第13話 開戦

「お兄様、どうかご無事で」


 決戦当日。

 屋敷を出る俺の目をまっすぐ見て、フローラは祈るように言った。

 魔力も武力もほとんど持っていない彼女は、いざ実戦となれば屋敷でお留守番だ。

 ただ作戦の立案の面では、その頭脳を活かして大いに貢献してくれたから、十二分に役に立っている。

 それからメディについても、フローラとラルと一緒に屋敷で待機ということになった。

 ただ彼女も、回復ポーションをはじめ様々な役立つアイテムを製作してくれたので、戦闘部隊は安心して戦いに臨むことができる。


「俺が負けるとでも? 必ず勝利を収めて戻る」


 いつも通り傲慢なアルガの口調も、こういう時は自分で言っていてなんだか頼もしく感じるね。

 フローラが深く頷いたのを見てから、俺たちは屋敷を出発した。




 ※ ※ ※ ※




 今回キルシュライト家側は、二手に分かれて戦いに臨む。


 盗賊団の掃討に向かうのは、クリストフ率いる『覇戦騎士団』。

 この一年間で成長した騎士団の総力を結集し、魔国ブフードの援護を受ける盗賊団『荒野の狼』と戦う。

 こちらはすでに、領内各地から騎士たちが集まって盗賊団のアジトへと進軍中だ。


 そしてもう一方。

 アルバンと魔国ブフードの計画を阻止するために出向くのは、俺とエルザ、そしてビアンカ。

 こちらは少数精鋭で、アルバンたちの拠点へ奇襲を仕掛ける。

 盗賊団が向こう側の囮なら、それと戦うこちらの騎士団もまた囮というわけだね。

 ただもちろん、盗賊団は領民の生活を脅かす危険分子なので、この機会にしっかり壊滅させなくてはいけない。

 そこはクリストフの腕の見せ所だ。


 すでに極秘の調査によって、アルバンと魔国ブフードの分団幹部が定期的に密会している場所は調べがついている。

 俺たち三人は、例によって黒ずくめの衣装で姿を隠しながら、夜の闇の中を進んでいた。


「アルガ、ちょっと聞いときたいんだけどさ」


 隣を行くエルザが、ビアンカには聞こえないくらいの小さな声で尋ねてくる。


「この戦いに勝てば、『大賢者アーデルベルトの手記』に関する手がかりが手に入るんだよね?」

「さあな。俺はあくまで、可能性があると言ったにすぎん」

「うーわ。最悪」

「可能性がない、とも言っていないだろう。とにかく、敵が魔国ブフードであることは間違いないんだ。ひとまず戦いに集中しろ」

「はいはい」


 正直な話、『大賢者アーデルベルトの手記』をエサにエルザを釣って作戦に引き入れた部分はある。

 それは戦力として彼女が重要ということもあるし、またとある状況になった時に、彼女がいることで回避できる破滅フラグがあるからでもあった。

 できることなら、そのとある状況には陥りたくないんだけどね。


 ――運命がどこまで俺を見逃してくれるか……。


 一抹の不安を抱えつつも、俺たちはだいたいの目安の場所に到着した。

 領内西部、ダイスラー家の領土との境界線から少しのところにある森の中。

 どうやら、まだアルバンたちは来ていないらしい。


「隠れて待つぞ」


 俺たちは初めてビアンカと出会った時の彼女のように、木の上に登ってじっと息をひそめる。

 しばらく待って、時刻がちょうど真夜中に差し掛かったころ。

 微かな足音と共に、三人の人影が姿を現した。

“五星”アルバン・ダイスラー、その息子クルト、それに魔国ブフードの分団長。

 そんなに登場回数の多いキャラじゃなかったけど、確か名前はナディアといったっけ。


 三人は、ちょうど俺たちが身を忍ばせている木々の下へ来ると、立ち止まって話を始めた。


「作戦通り、キルシュライトの奴らは勢力を増した盗賊団に気を取られ、騎士団の全勢力を討伐に差し向けた。それが罠とも知らずにな」


 機嫌良さげにそう言って、笑い声を響かせるのは“五星”アルバン。

 息子のクルトも同調するように笑っている。


「我々も早速、計画に取り掛かるとしよう」

「はい。魔神復活の儀を行います」


 魔神復活の儀。

 一度は滅びた並外れた魔力を持つ古の魔物を復活させる儀式で、原作内でもこの儀式を行えるのは魔国ブフードの一部のメンバーだけだった。

 やってることはかなりやばいことなんだけど、俺の原作知識をもとに事前に伝達しておいたため、エルザもビアンカも特に驚いてはいない。


 ――魔神に復活されては、かなりめんどくさいことになる。だからその前に。


 頭の中では、何度もシミュレーションした。

