を形成する。

 ところどころに岩や石も混ざっているから、破壊力は満点だ。


「【大地の怒拳】」

「ぐああああ……!」


 強烈なパンチをまともに食らったクルトは、吹き飛ばされ、木に激突してぐったりと地面に倒れ込む。

 戦闘不能。

 もはや腕を動かす気力すらない兄に、ビアンカはゆっくりと近づいた。


「俺が……俺が負けても……」


 血のにじむ唇を微かに動かして、クルトはビアンカに言う。


「俺が負けても……父上が勝てば……お前に当主の座は回ってこない……ぞ……」

「あら。その時は父の側について、私があなたより強く後継ぎの座にふさわしいって話をするわ」

「この……クソ野郎が……」


 そう言って、クルトは意識を失う。


 ――まあ、アルガに負けられては困るけれどね。


 そんなことを思いながら、ビアンカはアルガと父が戦う方角の空を見上げるのだった。


 ――ビアンカvsクルト、勝者ビアンカ。

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