 それに俺とエルザとビアンカの三人で、綿密に動きの確認もし合った。

 後はそのイメージ通りに動くだけだ。


「ふむ。これが魔神復活の儀の魔法陣か」


 ナディアが地面に描く魔法陣を見ながら、アルバンが興味深げな声を漏らす。

 木の上の俺たちは、三人で視線を交わして合図した。

 そしてすっと木を飛び降り、敵三人を取り囲むように着地する。


「だ、誰だ!?」


 予期せぬ来訪者に、アルバンが驚きの声を上げた。

 俺が向かい合うのはアルバン。

 エルザが向かい合うのはナディア。

 そしてビアンカは兄クルトと向かい合う。

 下手に混戦になるよりも、それぞれ一対一の状況を作った方が戦力的に良いという判断だ。

 簡単に言えば、タイマンはろーぜってことだね。


「何者だ」


 どう考えても友好的ではない俺たちの登場に、アルバンもただならぬ殺気を放つ。

 身長で言えば俺よりはるかに高いアルバンを見上げるようにして、それでも態度だけはでっかく傲慢に。

 俺は返答した。


「お前こそ、俺の領内で何をしている。身の程をわきまえろ、アルバン」


 ゆっくりと仮面を外した俺の青い瞳と、アルバンの黒い瞳がじっと睨み合う。

 まさかの領主登場にクルトとナディアが動揺を見せるなか――アルバンだけはにやりと笑った。




 ※ ※ ※ ※




「盗賊を捕えろ! アジトを壊滅させろ!」

「騎士団だ! 返り討ちにするぞ!」


“五星”同士のにらみ合いが発生したのとほぼ同時刻。

 盗賊団のアジトでは、『覇戦騎士団』と『荒野の狼』の戦いが始まっていた。

 魔国ブフードの支援を受けて、武器や防具など装備をアップグレードしている盗賊団だが、アルガによる強制覚醒イベント以来大きく成長した騎士団の戦力は相当なもので、戦況は『覇戦騎士団』優勢となっている。


「やべえな……押されてる……」

「騎士団ってこんなに強かったか!?」


 遺跡内部には突入させまいと防衛ラインを引いていた盗賊団のメンバーの表情にも、徐々に押し込まれ焦りが見え始めた。


「一気に攻勢をかけろ! 傷を負った者は、メディのポーションを惜しまず使えよ!」


 先頭に立ち、部下を鼓舞しながら突き進む騎士団長クリストフ。

 その気迫に、味方は奮い立ち敵は恐れおののく。

 しかし、このアジトの長も、自分の縄張りを荒らされて黙っているはずがなかった。


「ずいぶん荒らしてくれたじゃねえか、騎士団長クリストフ」


 遺跡突入までもう間もなくのところまで迫ったクリストフの前に、頭領ディルクが立ちふさがる。

 その異様な雰囲気に、騎士たちも、そして部下であるはずの盗賊たちですら、ぎょっとした。

 よく見れば、ディルクの手には小さな空の瓶が握られている。


「ディルクさん!? あのやばいポーション使ったんですか!?」

「ダメだって! 色んな武器とかもらったけど、それだけは手を出さねえって話だったはずだ!」

「そうですよ! それを飲んだ仲間たちは、みんなもれなく死んでったじゃないですか!」


 瞬間魔力増強ポーション。

 その怖さをすでに身をもって知っていた盗賊たちは、しきりにディルクに呼びかける。

 しかしディルクは、それらの声をまとめて怒鳴りつけ一蹴した。


「うるせえ! お前らみたいな雑魚と一緒にすんじゃねえよ!」


 アルガたちと相対した盗賊とは違い、ディルクの顔に苦し気な表情はない。

 しかし、魔力は間違いなく増強されている。

 それはひとえに、ディルクの持つ潜在能力と精神力の高さのおかげだった。


「盗賊団頭領ディルク……。こいつは厄介な相手だな」

「それはこっちのセリフだ、騎士団長クリストフ。俺たちを捕まえに来たのか知らねえが……逆にぶっ殺してやるよ」


 そう言ってディルクは剣を抜く。

 そして次の瞬間、トップ同士の剣が激しい火花を散らした。

 ビリビリと周りの空気が揺れる。


 ――トップ同士の戦い……勝った方に流れが行く……!


 その場にいた誰しもが、クリストフ対ディルクの戦いが勝敗に直結すると考える。

 しかし。




 戦いというのは大抵の場合、第三者が手出しすることで混沌としていくものである。


「へえ~、これはまたずいぶんと派手にやってそうじゃん。楽しそうだねぇ~」


 第三者――とても戦場に向かうとは思えない、どこか緩く気楽な雰囲気をまとった男が一名。

 一歩一歩、盗賊団のアジトへと近づいていた。

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